第69話 途中結果で一喜一憂する一同
「高木! お前、今回のテストで一位だったら医学部の推薦貰えるんだろ!?」
「あぁ、そうさ。数年に一度しかもらえる生徒すら現れない推薦枠だな」
「すっげー! やっぱお前レベルになると規模が違うな!」
中間考査後の一年三組で、高木李緒は自慢気にふんぞり返る。
その周りには同クラスの男子達が集まり、彼を称えるような構図が出来上がっていた。
以前から話題になっていた推薦の件でクラスも盛り上がっている。
なんでも、現在一位の枝野筑紫との勝負という事で、野次馬にとっては格好のネタになりつつあった。
というわけで、今日も高木の周りは賑やかだ。
高木本人は実に余裕そうな笑みを浮かべ、緊張感なく語る。
それもそのはず、今返却された地理の結果は96点で、勿論学年でも一位の成績だった。
他には英語表現と数学Aの結果が返却されており、それぞれ97点と98点。
今のところ、三教科の平均は97点という驚異の成績を叩き出していた。
高木はそんな現状に満足げに笑う。
ここまでの好成績を収めれば、流石の枝野筑紫も相手ではないだろう。
そんな風に考えて、久々に勝者の余韻に浸っていた。
ここ最近で味わわせられ続けた屈辱に、晴れておさらばできるわけだ。
しかも筑紫が一番覚悟を持って臨んでくる"医学部推薦枠"という条件を賭けた勝負での、まぐれではない大勝。
有頂天にならない方がおかしい。
と、そんな時だった。
「でもま、これで枝野が一位だったら高木も終わりだな」
突如放たれた男子の言葉に、高木はピクリと反応した。
「確かにー。二連続で一位逃したら今後は他の推薦の話も来なさそうだよな」
「この前の模試も負けてたら三連敗になるくね?」
「いやいや、流石に今回は勝ってるっしょ。てか、あそこまで煽ってて負けたら普通にダサすぎだろ」
「はははっ! この前の英語の小テストの時ヤバかったよな。廊下で枝野とバチバチに言い合いしてたの面白かったわ」
「高木も結構性格悪いなーって思ったわ」
周りで話される雑談に、高木は若干焦った。
野次馬にとっては軽い冗談のつもりかもしれないが、高木は目を細める。
自分でもこの前は感情的になり過ぎた自覚があったのだ。
いくら筑紫を焚き付けるのが目的だとしても、周りに人がいる中であそこまで煽るべきではなかった。
思ったよりもその件を覚えている人間が多くて、高木は冷や汗をかく。
仮に負けたら、僕は小テスト如きで枝野を馬鹿にして煽って、その後の定期考査では情けなく負けた噛ませ犬以下のゴミ……か。
しかし高木はすぐに首を振る。
負けるわけがないからそんな心配は無用だ。
今回のテストに対して、高木は全力で対策をした。
自習は勿論、テスト直前に先生を捕まえ、マンツーマン指導を表向きに誘導尋問でテスト問題をいくつも事前に抑えていたのである。
そのおかげでテストでは何問も知っている問題が出題されていた。
今回の高得点は、そうした勉強外でのアプローチもあった。
公平とは思えない手段だったが、高木は背に腹を変えても今回のテストで筑紫に勝つ必要があった。
最近の自信の喪失に、果子と付き合い始めてから狂い始めた人生、そしてその結果を受けて家でも親に嫌味を言われるようになっていた始末。
高木は本心で筑紫の学力を認めているからこそ、自分もそこまで対策しないと負ける可能性があると覚悟していたわけだ。
「今のところ、僕の平均点は97点だ。これで負けるだと? 笑わせるな」
「じゃあ負けた時は、枝野にちゃんと謝れよ?」
「ははっ。その時は退学でも何でもしてやる」
ここで負けたら恥どころでは済まない。
まともな学校生活を送れない程、馬鹿にされるだろう。
プライドの高い高木にとって、それは何より耐え難い事である。
そして、高木は心の中で筑紫を呪う。
……僕が、アイツに謝るだと?
