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第72話 大躍進の帰国子女と、様子のおかしいノンデリ

「その話、もう少し決断を遅らせることはできませんか?」

「え?」


 担任から推薦入試の最終確認をされた時、俺はそう聞き返した。

 思ってもみない反応に先生は目を丸くし、そのまま頷く。


「あ、あぁ。あくまでお前に推薦枠が優先されるっていう話だから、ここで決める必要はないし、一応まだ決断しなくても大丈夫だが。……でも、それでいいのか?」

「あれから親と話したり、自分の中で気持ちを整理してみたんです」


 自分がやりたいことは何なのか。

 ここまで何をモチベーションに勉強を頑張れたのか。

 そんなことを考えると、どうしても踏み切れなかった。

 それに、親の言葉もある。

 実はこの件を相談したとき、窘められたのだ。


『お金を理由に決めるのだけは絶対にやめなさい』

『は、はい』

『別に親として綺麗事で言ってるわけじゃないわ。自分がこれまで犠牲にしてきたモノは、そんな妥協で納得できるような重さなの?』

『……いや』


 犠牲という単語に、気が付かされた。

 

 俺はこれまで、数々のモノを代償に夢を目指してきた。

 友達と遊ぶ時間やゲームをする時間、それまで幼馴染と一緒に絡んでいた時間だって、全部我慢して勉強時間に変換してきたんだ。

 健康的な睡眠時間を確保できない日も多かったし、他人に馬鹿にされても受け入れて、ひたむきに勉強だけに向き合う日々。

 それは、言葉にできないほど重いものだった。

 

『迷ってるなら、納得できる方を選びなさい。そうすればみんな(・・・)も納得して応援してくれるから』

『ありがとう。確かに、今一緒に勉強してるレイサと凪咲も、こんな歯切れの悪い選択じゃ応援してくれないよな』

『別に、その二人だけの話ではないけどね』

『あ、母さんもか』

『……まぁそれもあるわね』


 母は苦笑していた。

 だけど、背中を押してくれた。

 俺が一番大切にすべきだった事を思い出させてくれた。


 それに、正直今の時点で志望校の決断を下すのはまだ早過ぎる。

 高校一年の11月で、文理選択すら反映されていない時期だ。

 そんな状況で選択肢を狭めるのは、いかなる理由であれ愚策だと思う。


「枠の維持をしてくれとわがままは言いません。他に候補者がいたら、そちらに回してくださって構いませんから」

「いやいや。素行の件で指導が入る高木は論外として、次に唯一優先される可能性があるのは雨草だろうが、彼女に意志がない以上この代からは誰も選出しないだろう。だから、枝野も気にせずに自分の道を進んでくれ」


 渋い顔ではあったが、担任も背を押してくれた。

 となれば、俺が進むべき道は一つである。


 これからも毎日、ガリ勉あるのみだ。





「という話で」


 ファミレスでレイサと凪咲に説明すると、彼女らはぽかんとした顔を見せた。


「ごめん! あんなに対策を手伝ってもらったのに」

「イヤ、ソレは別に良いンだケド」

「……なんか、カッコいいですね」

「え?」


 謝ったのに何故か褒められて、目が点になった。

 驚く俺にレイサも頷く。


「普通この状況から一般入試を優先はしないからネ。漢気だよ」

「なんだそれ」

「実際、結論も筑紫君らしいですし」


 随分買いかぶられているようだが、俺はそんなにど根性タイプの強い意志を持った人間ではないはずだ。

 今回だって、何回も折れかけた。

 途中結果が返ってくる過程では、半泣きになりながら震えていた。

 どちらかと言うと負け犬で、情けない男なのだ。


 しかし二人は、そんな俺とは違うモノが見えているらしい。

 

「っていう事は、志望校は海凰大のままですね?」

「うん」

「ふふ、ではこれからも一緒に頑張りましょう」


 反対されることもなく、二人共俺の選択を尊重してくれた。


 茶目っ気たっぷりに言った後、凪咲は成績結果をテーブルに出しながら嘆いた。

 そこにはこれまで見たことのない数字と、各教科の点数や順位が事細かに記されている。

 見て良いようなので、俺とレイサは身を乗り出して覗いた。


「それにしても、ショックです。人生で初めて三位なんて取ってしまいましたから」

「こう見ると数学Aの失点が痛かったみたいだな。……なんて言うか、改めてごめん」

「だから、筑紫君のせいではないと言っているじゃないですか。数学に時間を割いていたらここまで英語で点を取れていませんし、結局合計点自体は変わらなかったと思います。シンプルな実力不足ですよ」


