第8話 婚約に華を添えるためのAI開発
美樹さんとの婚約の話から一週間。
胸が、ざわざわと騒いだ。
嬉しい。でも——
焦りが膨らむ。どんどん。
ただの「上杉家の跡取り」じゃダメだ。
彼女に誇れる何かを。技術者としての成果を。
16歳の俺に、今できることは?
「やるなら、今のAIシステムを1世代進化させる」
呟く。
「それぐらいじゃないと、彼女との婚約に華を添えられない」
脳裏に浮かぶ。※1 エキスパートシステムの限界。
前世なら1980年代の技術。専門家の知識をコンピュータに教え込む。でも、教えた以上のことはできない。
それを超えるには——
ディープラーニングの基礎を持ち込むしかない。
赤ちゃんが言葉を覚えるように、AIが自分で学習する仕組み。
できる。現時点の研究環境なら。
でも——
高校生の俺が、プロに認めてもらえる?
彼女の声が頭に響く。
『君のAIが未来を変えるなら、私もその一部になりたい』
庭での言葉。俺の内の炎が、燃え上がる。
***
数日間、学校が終わると部屋に籠もる。
制服のまま机に向かう。夕食も忘れる。
キーボードを叩く。カタカタカタ。
目が痛い。肩が軋む。でも止まらない。
AI技術の基礎構造。応用例。レポートにまとめる。
戦闘機の動きを自分で覚えるAI——自己学習型※2 ニューラルネットワーク。
例えるなら。
将棋の定石を全部教える——エキスパートシステム。
ルールだけ教えて自分で強くなってもらう——俺の提案。
「父さん、これを研究所に送ってくれないか」
三日目の夜。完成したレポートを差し出す。
父が驚く。
「義之、徹夜でもしたのか? 目が真っ赤だぞ」
確かに。目がショボショボする。
「大丈夫。これ、見てくれればわかるから」
……たぶん。
父が心配そうに頷く。翌朝には送ってくれた。
その夜、電話が鳴る。美樹さんだ。
「義之君、レポート出したんだね」
声が優しい。疲れが吹き飛ぶ。
「ああ、やっと形になった」
息を吸う。
「君との婚約に相応しい成果を出したくて」
電話の向こうで、小さな笑い声。
「君ならできるって信じてるよ」
そして——
「でも、無理はしないでね。顔色が悪いって、玲奈ちゃんから聞いたよ」
「え? 玲奈が?」
「うん、心配してメールくれたの。『お兄様が倒れそう』って」
妹の心配り。胸が、じんわりと温かくなる。
「大丈夫だよ。美樹さんのためなら、これくらい」
「私のため、じゃなくて、一緒にね」
声が震える。彼女の。
「君の夢は、私の夢でもあるから」
胸が、ぎゅっと熱くなる。
***
レポート提出から三日後。夕食時。
父の携帯が鳴る。
「義之、研究所からだ」
電話に出る父。表情が変わる。
「はい……え? 本当ですか……」
何だ。何があった。
電話を切る。父が俺を見る。
「義之、この『ニューラルネットワーク』ってやつ」
息を呑む。
「研究所の連中が大騒ぎしてるぞ」
母と玲奈も箸を止める。
「どんな反応?」
声が震える。
「技術主任の佐藤さんが『すぐに本人に会いたい』だとさ」
胃が、きゅっと締まる。
プロの研究者たちと対峙。16歳の俺が。
「週末、都合はつくか?」
「……行く」
震える声を抑える。なんとか。
***
週末。上杉グループの最先端研究所。
ガラス張りの巨大な建物。足が震える。
中に入る。白衣の研究者たち。忙しそうに行き交う。
会議室に通される。
10人ほどの研究者。全員が俺を見る。
好奇心と……敵意?
