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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界株式
11/23

向こうから来る話は大体クソ


「……というわけで、タナカ。どう思う?」


翌日、商人ギルドのマスターオフィスで、ゴードンは腕を組み、重々しい口調で俺に問いかけた。彼の顔には、新たな厄介事を前にした、心底うんざりとした色が浮かんでいる。


「どう思う、と言われましても……」

俺はこめかみを押さえながら、深いため息をついた。

昨日の今日で、特使には「後日、こちらから改めてお伺いいたします」と丁重にお伝えし、なんとかその場を追い返した。そして一夜明け、ゴードンから隣国――正確には、国境を接するロンバート辺境伯領――の詳しい内情を聞かされたのだが、それは想像以上に酷いものだった。


曰く、ロンバート辺境伯領は、かつては豊富な石炭資源で栄華を極めた。しかし、良質な鉱脈は掘り尽くされ、今は見る影もなく寂れている。

問題は、先代から家督を継いだ若き辺境伯だ。彼は、領地の衰退という現実から目をそむけ、かつての栄光を忘れられないかのように、贅沢三昧な暮らしを続けている。その結果、領地の財政は火の車。あちこちの商人から多額の借財を重ねている、いわくつきの人物だという。


「寂れた鉱山を再生したい、か。聞こえはいいが、要は借金を返すための金策だろう。そんなものに、お前の才覚を使う必要はない」

ゴードンは、俺の身を案じてくれているのか、珍しく明確に反対の意を示した。


「ええ、おっしゃる通りです。どう考えても、乗るべき話じゃない」

俺も全面的に同意した。

これは、前世で言うところの「超絶ヤバい案件」だ。事業計画の前に、まず債務整理と経営者の意識改革から始めなければならないレベル。下手に手を出せば、俺たちの評判にまで傷がつきかねない。リスクが高すぎる。


(前の世界なら、こんな案件、一瞬で断れたのにな……)


俺は、前世での仕事のやり方を思い出していた。

怪しい会社から融資の相談が来ても、丁重な断りの文面を考え、ポチッとメールを一本送れば、それで終わりだった。「貴社のご発展を心よりお祈り申し上げます」なんていう、心にもない定型文を添えて。相手の顔を見る必要もないし、恨み言を聞かされることもない。それが、ドライで合理的な、現代のビジネスだ。


しかし、ここは異世界だ。


「……ゴードンさん、この世界では、こういう話って、どうやって断るんですかね?」

俺の素朴な疑問に、ゴードンは眉間に深い皺を刻んだ。

「断る、か……。まあ、無理なものは無理だと言うしかない。だが、相手は貴族、それも辺境伯だ。ただ『嫌です』では角が立つ。下手をすれば、交易上のいざこざに発展しかねん」

「……ですよねえ」


メール一本で済む世界じゃないのだ。人と人、国と国との関係が、もっと生々しく、ウェットに繋がっている。

「引き受け謝絶」なんていう便利な概念があるのかどうかすら怪しい。特に、一度「金融の魔術師」なんていう、ありがたくもない評判が立ってしまった後では。


俺たちの水路事業の成功は、皮肉にも、俺から「できない」と言う選択肢を奪いつつあった。

「アクアフォールをあれだけ見事に再生させたお前が、なぜ我らを助けてくれぬのだ」

そう言われたら、どう返す? 合理的な理由を述べたところで、感情的な反発を招くだけかもしれない。


「はぁ……」

また、ため息が漏れる。せっかく手に入れた休暇が、蜃気楼のように遠のいていく。


「まあ、無理に引き受ける必要はない。俺からも、領主アルドリック様からも、うまく話はしておこう。お前は、この街の恩人だ。厄介事に巻き込むわけにはいかん」

ゴードンはそう言ってくれたが、俺の心は晴れなかった。

この世界で生きていく以上、貴族社会との付き合いは避けられない。ここで下手に恨みを買うのは、長い目で見れば得策ではないかもしれない。


(どうする……? 一度、話だけでも聞いてみるか? いや、聞いたら最後、引きずり込まれるのがオチだ。でも、完全に無視するのも……)


俺の頭の中で、前世のビジネスマンとしての「リスク回避思考」と、この世界で生きていくための「現実的な処世術」が、激しくぶつかり合っていた。

隣には、話の成り行きを黙って聞いていたリリアナが、心配そうな顔で俺を見ている。


「……とりあえず、一度、情報収集から始めましょうか。その辺境伯領の地図と、主な産業、商人たちのリスト、それから……借金の一覧表なんて、手に入りませんかね?」

気づけば、俺はいつもの癖で、問題解決の第一歩を踏み出していた。

それを聞いたゴードンの口元が、ニヤリと歪んだ。


「ふん……。そう言うと思ったぜ、タナカ。休暇は、もう少しお預けのようだな」


どうやら俺は、厄介事だとわかっていても、目の前に「解決すべき課題」を提示されると、つい分析を始めてしまう性分らしい。

前世ではそれで何度も痛い目を見てきたのに、全く懲りていない。

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