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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界水道債
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異世界水道債


「……というわけで、よろしく頼むぞ、地球の田中ケンジよ」


目の前に浮かぶ、やたらと光り輝く女神(自称)は、極めて軽い口調でそう言った。

俺、田中健二たなか けんじ、四十二歳。独身。ごく普通のしがないサラリーマンだったはずが、昨夜、残業帰りにトラックに……というベタな展開の後、気づけばこの真っ白な空間にいた。


「え、はぁ……よろしくって言われましても。状況が全く……」

「んー、手違いで死なせちゃったから、お詫びに異世界に転生させてあげるってこと。剣と魔法のファンタジー世界! ドキドキするだろ?」

「いや、四十過ぎのおっさんには刺激が強すぎます……」


俺の嘆きなどどこ吹く風で、女神はポンと手を叩いた。


「ま、大丈夫だって! 特典もちゃんとつけるから。えーっと、『アイテムボックス』と『鑑定』スキル。それと、旅のお供も一人つけてあげよう!」

「お供、ですか?」

「そ! 君、戦闘とか無理だろ? だから優秀なガイド兼護衛をね。それじゃ、健闘を祈る! じゃあね!」


言うが早いか、女神はパチンと指を鳴らした。途端に俺の意識は遠のき、次に目を開けた時、見知らぬ草原のど真ん中に立っていた。


「……マジか」


思わず乾いた声が漏れる。服装はなぜか旅人っぽい丈夫な布の服に変わっており、腰には錆びついた剣が一本。これが全財産らしい。

途方に暮れていると、俺の目の前の空間がキラキラと光り始め、一人の少女が現れた。


歳は十六、七だろうか。燃えるような赤い瞳に、陽光を照り返す銀色の髪。軽装の革鎧に身を包み、腰には美しい装飾の施された剣を差している。控えめに言っても、絶世の美少女だった。


彼女はしばらく俺を無言で見つめた後、心底嫌そうな顔で、美しい眉をぐっとひそめた。


「……はぁ? なによ、このおっさん。私が仕えるべき導き手って、こいつのこと?」


開口一番、毒舌全開だった。


「ど、どうも。田中です」

「聞いてないわよ、そんなこと! なんで私がこんな冴えないおっさんの供をしなきゃいけないのよ! 女神の奴、あとで覚えてなさい……!」


少女は天に向かってこぶしを突き上げている。どうやら彼女が例の「お供」らしい。あまりにも前途多難すぎる。


「えーっと、お名前は……」

「……リリアナよ。言っとくけど、私はあんたに仕える気なんてないんだから。女神との契約で、仕方なくあんたの安全を確保するだけ。勘違いしないでよね!」


ぷいっとそっぽを向くリリアナ。絵に描いたようなツンツンっぷりだ。俺はため息をつき、とりあえずこの状況をなんとかしなければと頭を切り替えた。


「わ、わかりました、リリアナさん。ひとまず、どこか街か村を目指しませんか? ここにいても仕方ないですし」

「……それくらい、言われなくてもわかってるわよ」


リリアナはそう吐き捨てると、スタスタと先に歩き出してしまった。俺は慌ててその後を追う。これが、俺とツンデレNPCリリアナとの、波乱に満ちた旅の始まりだった。


歩き始めて二時間。早くも俺は音を上げそうになっていた。日頃の運動不足が祟って、足は棒のようだ。


「はぁ……はぁ……リ、リリアナさん、ちょっと休憩……」

「甘ったれないでよ! この程度の距離でへばるなんて、信じられないわね!」


振り返ったリリアナの視線が、ゴミでも見るかのように冷たい。しかし、そうは言っても体力がないものは仕方がない。


その時だった。前方の茂みがガサガサと揺れ、緑色の醜い小鬼――ファンタジー小説でよく見る「ゴブリン」が二匹、棍棒を手に飛び出してきた。


「ギャッ! ギャギャッ!」

「ひっ!?」


思わず情けない悲鳴を上げる俺。腰の剣を抜こうとするが、焦りでうまく鞘から抜けない。ガチャガチャと無意味な音を立てる俺を見て、ゴブリンたちがニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「ちっ……! 本当に足手まといね!」


俺がもたつく間に、リリアナが動いた。彼女は風のようにゴブリンの懐に飛び込むと、腰の剣を一閃。閃光のような二連撃が、ゴブリンたちの首を正確に刎ね飛ばした。あまりの速さに、何が起きたのか理解が追いつかない。


