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第70話 元秀才は無様に醜態を晒し、膝をつく

「……は?」


 とある放課後、高木李緒は廊下で目を疑った。

 壁に張り出される中間考査の結果に、理解が追い付かない。

 周りの生徒もそんな高木に固唾を飲み、奇妙な静けさを保っている。


 高木は目を擦り、今一度成績開示を見た。

 

 ——2位だ。


 何度見返しても、2位だった。

 1位には、あの忌々しい名前が踊っている。


 高木はさらに首を傾げた。

 今回の中間考査での獲得点数は、1000点中の927点。

 苦手科目で若干落としはしたが、それでも今回の難易度を考えると1位でないわけがないレベルの高得点である。

 なんなら、高木にとっては学校の定期テストでは今回が自己ベストだった。

 だからこそ、結果を待たずして一位を確信していたのだ。

 それなのに……。


「嘘だ。……あり得ないだろ」


 なぜ僕が2位なんだと、高木は現実を受け入れられなかった。

 これまでも9割前後で1位を維持し続けたのに。

 ようやく周果子という足枷も完全に捨て去り、いつも通りに集中して対策できた。

 なんなら普段以上に時間も労力も割いて、あらゆる角度からアプローチした。

 だから、高木は思った。

 これは何かの間違えか、あるいは。


 と、そんな高木に興味が失せたのか、周りで他の生徒が騒ぎ始める。

 

「枝野君ヤバすぎない!?」

「今回のテスト、めちゃくちゃむずかったよね!?」

「てか浅野ちゃん10位じゃん! おめでとー!」

「相変わらず上位三人だけ抜けてるなー」


 ほとんどは枝野への驚きや称賛。

 たまに他の生徒の上位10人入りへの歓喜。

 テスト後恒例のお祭り騒ぎがそこにはあった。

 ただ一人を除いて。


「うるさい……うるさいうるさい! なんだよこれ!」


 高木の大声に、周りは口を閉じる。

 

「こんなの、あり得ないッ!」


 周りの注目を集める中、高木は笑いながら大声で捲し立てた。


「お、おかしいだろ!? 今回のテストの平均点は429点だぞ!? 10位の浅山だって合計点は787点だ。それなのに、こんな点数……異常だ!」


 高木は採点ミスの可能性を振り払い、一つの結論に達した。

 すなわち、不正である。

 枝野筑紫の成績が良いのは認めているが、それを加味しても理解できない高得点に、高木は薄ら笑いを浮かべた。


 と、そこに同じクラスの男子がツッコむ。


「いやお前、負けを認めろよ。実力だろ?」

「はぁ!? ……いや、そうか。お前らは知らないんだな」

「何が?」


 皆が聞き入る中、高木は核心を突いた気になって得意げに語った。


「アイツは母子家庭の貧乏人なんだよ。今回一位を取って推薦枠をもらえなかったら人生終わりなんだ。だから採点を誤魔化して、こんな暴挙に出たとしてもおかしくない」


 高木は以前から果子に筑紫の境遇を知らされていたため、すぐにそう判断した。

 それに。


「七村・F・レイサと一緒にいるのも良い例だろ? あの金持ち女に近づいて仲良くなって、その金で教員を買ってもらったに違いない。どうだ!?」


 得意げになるのも仕方ない。

 負けを認められない高木にとっては、この妄想が真実でしかないからだ。

 本気で語る元秀才の悲惨な姿に憐れむ者、呆れる者。

 さらには醜態に辟易して陰口をたたく者もいれば、逆に彼の発言に納得して筑紫に疑いの目を向ける者もいた。

 当の高木は自分が大勢に冷めた目で見られている事にも気付かない。

 

 と、そんな時だった。


「あーあ、見てらんない。だっさ」


 一人の女子が高木の前まで出てきながら、そのまま彼を鼻で笑った。

 高木は忌々しいそのツインテールに、表情を歪める。


「周……」

「気安く名前呼ばないでくれる? 負け犬のくせに。キャハハ、ひっどい顔」

「お前!」

「ってか、筑紫がそんな汚い事するわけないし、そんな器用なことできるわけないじゃん。アイツ地頭馬鹿だし、要領悪いんだから。……ってか、そんなこともわかんないから負けたんじゃないの? キャハハ。あんたこそおつむよわよわの”ざぁこ”じゃん」


 現れたのは高木の元彼女にして筑紫の幼馴染である周果子。

 急に出てきたかと思えば、今までにないほど正面から馬鹿にされ、高木は呆気に取られてしまった。

 言葉を失う彼に、果子は続ける。

 今度は真顔で、淡々とした言葉だった。


「筑紫の方が、あんたよりずっと頑張ってただけでしょ。アイツはずっと勉強してたよ。まぁ要領悪いから、最近まではずっと発揮できなかったみたいだけど。少なくともあんたと違って、女にうつつを抜かしたり、その女に八つ当たりなんかしてないから」


 元カノからの唐突な暴露に、周囲の高木への視線はより強くなる。

 その視線の全てがほぼ侮蔑に変わった瞬間だった。


 果子にとって、筑紫が気に入らない幼馴染であることに変わりはないが、それでも高木なんかに否定されるのは許せなかった。

 果子は筑紫がどんなに真摯に夢に向き合ってきたかを知っている。

 その上で、どれだけの物を犠牲にしてきたかも知っている。

 その中に自分という存在もいるのが果子にとっては気に入らないところだが、それでもそんな筑紫を言われもない妄言で貶められるのは嫌だったのだ。


 そんな言葉に、ついに周りからもバッシングが大きくなる。


「負けたら枝野に謝るって言ってただろ!」

「キモい言い訳してないで、この前煽った分も謝れよ!」

「そうだそうだ! 謝れ!」


 高木はそこでようやく自分の置かれている状況に気付いた。

 味方はいない上に、全員が自分を見下し、馬鹿にしている。


 耐えられなくなって、その場に高木が膝をついた——そんな時だった。


「え、なにこれ。どういう状況?」


 きょとんとした表情で歩いてきたのは枝野筑紫本人である。

 やや遅れた登場で、状況を理解していない様子。

 その横には気まずそうな顔の七村・F・レイサもいた。


「エッと、カクカクシカジカデ」

「……えぇ」


 説明を受けて、呆れてさらに困惑する筑紫。

 役者が揃ったところで、野次馬は筑紫に声をかけた。


「高木、今回お前に負けたらこの前の小テストの時に馬鹿にしたことを誤るって約束してたんだよ。それに、負けたら退学でもなんでもしてやるって」

「また大層な事を」


 相変わらずの自信だな、と筑紫は慣れた反応を見せる。

 負ける可能性を全く考慮していないからこその強気の言葉に、何度目かわからないため息が漏れた。

 そしてそのまま高木に視線を向ける。

 

「でも別に、謝らなくていいよ。お前に喧嘩を売られたからここまで頑張れたんだし。それに退学もするな。逃げるなよ」


 謝罪をされたら許さなければならない雰囲気になる。

 筑紫にとって、そんなのはごめんだった。

 自分のことはさて置き、どうしても凪咲を馬鹿にしたことは許せなかったから、筑紫は首を振る。

 

 そんな態度を寛大さだと勘違いした野次馬は騒いだ。


 高木は筑紫を呆然と眺め、筑紫は逆に高木を睨む。


「ここまで散々好き放題やってきて逃げるなんて許さないからな」


 この学校で一生一番になれない悔しさを味わわせてやる、と。

 そのくらいの意思の籠った言葉だった。


 何はともあれ、こうして明暗がはっきり分かれたのである。

 人生のかかった中間考査は、呆気なく筑紫の勝利に終わった。

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