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第74話 幼馴染はすぐ調子に乗る

 じっとただ見つめるだけで何も言わない果子。

 そう言えば、コイツと顔を合わせるのは文化祭以来か。

 まだ二週間程度しか経っていないが、ここ最近は色々ありすぎて随分前の事に感じる。

 精神的に追い込まれていたから当然だろう。


 ていうか、本当に何のつもりなのだろうか。

 この前の件で俺にまだ文句を言い足りないのか?

 俺と山吉が付き合っていたという誤解は解けたはずだが、それすらどう解釈しているのかわからない幼馴染だからな。

 気が気でない。


 と、そこで先ほどの事を思い出した。

 凪咲が言っていたのだ。

 テストの結果発表時、高木が俺の不正を疑うような発言をしていたらしいが、それにぴしゃりと冷や水を浴びせたのが果子だったらしい。

 半信半疑だったが、この様子のおかしい果子を見ているとさらに混乱する。


 なんて思っていたところ、果子は自身のバッグからプリントを取り出し、俺に渡してきた。


「なんだこれ……って成績結果か?」

「いいから。見て」

「……んあ?」


 言われるがまま、面倒に思いつつ見る俺。

 しかし、すぐに驚愕する事になった。

 俺は隣で顔色を窺ってくる幼馴染の肩をつかむ。


「102位!? お前……凄いじゃないか! 頑張ったんだな!」

「っ!」

「あ、悪い」


 ついこれまでの関係を忘れてはしゃいでしまった。

 だが無理もないだろう。

 俺がどれだけ教えてもロクに聞かずに学年の平均を彷徨っていて、つい最近では学年最下位まで取っていた幼馴染の見事な成績だ。

 どんなに思うところがあっても、条件反射で感動して喜んでしまった。

 

 気まずくてそのまま成績結果を返すと、果子は俺を睨みつける。

 マズい、と直感が働いた。

 このままでは調子に乗らせて、また傍若無人な暴言を許してしまう羽目になる――。

 そうなる前に何かを言おうとしたところで。


 果子の瞳から涙がこぼれた。


「……ご、ごめ」

「いや、どうしたんだよ」

「ほんとに、ごめん」

「なにが?」


 唐突に謝られても意味が分からない。

 首を傾げると、果子は泣きながら話し始めた。


「今まで、酷いことしてごめん」

「……どういう風の吹き回しだ」

「別に、そんなのどうだっていいでしょ。でもウチ、あんたのことずっと勘違いしてたの」

「……」

「それで、いっぱい八つ当たりして。傷つけるようなことして、それで……」


 今更なんだと言いたくなった。

 先ほど高木にも思ったことだが、謝られたところで過去の記憶は消えない。

 笑って流して、数年後に面白いエピソードトークに昇華……なんてのは関係ない奴とならできるかもしれないが、当事者たるコイツらへの嫌悪感は一生なくならないだろう。

 正直、迷惑だ。

 もう全部手遅れだし、許せと脅されているようで困る。


 だけど、久々だった。

 こんなに正面から果子が話してくれたのが久々すぎて、つい聞いてしまった。


「無能とか言ってごめん。雑魚とか言ってごめん」

「そこはいいよ。お前は素で死ぬほど口悪いし、もはや口癖みたいなもんだと思ってるから」

「ふぇぇん。……うぅ、それはそれでムカつくぅ。でもあと、家の事馬鹿にしたのもごめん。ウチ、おじさんにも遊んでもらったのに」

「やめろよ。思い出すだろ」

「もう意地悪言わないからぁ。本当に、ごめんなさい……」


 周果子という人間を俺はよく知っている。

 だからこそ、この謝罪を受け入れるべきか、俺は決めあぐねてしまった。

 というのも、果子は深層心理で俺のことをかなり小馬鹿にしている。

 こんなに謝っているのにと思うかもしれないが、コイツはプライドが高く、基本的に俺如きに本気で謝ったりすることなんて5年に1度もない。

 ……だから逆に反応に困るのだ。

 これはおそらく、果子の中でも色々考えた末の謝罪なのだろうから。

 それを一蹴するのは、なんだか忍びなかった。

 けじめをつけるためにも、聞かなければいけないと思ったのだ。


「俺もさ、周りが見えてなかったんだよ」


 レイサと凪咲と絡み始めて、自分に足りないものを自覚した。

 コミュニケーション能力やデリカシー。

 そういう基礎能力が欠落しているきらいがある俺だ。

 果子に対しても、無意識のうちに不快に思われるような言動をしていたのかもしれない。

 そのすれ違いが徐々にズレを大きくし、今の関係に至ってしまった。


「……お互い、幼かったな」

「本当にごめん」

「あぁ」


 許すとか許さないとか、そういう話ではない。

 それは今後の果子を見て俺が勝手に考えることだ。

 今はとりあえず、お互いに気持ちを共有することが大切。

 

