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第7話 それぞれの思惑

 話の用は終わったが、昼休みは終わらない。

 今更帰って勉強を再開するにも微妙な時間なため、俺達はベンチに腰掛けた。

 残暑で日差しはきついが、それも木陰だとマシになる。

 校舎の間を抜ける風を浴びながら、レイサが凪咲に尋ねた。


「そう言えば、なんでナギサは勉強してるノ?」

「なんでって……え?」

「いやだって、フツーは自分から進んで勉強なンかしないじゃん?」

「「するでしょ」」


 俺と凪咲の声が見事に重なった。

 学生の本分は勉強である。

 学業に限らず、社会規範だとか集団行動を学ぶという意味も大いにあるだろうが、やはりメインは学業。

 学ぶために入学したのに勉強しないとは、如何に。


 凪咲も多分似たような事を考えているはずだ。

 実際、不思議そうにレイサを眺めていた。


「う、嘘でしょ!? それ二人が変なだけだからネ!?」

「そうなんでしょうか」

「いや、変なのはレイサだろ。高校だってタダじゃない。公立とは言え膨大な費用を親に払わせてるんだ。それなのに遊び呆けて疎かにするなんて」

「ちょ、ツクシーのはなんか重いっテ!」


 これでも中学卒業のタイミングで若干悩んだほどだ。

 進学校で勉強に専念するとなればアルバイトをする余裕なんてない。

 ならばもういっそ、夢は諦めて就職しようかとも思っていた。

 俺にとっては、そのくらい重い話だった。

 