ドサッ、と音を立ててゴブリンの体が崩れ落ちるのを見て、俺はようやく腰を抜かした。


「す、すごい……」

「ふん。こんな雑魚、私の敵じゃないわ。それより、いつまで座り込んでるつもり? さっさと立つ!」

「は、はい……」


リリアナは剣についた血を乱暴に振り払うと、またさっさと歩き出す。俺はその背中を見ながら、自分の無力さを痛感するしかなかった。


結局その日は街にたどり着けず、森の中で野宿することになった。


「火……どうやっておこすんだ?」


俺はアイテムボックスから支給品の火打石を取り出してみたが、何度やっても火花が散るだけ。現代文明の利器に慣れきったおっさんには、原始的な火おこしは難易度が高すぎた。


「……貸しなさいよ、もう!」


見かねたリリアナが、俺の手から火打石をひったくる。そして、どこからか集めてきたらしい枯れ葉と小枝を使い、手慣れた様子でカチカチと火花を散らした。数回繰り返しただけで、小さな火種が生まれ、あっという間に焚き火が完成した。


「うわ、すごいな……」

「これくらい常識でしょ。はぁ……先が思いやられるわね」


大きなため息をつくリリアナ。彼女は近くの小川で汲んできた水を鍋で沸かし、干し肉を放り込んで簡単なスープを作り始めた。いい匂いが漂ってきて、俺の腹がぐぅっと鳴る。


「……ほら」


ぶっきらぼうに、木の器によそわれたスープが差し出された。


「え、俺の分も?」

「べ、別にアンタのためじゃないんだから! 一人分も二人分も、作る手間は同じだからよ!」


顔を真っ赤にしてそっぽを向くリリアナ。そのわかりやすい態度に、俺は思わず苦笑してしまった。


「ありがとう、リリアナさん。いただきます」

「……ふん」


スープは少し塩辛かったが、疲れた体には最高のご馳走だった。

夜、交代で見張りをすることになった。先にリリアナが起きていてくれるという。俺は焚き火の暖かさにまぶたが重くなり、あっという間に眠りに落ちてしまった。


浅い眠りの中、ふとリリアナの声が聞こえた気がした。


「……本当に、大丈夫なのかしら、このおっさん。私がしっかりしないと……」


それは、昼間の刺々しさが嘘のような、心配そうな、優しい声だった。


翌朝、俺が目を覚ますと、リリアナは不機嫌そうな顔で腕を組んで俺を見下ろしていた。


「いつまで寝てるつもり!? さっさと起きなさい、置いてくわよ!」

「はいはい、今行きますよ……」


俺は寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がる。相変わらず彼女はツンツンしている。だが、俺の荷物の横に、水筒の水が満たされていることには、気づかないふりをしておいた。


リリアナの超人的な戦闘能力と、俺の壊滅的な役立たずっぷり。そのアンバランスな旅は数日続き、俺たちはようやく最初の街「水門都市アクアフォール」にたどり着いた。石畳の道、活気のある市場、そして行き交う人々。ファンタジー世界らしい光景に、俺は少しだけ感動を覚えた。


「はぁ……やっと着いた。いい加減、まともなベッドで寝たいわ」

「まったくだな……」


リリアナは不機嫌そうに言うが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。俺たちはひとまず宿を確保し、ついでに自分のステータスを再確認することにした。女神にもらった特典スキルが、実はすごい可能性もある。


「ええっと、『鑑定』!」


俺は目の前の木のテーブルに意識を集中する。


【木のテーブル:木でできたテーブル。四本脚。少しガタつく。】


「……」


次に、道端に落ちていた石ころを鑑定する。


【石ころ:ただの石ころ。硬い。何の変哲もない。】


「……マジか。見たまんまじゃないか」


弱点や隠された効果がわかるわけでもなく、ただ「見たままの情報」をテキスト化するだけの能力らしい。がっかりだ。


「じゃあ『アイテムボックス』は……」


これも、ただの収納スペースだった。時間を止めたり、熟成させたりする機能はない。街の冒険者ギルドで情報収集をしてみると、この二つのスキルは「神様に愛されなかった者がもらう、最低ランクの残念スキル」として有名らしかった。トホホ……。


「ちょっと女神! 話が違うじゃないか!」と天に向かって悪態をついても、もちろん返事はない。


「あんた、本当に何の役にも立たないのね……」

「ぐっ……返す言葉もございません……」


リリアナの冷たい視線が、氷柱のように突き刺さる。このままじゃ、マジでただのお荷物だ。剣も魔法もダメ、スキルもゴミ。俺にできることって、一体なんだ……?