ふざけるのもいい加減にしろ。
アイツのせいで、僕の人生の歯車は全て狂わされたというのに……。
◇
「ということがあったんです」
「相変わらずだなアイツ。それに自信も凄い。……が、しかし」
「シカシ?」
「平均97点!? それは本当なのか凪咲ちゃん!?」
いつも通りの放課後。
クラスでの話をしてくれた凪咲に、俺は目ん玉を飛び出させながら驚いた。
衝撃のあまり、久々に慣れない呼び方をしてしまったくらいだ。
そのせいで凪咲もレイサもドン引きして半身を引く。
「は、はい。確か地理が96点の学年一位、英語表現は97点で、数学Aは98点だと」
「Oh……あぁ、マジか」
事実だと知って膝から崩れ落ちる俺。
ずっと秘かに抱いていた不安が、一気に現実味を帯びてきて涙腺が緩む。
さっきから泣きそうになってばかりで情けない。
でも、現実的に考えてあまりにも俺が勝てる確率が薄くなってきたし、流石にこれで元気で居ろと言う方が難しいと思う。
仮にこれがフィクションなら王道勝ちパターンだ。
初めは劣勢で手に汗握る展開が描かれ、その後見事に逆転して安堵&勝利のVサイン。
極めてテンプレなドラマシナリオである。
だがこれはフィクションではなく現実だ。
現実に番狂わせの大勝はそう多くない。
まぁわかっていた事だ。
高木は秀才。
精神面の幼稚さを克服するのと変な舐めプさえしなければ、間違いなく校内トップの頭を持っているはずの人間だ。
そんな奴が俺を潰すために全力を使ってきたら、どうなるかなんて火を見るより明らかだった。
喧嘩を買って怒らせたのが間違いだったか?
悔しいが、前に果子に言われた通り俺は要領が悪い。
努力で着実に積み上げて勝利をもぎ取るタイプ。
だからこそ、短期決戦型の定期考査でぶつかるには、やはり実力不足なのだろうか。
負けが現実的になり、一気に昔みたいな負け犬思考に逆戻りだ。
そんな俺を見て、レイサはニヤニヤ笑っていた。
「……何故笑うんだい?」
「青い顔してて面白いカラ」
「ひ、人がこんなに真剣に悩んでるのに酷い……!」
「イヒヒ。でもサ、そんなに悩まなくても勝てるよ絶対」
「? 何を根拠に」
「だって聞いた感じだと、まだ100点取ってるのはツクシだけじゃん。そっちの方がアタシは凄いと思うンだケド?」
「そうですよね。私もそう思います」
凪咲にも肯定され、目が点になった。
「いやでも、三教科合計でも既に15点負けてるんだぞ?」
「相変わらず暗算が速いネ。でも別にそのくらいならすぐに埋まるくナイ? 第一あの人は得意教科しか返ってきてないンでしょ? 国語とかで勝手に自滅するッテ」
「……まぁ、いつもならあり得るか」
「ソーソー。だから悲しそうな顔はまだしないでおこうネ? ってワケで今はアタシのテストのやり直しに付き合ってヨー」
「お、おう」
本命はそれだったらしい。
しおしおになって机に解答用紙を出すレイサ。
俺はそれを見つつ、ため息を吐いた。
今レイサがポジティブなのは、八割方これの影響だと思う。
机に並べられた成績は、古典公民数学Aの順に78点、58点、74点なのだ。
一応言っておくが、どれも平均点は50点もなかったはずである。
要するに、かなりの高得点。
もうこれまでの懸念がただの確信に変わり始める俺と、隣の凪咲も引きつった顔でその点数を眺めていた。
「アタシ、今回のテストはカンタンだと思ってたノ。でも蓋を開けてみたら数学で74点だったカラ、結構萎えたンだよネ」
「俺の教え方も今回は少し雑だったかもしれない。ごめんレイサ」
「イヤイヤ、アタシは自分が情けないんだワ。満点連取の天才に二カ月以上も教わってるのにサ」
変なところで妙なプライドを持っているらしい。
しかし、俺が苦笑していると凪咲がゴソゴソ荷物を漁り始めた。
