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第73話 好意と交際

「少し大事な話を聞いてくれるかな」


 俺はそう言って、少し指を組んだり絡めたりしながら、そのまま続ける。


「俺さ、ここまでこれたのは、ほとんどレイサのおかげだと思ってるんだよ」

「エ?」

「だってそうだろ? レイサが勉強を聞いてくれたから毎日の習慣にメリハリが生まれたし、凪咲とだって仲良くなれた。全部、きっかけは君なんだよ」


 あの日、俺は沈んでいた。

 高校に入ってから順調に、夏には既に元に戻すことも絶望的なほど成績は落ち、自分を見失っていた。

 その上、長年一緒にいた幼馴染にもいよいよ裏切られてメンタルは崩壊寸前。

 悲しみというか、怒りというか……ひたすらに虚無だった。


 そんな時に明るく照らしてくれたのがレイサである。


 俺は最初、逃げようとした。

 勉強を教えろと言われた時、恐ろしいコミュ力に虚偽の腹痛を訴えながら逃れようとした。

 でもそこで追いかけてくれたのがレイサだった。

 正直、めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。

 誰とも関わらず、幼馴染からも不要と言われていた俺に、唯一手を差し伸べてくれたのが彼女だったのだ。


「本当に、感謝してる。辛い時にいつもそばにいてくれてありがとう」

「ナ、何言ってンの急に。まだ二カ月の仲だよ? ッテ、これじゃ付き合って――イヤイヤ、ナンでもナイ」


 何やらごにょごにょ言っているが、俺も照れているためあまり聞こえない。

 そして何より、本題はここからだ。


「それで……あの、さ。レイサさん」

「ハッ、ハイ!」

「これからも俺と一緒にいてくれるかな? 今後もたくさん苦しいことがあると思う。レイサにだって困った事があったら今度は俺が支えてあげたい。だから、君にはこれからもそばにいてもらいたいんだ」


 散々助けられてきた二カ月。

 ここからは、それ以上に俺もこの人の支えになりたい。

 だから。


「これからも友達として一緒にいてくれまs――」

「ゴメンナサイッ!」

「――は?」

「――エ?」


 あれ、おかしいな。

 言い切る前に返事が聞こえた気がするんだが。

 しかも、あまり好ましい返事じゃなかった気がする。

 目をぱちくりさせていると、目の前のレイサの表情からどんどん赤みが抜けていくのがわかった。

 そのまま、若干据わった目で眉を顰められる。


「今なんて?」

「いや、だからこれからも仲良くしてくださいと」

「ハ? 付き合おうって話じゃないノ? アタシをカノジョにしたいンじゃないノ?」

「違うけど」

「――ハ?」

「え?」


 言われて、俺は流石に状況を理解し始めた。

 なるほど、道理でレイサの様子がおかしかったわけだ。

 思い返せばさっきの俺の言葉は愛の告白にも聞こえるかもしれない。

 というか、そうにしか聞こえないのでは?

 気づけば冷汗が止まらない。

 後の祭りである。


「ご、ごごごごめん! 紛らわしくて!」

「もう遅いワ! ノンデリ超えてただのコミュ障じゃん!」

「か、返す言葉もないです」

「……マジどうしてくれるノ、この雰囲気」

「それも、ごめんなさい」


 今にして思えば、凪咲が気まずそうに帰ったのもそのせいだったのか。

 俺が今からレイサに告白すると勘違いさせてしまったのかもしれない。

 考えれば考えるだけ、顔から火が出そうになる。

 というか、流石にこんな場所で告白なんて俺でもしないのに。

 それも、少なからず俺に好意を持ってくれている凪咲の前でだなんて、そんな無神経なことはしない。


 いや、既に考えの至らなさでこんな雰囲気になっているから説得力はないのだが。


 にしても、俺は苦笑する。

 前からレイサも俺に好意を持ってくれているのかと思っていたのだが、それはやはり勘違いだったらしい。

 あんなに意志のこもった即答だともはや面白い。

 愛の告白だと勘違いされた上でのあの返事は若干傷つきそうなものだが、あまりにもきっぱり過ぎて清々しいくらいだ。


「付き合おうなんて、そんな身の程知らずなことは口にしないから安心してくれ」

「……」


 あくまで友達としての関係。

 それを俺は理解している。

 だからそう言ったのだが、何故かレイサは顔をしかめた。

 そのままため息を吐く。


「……身の程ってナニ」

「え、いや。え?」

「別に、アタシはツクシのコトが好きじゃないから断ったわけじゃないンですケド。凄く、嬉しかったし」


 レイサの言葉に、俺は少し心が痛くなる。

 嬉しいなんて言ってくれているが、その表情は苦しそうに見えた。

 だから俺は、優しく言う。


「そんな気を遣わなくても。怒ってるの、表情見たらわかるから」


 しかし、その言葉がさらなるトリガーになった。

 レイサは目を見開いて身を乗り出してくる。


「怒ってるように見えるならソレは嬉しかったからこそなノ! この際ハッキリ言うケド、アタシは……アタシは! ツクシのコトがずっと好きなノ!」

「え!?」

「あの日、入学初期の物理の授業で。アタシが答えに詰まってた時に助けてくれたあの瞬間から、ずっとツクシの優しさに惹かれてたノ! だから嬉しかった……でも付き合うのはダメ」