 高木が成績を上げてきたせいで、凪咲の順位は一つ下がってしまった。

 合計点は924点で、2位の高木とは3点差。

 俺とも20点しか変わらないし、こちらも実はかなりの僅差だった。

 今回のテストも、上位10人のうち凪咲と高木と俺の成績は若干離れたところにある。


 凪咲には悪いが、数学Aで点を落としてくれたのが俺としては幸いだった。

 ここで普段通り90点くらい取られていたら、俺が負けていた可能性もある。

 しかも凪咲は数学Ⅰのテストでは満点を取っていたから、本当にたまたま数学Aのテスト問題が嚙み合わなかっただけ。

 別に数学がめちゃくちゃ苦手というわけではないのだ。

 とかなんとか考えると複雑な感情になる。


「今度こそ数学Aでも満点取らせるから」

「ふふ、それでは次は私が1位かもしれませんね」

「うっ……」

「安心してください。その時は国語をみっちり教えてあげるので、対等な条件でやりましょう」


 悔しいだろうに、凪咲はそう言って再び笑った。

 前から思っていたけど、強くて逞しい子だ。

 そして思った以上に脳筋寄りの殴り合いタイプ。

 これは今後も要注意しないと、すぐに追い越されて背中も見えなくなりそうだ。


 と、今度はそのまま二人でレイサの方を向く。

 実のところ、俺や凪咲の成績は今回は前座もいいところである。

 今から対面するレイサの成績こそ、今回の定期考査の主役と言っても過言ではない――そのレベルの得点・順位だった。


「アハハ、アタシのはその……惜しかったネ。悔しいワ」

「その順位なら悔しがるのもわかるが、流石にもう少し喜んでくれ。俺は正直、その点数を取ったレイサと、赤点レベルからここまで勉強を教えてきた俺と凪咲を労いたいくらいなんだから」

「ネェ、なんかバカにしてるー?」

「してるわけないだろ……。学年順位11位の優等生帰国子女様」


 レイサの今回の合計点は1000点中の786点。

 そして10位だった生徒の合計点は787点。

 まさかの一点差で張り出しを逃したのである。

 本人はそれに微妙に納得いかないようで、嬉しそうな顔を時々悔しさに歪めていた。

 なんだか形容しがたい表情に、俺は笑えてくる。


 だって、学年11位だぞ?

 県内でも断トツトップの進学校で、この学校の生徒は揃いも揃って頭自慢。

 そんな400人の中で11番目に成績がいいわけだ。

 模試じゃないから正確なことは言えないが、おそらく全国偏差値70以上は期待できる成績である。

 俺としては、もう少し全力で喜んで欲しかった。


 にしても、やはり恐ろしすぎる。

 赤点常連から2か月で上位入りは、頭の出来が良過ぎだ。

 絶対俺なんかより地頭も良いだろうし、このまま勉強をしていたら俺なんてあっという間に追い抜きそうである。

 

「……うわぁ」


 見ろ。

 レイサの横の凪咲なんて、素で引いた顔をしている。

 もはや褒めたり喜びを共有したりするフェイズは過ぎ、ただその勉強の才能にドン引きしていた。

 俺も似たような顔をしているかもしれない。


 とまぁ、そんなこんなでテストはそれぞれの結果を迎えた。


 予定通り一位を取って形式的には推薦枠を得た俺。

 若干ほろ苦い全体順位にはなったが、それでも大きな課題だった英語では結局二科目共に9割超えの成績を収め、弱点を克服した凪咲。

 そして大躍進を遂げ、まさかの学年11位まで浮上してきたレイサ。


 しっかりとこれまでの積み重ねや対策が結果に現れた試験だった。


「ハ? ナギサってば国語は現古両方学年一位だったノ? キモ」

「レイサさんこそ、コミュニケーション英語の98点って学年一位ですよね? 普段あんなにテキトーなくせに、あなたも十分気味悪いですよ」

「言ってくれるじゃん。その学年一位のおかげで英語で9割取れたことにも感謝しナー?」

「ほとんどメイドさんの手柄じゃないですか」

「人脈は最大の武器。アタシが繋げてあげたンだからアタシに感謝でしょ」

「アー、アリガトウゴザイマシタ」

「そのカタコトは日本語弱いアタシへの当てつけ? キレるよ?」


 人が感傷に浸っている間も、美少女たちは平常運転だ。

 まったく、日に日に仲が悪くなっているような気がするが大丈夫なのかこの二人は。

 苦笑しつつ、俺はそんな様子を見つめる。

 ぷいっと顔を背ける凪咲に、ニヤニヤしながらダル絡みするレイサ。

 艶やかな黒髪と、窓から差し込む日の光を反射させるブロンドの髪。

 少し前まではあり得ない景色だった。

 そして、こんなに楽しい環境をくれたのは、他でもないレイサなんだよなぁ。


「レイサ」


 俺はそう呼んだ。

 と、彼女は俺の方をきょとんと見つめる。


「あのさ……君に伝えたい事があって」


 この機に、どうしても伝えたいことがあった。

 他でもないこの帰国子女の美少女に、どうしても話したいことがあった。


 というわけで口を開いたのだが、いやはや照れる。

 こういうのは慣れないため、顔が熱くて仕方がない。

 そして何故か、そんな俺にレイサまで顔を真っ赤にして慌て始める。


「へ? エ? ……うぇ?」

「こ、こほん。あの、私はもう帰りますね」

「え?」


 しかも、さらにどういうわけか、凪咲は荷物をまとめ始める始末だ。

 こっちはもっと意味が分からない。


「いやでも、まだそんなに時間経ってないぞ? ご飯も頼んでないし」

「い、いえ。それでは……お構いなく」


 止めたが、そそくさと去っていく凪咲。

 つい今まで楽しく話していたのに、急に様子がおかしくなって困惑である。

 はっきりしない笑みを浮かべながら、本当に帰ってしまった。

 たまによくわからない行動が目立つが、今日はその中でも一番よくわからない。


 まぁしかし、俺としては若干好都合でもあった。

 別に今からの話は凪咲に聞かれても困ることはないが、恥ずかしいのも事実だからな。

 面と向かって伝えたくて変なタイミングになってしまったのは、俺のコミュ障が故だ。

 だけど、こういうのは伝えておかないといけない。

 

「レイサ」

「は、ハイ」

「少し大事な話を聞いてくれるかな」


 みるみる強張っていくレイサの顔を見ながら、俺は照れつつ話を始めた。

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