そして一枚の解答用紙を出してくる。
それは、同じく数学Aのテストだった。
「……エッと」
「普通に、今回のテストが難しかっただけです」
「そ、ソーだよネ」
凪咲は珍しくイライラしていた。
というのも、そのテストの点数は71点で、レイサのよりも低かったからだ。
まさかの事態に俺も焦る。
これは……恐らく本当に俺のミスだ。
自分の勉強と一緒で、他教科の対策に二人も巻き込んでしまった。
「ま、マジでごめん。俺が英語の勉強ばっかり誘ったせいで」
「筑紫君のせいではないです。私も、頑張りましたから。ただレイサさんが凄いというだけです」
「イヤその……ウン、アタシも超頑張ったよ。だからこそ、もうちょっと高得点取れるッテ思ってたというか……」
「なんだか気まずくさせてしまってすみません。古典も、かなり頑張りましたね。教えた人間として鼻が高いです」
「え、エヘヘ。ナギサの教え方がイイから」
「ふふ、そう言ってもらえると助かります」
褒められると凪咲はいつもの雰囲気に戻る。
一瞬ヒヤッとしたが、まぁどうしようもない。
成績が僅差になれば、どうしてもこういう雰囲気にもなってしまうのが辛いところだ。
レイサはこれまで常に負けてきたし、自分が勝っている可能性がある時の点数自慢が如何にシビアかを知らなかったはずだ。
現にレイサの表情は反省の色が強く、申し訳なさそうにしているのが分かる。
本人も凪咲に勝っているとは思ってもみなかったはずだからな。
とまぁそんな事を考えつつ、俺はレイサの点を見て一人で考え込んだ。
公民はやる気が無さそうだったからさて置き、対策した国数ではついに完璧に上位の点数帯か。
もう疑惑でも何でもなく、恐らくレイサは本当に頭が良いんだろうと確信する。
流石にこんな短期間にここまで上がって来るとは思わなかった。
しかもレイサは古典も数学も苦手にしているし、下手したら他教科次第ではあるが全体で八割とかもあり得るかもしれない。
そうなれば、ついに学年トップ10が見えてくる可能性もある。
今回は特に、そういう難易度だった。
考えれば考えるほど、あまりにも末恐ろしい。
俺が恐れなければいけない相手に、高木と凪咲とさらにレイサも入ってきそうな勢いだ。
このまま伸びたら、喰われかねない。
「黙ってどうしたんですか? そんなに責任を感じないでください」
「え、あぁ。ごめん」
ぼーっとしていると凪咲に言われ、現実に戻ってくる。
若干勘違いされているが、謝った。
凪咲とレイサの数学の点数に責任を感じているのは事実だからな。
しかし、すぐに凪咲の嬉しそうな笑みを見て首を傾げる。
何故か笑い始めた凪咲にレイサも困惑した様子だ。
そんな中で凪咲は再びバッグを漁り、もう一枚の解答用紙を見せてきた。
そちらは、英語表現のテストだった。
「ふふ、見てください。あなたのおかげですよ、筑紫君」
「……ついに、克服したのか」
「はい!」
凪咲と話し始めたのは、彼女が英語の成績を不安視し、俺に勉強を聞きに来たから。
そんなわけで、かなり苦手意識が強かったはずの英語で。
凪咲はまさかの高木と同率で、97点をマークしていた。
「私も、まだ負けてませんから」
高木への言葉か、あるいは。
熱い凪咲の視線に、俺はつい笑ってしまった。
「まだ3教科だからな」
「はい、ここからです……!」
やはり侮れない相手だ。
俺の懸念通り、凪咲には塩も送ってしまっていたらしい。
そんなピンチなのに何故か笑みが溢れる。
こんなに嬉しいし楽しいのは何故だろうか。
残りはまだ7科目と先は長い。
まだまだ、中間考査は終わっていない——。
「定期的に二人の世界に入るのやめてネ?」
見つめ合う俺達にレイサがぼそりと愚痴をこぼした。