 信じられない言葉だったが、言われてみるとすんなり腑に落ちた。

 そして俺は、続くレイサの言葉に驚く。


「アタシと付き合ったら、ツクシの夢が遠のく。アタシはツクシが夢を叶えるために邪魔なノ。だから付き合えない。好きだケドそれ以上はダメ」


 俺の夢とは、言わずもがな医者になること。

 そのためには良い大学に入る必要があるし、まず受験戦争に勝つ必要がある。

 要するに、勉強をしなければならない。

 レイサが言った事は、これまで何度も俺が考えてたどり着いた結論と同じなのだ。


「今回も助けてもらったのに、邪魔だなんて思うわけないだろ。ってか、そんなこと考えてたのか」

「……ッ! べ、別に四六時中ってワケじゃないケドネ」

「……」


 俺は、本当にダメだな。

 考えが至らないし、考えても汲み取れない。

 こんなにも俺のことを理解して支えてくれていたとは、流石に知らなかった。

 正直、今にも泣きそうだ。

 嬉しすぎて、涙があふれそうになる。


 きっとレイサと付き合えたら幸せになれるんだろう。

 実際、口には出さなかったが俺もレイサにかなり惹かれていた。

 付き合いたいと、何度も思ったことがある。


 でも確かに、勉強だけを考えると付き合うメリットよりもデメリットの方が多いのは事実だ。

 邪魔だとまでは思わないが、好ましくもない。

 悔しいが、レイサの言う通りだった。

 それに、つい最近の母親の言葉も脳裏にチラつく。

 ここまで犠牲にしてきた代償を考えると、一時の恋愛感情に流されてリスクを犯すのは、全てに失礼だ。

 努力してきた俺にも、フォローしてくれた親や凪咲、そして他でもないレイサ自身にも。

 と、そんな俺の歯痒い表情を察したのか、レイサはふっと柔らかい笑みを浮かべる。


「アタシはツクシが夢を叶えるまで、隣で応援してればいいノ?」

「あ、いや。さっきの言葉はそこまで重く受け止めなくても」

「ナニ言ってんノ? 受け止めるに決まってンでしょ」

「でもあれはその……普段言葉足らずって言われるから、今回こそ俺なりに感謝を伝えたくてだな」

「だとしたら言葉選びが壊滅過ぎ。そんなだから国語だけ80点台なんでしょ」

「……随分火力の高い返しだな」

「ア、ゴメン」

「いやいいよ。その通りだし」


 以前凪咲にも注意されたことだ。

 一つを改善しようとすると、別のところに綻びが生じる。

 ノンデリとコミュ障のハイブリッドで、人付き合い皆無なガリ勉野郎の宿命だろう。

 これから、長い時間をかけて直さなければ。


 と、そこでレイサは、今度は頬が引きつったような不思議な笑みを浮かべた。


「そう言えば、聞いてないンですケド」

「な、なにが?」

「ツクシはその……アタシのコト、ドー思ってんノ? ナニ言われても付き合ってあげないから安心して答えてヨ」

「……」


 今日のレイサは随分積極的だ。

 逃げ場をなくされて苦笑するしかない。


「好きだよ。……付き合ったりできたら、幸せだと思う」

「フーン。でもま、今は無理でーす」

「うっ」

「だから、カノジョ候補一号ということでオネガイシマス。未来の名医サン」


 こうして学内人気屈指の帰国子女は、俺の人生初の彼女候補になった。





 ファミレスを出て、帰路に就く。

 なぜか隣にはレイサがいて、見つめると「ニハハ」と楽しげな笑みを見せてくる。

 かわいいが、気味が悪い。

 

「家の方向逆だろ。送るぞ?」

「お義母さんに挨拶でもしよーカナと思って」

「気が早いわ」

「ドン引きした顔やめてくれナイ? 素に戻ると恥ずか死ぬ」


 顔を覆って黙るレイサが面白い。

 まぁ別に、今は友達のままだ。

 すぐに関係が変わるわけではないし、その必要もない。

 本人も彼女候補一号だなんて、奇妙な自称をしていたし。


 なんて話しているうちに、俺の家のすぐそこまでやってきた。

 やはりお嬢様に見られると妙に緊張する、ボロい木造アパートである。

 そんなアパートを目指そうとして、俺たちは足を止めた。

 それよりも先に不思議なものが目に入ったからだ。

 道の脇にしゃがむその姿に、俺は恐る恐る声をかける。

 

「……なんでいるんだ」

「待ってたからに決まってるじゃん。馬鹿なの?」

「……」

「じょ、冗談だって。無視しないでっ!」


 家の前で待ち伏せしていたのは幼馴染だった。

 ツインテールを風に靡かせ、いつも通り自信満々の表情。


 早速悪態をつかれたため無視して脇を通ろうとしたら、腕をつかまれた。


「七村、ちょっとコイツ借りて良い?」

「イヤだケド」

「……お願い」


 珍しいと思った。

 果子が人に下からお願いすることなんて、滅多に見たことがないから。

 困ったようにレイサは俺を見てきて、俺も果子を見つめる。

 と、果子は俺をまっすぐに見つめた。

 そのまま力なく笑う。


「別に変なこと言うつもりないからさ」

「信じられないンですケド」

「七村。あんたは黙ってて。関係ないでしょ?」

「あるよ。アタシはツクシのカノジョ候補なンだから」

「は? え……。いや、そ、そう? ――それでも、今この場だけはお願い」


 唐突にぶっこむレイサにもそうだが、やはりそれ以上に果子の様子に驚く。

 なんだか、今日はやけに聞き分けがいい気がする。

 いつもなら癇癪を起して暴言を撒き散らすだろうに、落ち着いて建設的な会話ができていた。

 相手がこの幼馴染なだけに、大人な対応過ぎて俺は違和感を覚える。


 断固とした果子の姿勢に、ついに観念してレイサが折れた。


「ワカッタ。じゃあ」

「ありがと。七村っ」

「……いや、マジで何?」


 去り行くレイサの後姿を見送った後、俺は隣の幼馴染を見た。

 一体何を企んでいるのやら。

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