第71話 推薦枠の行方とガリ勉の安堵
話は少し前に遡る。
成績発表が行われる放課後、いつものように担任に個人の成績結果を返されてから、その後廊下で上位10名の張り出しが行われる。
前回の実力考査同様、俺にとって上位10位内に入るのは前提であるため、今回もレイサと一緒に廊下の張り出しで自分の順位と成績を確認しようと思っていた。
勿論自分一人で先に個人成績を見ることは可能だが、それでは面白くない。
ライブ感を楽しみたいというかなんというか、そんなところである。
うちの学校の定期考査は張り出しという性質上、そういう娯楽としてのイベント性も兼ね備えているから尚更だ。
それと情けない話だが、一人で見るのは若干怖い。
それぞれの授業時間に行われたテスト返却によって何点取れているかは勿論知っているが、順位は知らないからな。
なんて思ってソワソワしていたのだが、張り出しが行われるその直前に担任に呼び出された。
「枝野、ちょっと良いか?」
「え、まぁ……はい」
額に汗を浮かべながら、しかし真っ直ぐに見つめてくる担任になんとなく察する俺。
周りの生徒に噂される中、後頭部を掻きながら立ち上がる。
二人でそのまま少人数教室に行くと、彼は早速手に持っていた封筒を机に置いた。
席に着き、俺もその封筒に目を落とす。
いやはや、こうなっては結果を見ずともわかってしまうじゃないか。
なんともサプライズ感のない残念な終わり方だ。
「枝野、おめでとう」
「……俺が一位だったんだ」
「あれ? 成績結果はさっき渡しただろ?」
「いえ……友達と外の張り出しで確認しようと思っていたので。まだ見ていなかったんです」
「それはなんだか悪い事をしたな」
まぁしかし、安心したのも事実だ。
先生が封筒から出してきたのは、張り出された順位表のコピーだった。
それをご丁寧に1位と2位の成績だけ切り取って、見やすく比較してくれている。
俺は改めて自分の成績を正確に把握した。
———
1位 枝野筑紫 現文84 古典87 数Ⅰ100 数A100 コミュ93 表現100 生物100 物理100 地歴91 公民89 合計944/1000点
2位 高木李緒 現文81 古典90 数Ⅰ96 数A98 コミュ92 表現97 生物97 物理94 地歴96 公民89 合計927/1000点
———
高木には17点差の勝利だったらしい。
やはり予想通り、危ない戦いだった。
俺がいつものように数学ばかりにリソースを割いていたら、恐らく負けていただろう。
あり得た世界線に、ぶるっと身の毛がよだった。
「特筆するべきは満点の多さだな。職員室ではもはや先生が頭を抱えていたぞ」
「いや、それは正直運の良さもあるので」
「謙遜するな。お前が普段どれくらい努力しているかは、答案を見れば一目瞭然だ」
「……どうも」
褒められて恐縮してしまう。
今回は文字通りハングリー精神の賜物だ。
若干気恥ずかしくて、顔が引きつる。
しかし満点もそうだが、極めつけはズバリ英語の点数だろう。
宣言通り、英語では二科目とも高木に勝利している。
小テストの件をバネに、三人で膨大な対策をしたのが刺さったのだ。
ただ、満点を取って勝つという条件も口に出してしまっていたのは問題だな。
今回俺は英語表現のテストでしか満点を取れていないため、有言半実行みたいな、若干曖昧な結果に終わっている。
レイサのメイドさんに教わって以来、コミュニケーション英語の方も満点が夢じゃない所まで理解が進んでいたからこそ、若干悔いはある。
でもまぁ、勝ちは勝ちだ。
アイツの得意科目でも正真正銘叩き潰した。
片方ではあるが一応満点も取っているし、ギリギリ許容範囲だろう。
「素行に関する指導もいく予定だ。今回の成績を持って話を通してきたから安心してくれ」
「……今も吠えてますけど大丈夫なんですか?」
「……」
この話をしている最中、廊下から高木らしき男の声が聞こえてきていた。
内容までは聞き取れないが、随分ヒートアップしている様子。
果たして一度の指導程度で素行が改善するのかはわからないが、それはそれとしていい機会だろう。
この機に自分を見つめ直して成長して欲しいものだ。
先生たちもアイツには手を焼いてそうである。
担任も渋い顔をしているし、親が大物となると教員側は面倒臭さも洒落にならないだろう。
可哀想に思えてきた。
他人事なのは、自分の勝利が確定して夢見心地だからだろうか。
「で、だ」
「はい」
「この面談の本題は例の推薦枠についてだ」
勿論俺もそのつもりだったため、姿勢を直して次の言葉を待った。
新たな資料を机に出しながら、担任はおもむろに話し始める。
そしてついに聞かれた。
最後の確認作業が行われる。
「成凜ノ条大学医学部の推薦入試、受ける方向で話を進めていいんだな?」
担任の問いに、俺は呼吸を整えて口を開いた——。
◇
「はぁ、災難続きだった」
「アハハ、まァこれであの人も懲りたンじゃナイ?」
「そうだといいんだけど」
面談を終えた後に廊下で野次馬に絡まれたさらに後だ。
静かな場所に移動して、俺はため息を吐いた。
そんな俺にレイサは笑い、そして凪咲も眉を寄せながら微笑む。
なんにせよ、これで終わった。
しばらく緊張状態にあったため、ようやく落ち着けるわけだ。
そりゃ気を抜くわけにはいかないが、少しくらい休んでもいいだろう。
それくらい、今回のテストには全てをぶつけたんだから。
今はテスト後恒例のファミレスに集まっている。
学校では人に囲まれてゆっくりできなかったため、早めに場所を変えたのだ。
テスト後にみんなに褒め称えられるのは気分も良いが、今日はそういう気分にはなれなかった。
「で、ドーだったノ?」
早速そんな事を聞いてくるレイサ。
聞かずとも、推薦枠の話であると分かる。
口には出さなかったが、凪咲も気になったように子供みたいな顔で俺を見つめていた。
なんだか、一緒に頑張ってきた二人にこうして改まって聞かれると照れてしまうな。
「二人共、今回は一緒に勉強してくれてありがとう」
「なんですか改まって。いつもでしょう?」
「それはそうだけど、感慨深くってさ」
「アハハ」
前置きの社交辞令みたいになったが、本心で二人には感謝をしておきたかった。
その上で、俺は例の話に触れる。
「医学部の推薦枠の話だよな?」
「ウン」
「その話だけど……」
俺は唾を飲み込んでから、苦笑しながら言った。
「その話だけど、受けないことにしたんだ」