落ち込みながら酒場でエールを呷っていると、周囲の席から愚痴が聞こえてきた。


「まったく、東地区の水路はひでえもんさ。ドブの臭いがこっちまで流れてくらあ」

「修理するって話はどうなったんだ? 領主様も口ばっかりで」

「金がかかりすぎるのさ。商人ギルドも金を出さねえし、どうにもならんよ」


「水路?」


俺はその単語に引っかかった。詳しく話を聞いてみると、この街の生命線であるはずの水路が、長年の劣化でボロボロになっているらしい。水漏れはひどく、場所によっては詰まって汚水が溢れている。衛生状態は最悪で、商業にも影響が出始めているという。


「修理すればいいじゃないですか?」

「坊や、それができりゃ苦労はしねえよ。街中の水路を全部やり直すなんて、一体いくらかかると思ってんだ」


酒場の親父は呆れたように首を振った。莫大な初期費用。誰もが二の足を踏むその問題に、俺の頭の中で、錆びついていた歯車がギシリと音を立てて噛み合った。


(……待てよ? 莫大な事業資金を調達する……? それって、俺が前世でずっとやってきたことじゃないか?)


田中健二、四十二歳。前職、大手証券会社勤務。専門は投資銀行部門。企業の資金調達、M&A、そして……大規模インフラ整備のための資金計画、いわゆる「プロジェクトファイナンス」の組成。


「……これだ」


俺の口から、思わず声が漏れた。


「なによ、急にブツブツ言って。気持ち悪いわよ」

「リリアナさん、俺、この街を救えるかもしれない」

「はぁ? 寝言は寝て言いなさいよ。あんたにできることなんて、ゴブリン見て腰抜かすくらいでしょ」


痛いところを突かれながらも、今の俺は自信に満ちていた。


「違うんだ。剣や魔法じゃなく、『カネの流れ』を操るんだ」


宿に戻った俺は、羊皮紙とインクを買い込み、一心不乱に何かを書き始めた。


「事業計画……キャッシュフローの試算……リスクヘッジ……そうだ、債券だ。プロジェクトボンドを発行して、市民から資金を募るんだ」

「さいけん? ぷろじぇくと……何よその呪文みたいなの」


怪訝な顔で覗き込むリリアナに、俺は興奮気味に説明した。


「いいかい? まず、この『水路修復プロジェクト』で、将来どれくらいの利益が生まれるか計算する。水が綺麗になれば商業は活性化するし、新しい『水道税』みたいなものも取れるだろ? その未来の利益を担保に、『水路債』という証文を発行するんだ」

「しょうもん?」

「ああ。それを街の商人や、お金に余裕のある市民に買ってもらう。一口金貨一枚、とかでね。みんなから少しずつお金を集めて、それを元手に水路を直すんだ」

「……それじゃ、ただお金を巻き上げるだけじゃないの」

「違う! 水路が完成して利益が出始めたら、その証文を持ってきてくれた人に、お礼として利子をつけてお金を返すんだ。出資した人は儲かる。街は綺麗になる。領主は初期投資を抑えてで事業ができる。みんなが得をする仕組みさ!」


営業マン時代に培ったプレゼン能力で一気にまくしたてる。リリアナは、初めて見る俺の姿に目をぱちくりさせていた。


「……なんだかよくわからないけど。そんなおとぎ話みたいなこと、本当にできるわけ?」

「できる! …いや、やってみせる。これは俺の専門分野なんだ」


いつもの冴えないおっさんとは違う、真剣な眼差し。リリアナは一瞬言葉に詰まった後、ぷいっと顔をそむけた。


「……ふん。ばっかじゃないの。まあ、あんたが変なことしないか、私がしっかり見張っててあげるわよ」

「え?」

「べ、別に! あんたの計画が面白そうだなんて、これっぽっちも思ってないんだからね! 勘違いしないでよ!」


真っ赤な顔で言い放つ彼女の言葉は、俺にとって何よりの応援に聞こえた。

俺はニヤリと笑い、完成したばかりの企画書を手に取った。タイトルはこうだ。


『水門都市アクアフォール「水路インフラ整備事業」における公民連携ファイナンス・スキームのご提案』


「よし。まずは商人ギルドのトップにアポだ。リリアナさん、護衛、頼みますよ!」

「だ、だから! 私はただ見張ってるだけなんだからね!」


冴えないおっさんの、役立たずスキルの俺が、この異世界で唯一持っていた武器。それは、現代日本の金融知識。

俺の、そして俺たちの、悪戦苦闘な異世界ビジネスが、今、幕を開けようとしていた。

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