喉が、カラカラになる。
技術主任の佐藤さん。50代後半。白髪混じり。鋭い眼光。
「上杉義之君だね」
立ち上がる。
「まさか高校生とは思わなかったよ」
周りからクスクス。笑い声。
顔が、カーッと熱くなる。
でも、怯んじゃダメだ。
「これを君が書いたのか?」
レポートを掲げる。
「はい、俺が書きました」
佐藤さんが眉をひそめる。
「自己学習型ニューラルネットワークだと?」
声が重い。
「我々は20年、血と汗でエキスパートシステムを磨いてきたんだ」
空気が、ピリピリと張り詰める。
研究員の一人が声を荒げる。
「高校生の思いつきで、我々の成果を否定するつもりか!」
手のひらに汗。ビショビショ。
でも——美樹さんの顔が浮かぶ。
深呼吸。震えを抑える。
「否定じゃありません」
立ち上がる。足がガクガク。
「次のステップを提案してるだけです」
ホワイトボードに向かう。
「エキスパートシステムは素晴らしい。でも、限界もある」
図を描く。手が震える。バレないように。
「例えば、将棋で考えてください」
声に力を込める。
「今のシステムは、プロ棋士の定石を全部覚えさせる方法です」
研究者たちが顔を見合わせる。
「でも、新しい戦法が出たら?」
沈黙。
「私の提案は、AIに将棋のルールと基本だけ教えて」
息を吸う。
「あとは対局を重ねて自分で強くなってもらう方法です」
佐藤さんが腕を組む。
「理論は分かる。だが、証拠はあるのか?」
正念場。
「……あります」
ノートPCを開く。手が震えて——
パスワードを打ち間違える。
落ち着け。落ち着け。
やっと起動。試作AIのシミュレーション。
画面に戦闘機。敵の動きを学習していく。
ぎこちない動きが、洗練されていく。
「まだ不安定ですが」
声が震える。
「10回の模擬戦闘で、予測精度が32%向上しました」
会議室が、静まり返る。
笑みが消える。研究者たちの顔から。
長い沈黙。
若い研究員が呟く。
「……本当に、自分で学習してる」
佐藤さんが画面に近づく。データを確認。
表情が変わる。驚愕に。
「確かに、我々のシステムを上回っている……」
俺を見る。
「16歳の君が、どうやって」
正直に答える。
「脳裏に浮かんで離れない構造があって……」
また笑われる?
「AIが自分で考えて、成長していく未来を」
でも——
誰も笑わない。
佐藤さんが深く息を吐く。
「上杉君、我々が間違っていた」
え?
「君の理論、一緒に実現しないか?」
信じられない。プロが、16歳の俺を——
「はい!」
声が裏返る。
「ぜひ、お願いします!」
恥ずかしい。でも、温かい笑顔で迎えてくれた。
***
帰宅後、すぐ電話。美樹さんに。
「やったよ! 研究所の人たちが、俺のAIを認めてくれた!」
興奮で声が上ずる。16歳らしくない? でも嬉しい。
「本当? すごい! さすが義之君!」
喜ぶ声。疲れが全部吹き飛ぶ。
「これで、君との婚約に少しは華を添えられるかな」
「もう十分すぎるくらいよ」
声が優しい。
「でも、義之君らしいね。いつも先を見てる」
「美樹さんがいるから、頑張れるんだ」
「じゃあ、私ももっと頑張らなきゃ」
決意が滲む。
「君に相応しい女性になるために」
その夜、家族で祝杯。俺と玲奈はジュースだけど。
「研究所の連中を説得したんだって?」
父が誇らしげ。
「最初は『高校生の思いつき』って馬鹿にされたけどね」
苦笑い。
母が微笑む。
「でも、最後は認めてもらえたのね。義之らしいわ」
玲奈が目を輝かせる。
「お兄様、本当にすごい! 美樹さんも喜んでるでしょ?」
「ああ、すごく喜んでくれた」
窓の外。星が輝く。
初等科の図書館。美樹さんと星座図鑑。
あの日を思い出す。
まさか、こんな未来が待ってるなんて。
でも、彼女と出会えたから。
今の俺がいる。
レポートは始まりだ。
彼女が隣で微笑む未来を、技術で切り開く。
16歳の俺にできることは限られてる。
でも、一歩ずつ進めば——
彼女の声が蘇る。
『君のAIが未来を変えるなら…』
その言葉が、俺の指先に力を与える。
新たな設計図を描かせる。
これが俺の、16歳なりの覚悟だった。
***
※1 エキスパートシステム:専門家の知識をコンピュータに入力し、その通りに判断させるAI。1980年代の主流技術。
※2 ニューラルネットワーク:人間の脳の仕組みを模倣し、経験から学習するAI。現代のAIの基礎。
ネットコン13挑戦中。締め切りは7/23 23:59まで。
最後まで全力で駆け抜けます。
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