 なんてまぁ、これは冗談だ。


 わかるよ、実際に勉強するために高校に通っている奴なんて少数。

 進学校に入る理由だって、大半は大卒じゃないと将来厳しいから~とか、自分の学力に見合う学校を選んだら自然とここに行き着いた~とか、そんなもんである。

 俺だって、境遇が違えばそう思っていただろう。


「じゃ、じゃあナギサはただ勉強しててその順位ってコト?」


 驚愕したレイサに凪咲はくすりと笑う。

 どうやらこっちも冗談だったようだ。


「元から成績は良い方でしたが、上を目指す理由は別です。私は……ただ勝ちたい人がいるから。その人に勝つために、勉強しているといったところでしょうか」

「勝ちたい人かァ」

「高木の事か?」


 俺が尋ねると、凪咲は随分と熱のない目で見てくる。


「違います。もっと高い目標です。……だから、こんな所で躓き、負けているようではだめなんです」


 言われてすぐに、なんとなく家の事情だと俺は察した。

 理由は目だ。

 彼女の瞳は、どこかで長年見てきた目とそっくりに見えたから。


 これは挫折と絶望を繰り返し味わってきた奴特有のものだと思う。

 身近に絶望があって、それを越えるために努力する度叩き折られる人生。

 俺がそうだから、なんとなくわかる。

 実際の所はさて置き、少なくとも俺は今の一瞬の雰囲気からそう受け取った。


 既に凪咲はいつも通りの、綺麗な横顔に戻っていた。

 どうやら少し重そうなので、軽く触れないようにしよう。


 しかしそれはそれとして、俺は苦笑を漏らす。

 本気で心底俺の事は眼中にないようだ。

 だってそうだろ。

 この女が目指す目標は別にあり、今目指すこの学校の頂も通過点に過ぎない。

 現状俺はそのどちらにも及んでいないし、当たり前のことだ。

 だがしかし、少し悔しいと感じてしまうのは分不相応なプライドだろうか。


 とは言え、多分俺の事もかなり評価してくれているんだろうなとも思う。

 恐らくうちの学校で一番英語に強いのは高木李緒だ。

 他にも留学経験のある英語特化の生徒もいるわけで、普通ならそいつらに勉強を教わろうと思うだろう。

 だが凪咲はあくまで俺を選んだ。

 きっとさっき喋っていた以外にその理由があるはずだから、そこは少し嬉しい。

 まぁ全ては想像の範疇だ。


「トイレ行ってくるわ」


 俺はそう言って、その場を立った。


 校舎に戻ってトイレを目指している途中、廊下で見知った二人組を見つける。

 ツインテールに心なしか覇気がなく見える我が幼馴染と、それをお構いなしに暗記カードを眺めている高木。

 やはりこいつも実力考査に向けてギアを上げているらしい。

 要警戒だ。





【レイサの視点】


 筑紫が去った後だ。

 先程買っていたパックのジュースを飲むアタシ。

 と、アタシが中身を口に含んだタイミングで凪咲は聞いてきた。


「枝野さんとは付き合っているんですか?」

「ブハッ!? ……エッ!?」 


 唐突でド直球な質問に、ヨーグルッピをぶちまけてしまった。

 藍色のスカートに白い液体の染みがべったり付着して最悪である。

 必死にティッシュで拭いながら、アタシは凪咲にジト目を向けた。

 わざとなのか疑わしいタイミングだ。


「い、いきなりだなァ」

「ここ数日いつも一緒にいるでしょう? 初めは私も彼が一人のタイミングを見計らって話しかけようと思っていたんです。だけど、そんな瞬間すら見つからなかった」

「お、大げさじゃない?」

「いえ、意図的でしょう?」

「……なんの話だか」


 アタシは苦笑しながら、明後日の方向を見る。

 まるでアタシの事をすべて見透かしているかのような凪咲の言葉に、冷や汗が止まらない。

 

「毎度彼に話しかけようとすると、同じクラスの西穂ミカさんに話しかけられるんです。まるで私を枝野さんに近づけさせないように、です。何故でしょう」

「……。はァ、知らないって言っても無駄なんでしょ? 随分性格の悪い詰め方じゃん」

「不快にさせる気はなかったんです。ただ、流石に察すると言うか」

「ミカとアタシの関係に気付いたのはナギサが初めて。流石だよ」

「……で、付き合っているんですか?」


 彼女の瞳からは単純な知的好奇心しか感じない。

 それを見て、アタシは顔が熱くなった。

 

「だ、だったラ?」

「いえ、仮にそうなら私が彼に関わるのは不快かと思って」


 アタシは筑紫の事が好きだ。

 それはこの間、小テスト対策で勉強を教えてもらった時よりも前から、ずっと抱えていた想い。

 だけど、それを今本人に伝えようとは思っていない。

 付き合うなんて論外だ。


 アタシは照れを隠しながら、じっと凪咲の顔を見る。

 この子は筑紫に恋愛感情を抱いているわけでもなく、きっと単純に勉強を習いたいだけなんだろうナ。

 だからこそ、アタシも正面から答えた。


「全然不快じゃない! ツクシーにとっても、きっとナギサは必要だから」

「!? ……あ、ありがとう」


 顔を赤くする凪咲に、それを見て心がきゅっと締め付けられるような気分になった。

 可愛すぎるでしょこの子。

 きっと恋愛とか、してこない人生だったんだろうナ。

 なんとなくそんな感じだ。


「じゃ、じゃあレイサさんにもお勉強を教えましょうか?」

「アハハ、物分かり悪いケド大丈夫?」

「任せてください!」


 あと多分、褒められたり認められたりするのに弱そう。

 両こぶしを握って意気込む仕草に、ぎゅいんぎゅいん心が持って行かれる。

 はァ、危なかった。

 アタシが男だったら即落ちていた。

 そりゃ男子人気が学校内で爆発的にもなるはずだ。


 ……ん?

 じゃあまずくない?


 アタシは目を見開いて凪咲を見た。


「な、何か?」

「……ナンデモナイヨ」


 この可愛さに筑紫が当てられたら、アタシの計画は終わりだ。

 うちのメイドにお願いして、アレコレ機会作りに必死になっていたのも意味がない。

 予鈴が鳴るのを聞きながら、絶望する。

 それからあと一つ。

 ミカには帰ったらお説教をしよう。

 暗躍メイドが外部の人間に正体割れとはナニゴト。


 雨草凪咲か……。

 色んな意味で要注意人物である。

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どこでもいいから大学に行きたいと漠然と思ってた中学時代 それにはいい高校でしょって、難関校を目指したら入学できたけど失敗 勉強が大変すぎる でも、下の高校には行きたくなかったし、勉強はイヤだったし… …
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