 泣きべそをかく幼馴染に溜息を吐きつつ、ハンカチを差し出す。

 それを手に取る果子に、俺は焦ってくぎを刺した。


「鼻はかむなよ? 汚れるから」

「……ウチ、やっぱあんたのことは嫌いだわ」

「え」

「え、じゃないんだよ馬鹿。はぁ……優しいのかノンデリなのかはっきりしてくれない?」

「すみません」


 結局いつもこれだ。

 毎回気づけば俺が謝らされている。

 でもまぁ、今日は不快じゃない。

 いつもと違って険悪な雰囲気になるわけでもなく、二人共軽口を叩き合っているだけだ。

 そもそも俺の最初の言葉がノンデリだったのは事実だし、この程度で被害者ぶる気はない。

 果子も笑っているし、それを見て俺も噴き出した。

 本当に、久々に心から果子と笑い合ったような気がする。


 と、そこで俺は背後から視線を感じた。

 振り返って見ると、そこにはすらっとしたスーツ姿の中年女性がいた。

 何を隠そう俺の母親である。


「あら果子、久しぶりね」

「あ、お、おばさん」

「なに、怯えたような顔して。別に叩いたりしないわよ。……前の家の時、うちの花壇を荒らして怒鳴られたのを思い出した?」

「そ、その節はごめんなさい」


 決まり悪そうな顔で謝る果子に、母は不思議そうな顔をした。

 まぁ普段のコイツを知っていたら、こんなしおらしい態度を怪訝に思うのも仕方ないだろう。

 果子は昔からうちでも好き放題暴れて、その度に俺の母親に怒られていたからな。


「もうそろそろ夕方だし、久々にご飯食べていく? 今日は作り置きじゃなくて出来立てを三人で食べられるわよ」

「そんな……悪いからいいよ。あ、あ、でも」

「ん?」

「おばさんにも謝りたいことがあって」


 果子はそう言うと、再び母に向かって頭を下げた。


「筑紫を揶揄うために、おばさんの料理をマズいって嘘ついてたんです。ほんとはウチ、おばさんのご飯が大好きで……。そ、それで傷つけちゃって、ごめんなさい」

「はぁ?」


 母より先に俺が反応してしまった。

 え? どういうこと?

 コイツ、俺を揶揄って反応を楽しむためだけにうちの料理を馬鹿にしてたってこと?


 そりゃおかしいとは思ってたさ。

 なんでマズいって言ってる飯をわざわざ食いに来るのか意味が分からなかった。

 だがしかし、真相を知ってもさらにその奇妙さは際立つだけだった。

 コイツ、本当に頭がおかしいんじゃないのか?


 さっきの和解ムードから一変、俺の頭の中では目の前の幼馴染に対して新たな恐怖が浮かび起こっていた。


 と、そこで母が笑い始める。


「あっはは! 知ってたわよ。いつ謝るのか泳がせてたけど、ちゃんと言えたわね」

「うっ」

「おばさんはずっと知ってたわよ。果子が筑紫の気を引きたくてずっとちょっかいかけてたの」

「ち、違うしっ! 勘違いしないで! キャハハ、おばさんってば息子が可愛いのはわかるけどさぁ?」

「そう? まぁどっちにしろ、あまりにもエスカレートし過ぎでもうそろそろ本気で怒るつもりだったけど」

「……ごめんなさい」

「私が様子見してたのは筑紫のためよ。怒ってたらあんたのためにも、それ以上に筑紫のためにもならないから。こういうのは当事者間で擦り合わせないと一生コミュニケーションの取れない大人に育つから。でもまぁ、この機にお互い成長できたでしょう」

「……うん」


 二人で話しているが、言っている内容がほとんど理解できない。

 俺の気を引くために、ちょっかいをかけていた?

 じゃあなんで……と思うことが多すぎて全然整理できない。

 

 俺が困惑していると、果子は俺を見る。

 その顔に涙はもうなかった。


「じゃあウチ、もう行くから」

「あ、あぁ」

「……最後に一つだけ」

「ん?」

「絶対医者になれよっ。もし夢叶える前に諦めたりしたら、その時こそ雑魚って煽ってやるんだからぁっ」

「……はいはい」


 相変わらず死体撃ちが好きならしい。

 すっきりしたような顔で手を振りながら走っていく果子。

 相変わらず、嵐のような奴だった。


「みんな大人になるわね」

「そうか?」

「そうよ。あんたも、果子も」

「ふーん」


 そう言えば、少し前に母は言っていた。

 俺の決断をみんな(・・・)に納得してもらえ、と。

 そのみんな(・・・)の中には、アイツもいたのだろう。

 ずっとすれ違っていたが、やはりなんだかんだ俺の背を押してくれるらしい。

 終わり良ければ全て良しとまではいかないが、少し過去のわだかまりも解けた。

 謝ってもらって、ようやく気持ちが伝わった気がしてほっとした。


「にしても、あの子は本当にすぐ調子に乗るわよね」

「全くだよ」


 少し雰囲気が緩めば反省しているはずなのに口調が崩れる。

 そこが良さでもあるのだろうが、正直俺はそれを可愛いと言える次元にはいない。

 ため息を吐きつつ、苦笑を漏らした。

 相変わらず詰めが甘い奴である。


 



【あとがきのテスト結果】


枝野筑紫 現文84 古典87 数Ⅰ100 数A100 コミュ93 表現100 生物100 物理100 地歴91 公民89 合計944/1000点 1/400位


高木李緒 現文81 古典90 数Ⅰ96 数A98 コミュ92 表現97 生物97 物理94 地歴96 公民86 合計927/1000点 2/400位


雨草凪咲 現文94 古典98 数Ⅰ100 数A71 コミュ96 表現97 生物89 物理90 地歴93 公民96 合計924/1000点 3/400位


七村・F・レイサ 現文82 古典78 数Ⅰ90 数A74 コミュ98 表現81 生物83 物理73 地歴69 公民58 合計786/1000点 11/400位


周果子 現文59 古典43 数Ⅰ68 数A82 コミュ49 表現76 生物61 物理41 地歴68 公民59 合計606/1000点 102/400位



※高木李緒の公民の点数が89点になっていたのは張り出しの誤表記であり、正確には公民86点の合計927点

(という事にしてください。ただの私のミスです。すみません)

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