第68話 歪んだ秀才のお家事情
テスト明けの週のことだ。
無事に全てのテストを受け終えたわけだが、緊張感はなくならず、むしろ新たな試練の日々が始まる。
テストが終わった後は、それぞれの教科の授業の際に結果返却が行われるため、気が気ではない。
しかも返ってくるテストの数は10個もある。
これで落ち着けと言う方が無理な話だ。
順位を含む全体結果が返ってくるまでは、試験期間と言っても過言ではないだろう。
そして、実はテストそのものよりもこの返却期間の方がしんどかったりする。
仮に悪い点数が返って来ようものなら絶望し、微妙な点数だと寿命が縮む。
もし良い点だったとしても、それはそれで気を揉むから落ち着くことはない。
今回は特に不安過ぎすぎて、リアルに白髪が増えてきたような気がした。
「ん……ほぁ。……へ?」
そんなこんなで迎える数学の授業にて。
キモい声を漏らしながら返却された解答用紙を見ると、見慣れた綺麗な数字が踊っていた。
要するに、100点である。
「マジ?」
まさかの点に自分でも驚くが無理もないだろう。
なにせ今返ってきたのは、俺が一番不安視していた初日の数学Aのテストであり、正直満点を取れているとは夢にも思っていなかったからだ。
教壇を見ると、先生がニヤリとグーサインを見せてきた。
ちょうどこの授業の担当が担任の先生で事情を知っているため、俺に安心しろと言わんばかりの笑顔を見せてくれる。
俺はそれに愛想笑いを返しながら、今一度解答用紙に目を落とした。
なんだか、拍子抜けである。
周りが騒いでいる中、俺は解説を待たずして模範解答と自分の回答の擦り合わせを行った。
ないとは思うが、万が一がある。
担任が余計な計らいで、俺の点数を八百長的に上げてくれているかもしれない。
そんな不正は不本意なため確認したのだが、なんだかんだ、ほぼ模範解答通りに解けていたらしい。
実力で取った満点だと納得し、ようやく落ち着いた。
やはり、日々の積み重ねは裏切らない。
今回は数学の試験対策なんかほぼできなかったのに、結局毎日コツコツ積み重ねた予習復習の効果で満点が取れたのだ。
これほど嬉しいことはないだろう。
日々の努力が全肯定された気分である。
◇
授業が終わった後、俺は担任に呼ばれた。
そのまま二人で人気の少ない非常階段の近くまで歩き、話を始める。
「……ここだけの話だが、少なくとも数学Aでは高木に勝ってるぞ」
「あはは、そんな情報までありがとうございます。少し安心しました」
「という割には表情が優れないようだが。他の教科はどうなんだ?」
「……それが」
先生に聞かれ、俺は頬を掻きながら苦笑した。
現在結果が返ってきた教科は今の数学Aを含めて三教科。
しかもその二教科は古典と公民という、理系の俺にとっては天敵のような科目だった。
というわけで。
「じ、実は古典が87点、公民も89点で、どっちも9割すら取れてなくて……おっ、おぇ」
「だ、だだだ大丈夫か枝野!?」
言いながら、俺はほぼ泣いていた。
吐きそうになりながら言う俺に、先生も慌てて背中をさすってくれる。
あぁ、情けない。
実際、俺だってわかっている。
返却順が偶々苦手科目からだったというだけで、ここで絶望するには早いのだ。
そもそもさっきの数学の点も合わせて平均を取ると、92点になる。
この前一位を取った時の点数とほぼ同じなのだ。
悲観するような状況ではない。
……のだが。
いや、そんなポジティブに生きられたら苦労はしねーよ!という話である。
「今回、高木に勝つなら全体の平均でも93……いや、94~95点は必要だと思ってテストを受けてたんです。だから、90点以下を二連続見たときに心がずたずたになっちゃってて……」
「お、おう。……でも枝野、流石にそこまでの高得点はなくても大丈夫だと思うぞ? 今回、教員達の方針で難易度をかなり高く設定して問題を作ってるからな」
「それは、俺も解いてて感じました。だけど、確実に勝ちを確信するなら……」
言いながら思う。
高木は強敵だ。
アイツに文句なしで勝つなら、本当に全教科満点とかのレベルじゃないと、安心できないだろう。
そう考えれば考えるほど、俺は悔しくて仕方がない。
特に古典なんて、正直9割を余裕で超えている自信があった。
そういう目測の甘さも踏まえて、自分に対して怒りが絶えない。
「今回は二学期の中だるみで、多くの生徒からやる気を感じられなかったからな。一度低い点数を取らせて叱咤し、もう一度冬にかけて追い込ませようという学校の意向だな」
聞いていない裏事情に、俺は再び苦笑いを浮かべる。
まぁ教員も色々事情があるらしい。
と、そこで俺は一つ気になっていたことを聞いた。
「というか、仮に高木が俺に勝ったとして、あんな素行の悪い奴に推薦って大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ……その話は、少々複雑でな。勿論アイツのお前に対する絡みなどは、校内の噂等で色々聞いてるぞ」
「じゃあどうして」
「……高木は家が医療関係なんだよ。両親はもちろん、祖父までな」
「……へぇ」
初めて聞く話だったが、すぐに納得した。
道理で俺の『医者になりたい』という点にフォーカスして突っかかってきたわけだ。
医者というワードが粘着スイッチだったらしい。
「家からも医療の道に進むことを望まれているようだし、他にも人脈的なしがらみもあってだな。あまり俺達教員も強く言えないというか、なんと言うか」
「だから何なんですか。何故それで俺が見殺しにされなくちゃいけないんですかね」
この担任に言ったところで意味がないのはわかっている。
だがしかし、理不尽すぎて愚痴りたくなった。
アイツのお家の事情など、知ったことではない。
アイツだって、俺の家の事情なんか汲んでくれないくせに。
俺がどんな環境で生きてきて、どういう理由で今の生活をしているかを果子から聞いているのに、それであんな態度を取ってくる奴だ。
俺だけが配慮してやる必要もないはずだ。
それに、親が医者で金があるって言うなら、テキトーな私大の医学部にでも行けばいいのに。
アイツに限って成績の心配はないだろうが、仮に多少キツくても金と人脈があるならお情け枠がもらえるだろう。
それをわざわざ貴重な奨学金枠に被せてこようとする時点で、アイツの頭には俺への嫌がらせしか考えていないわけだ。
同情の余地などない。
しかし、アイツが医者の息子だとは知らなかった。
なんで一度も言わなかったのだろうか。
ここまで関係が拗れる前なら、色々聞きたいこともあったのに。
「とは言え、今高木はクラスで推薦の話を吹聴しているらしくてな。それが結構問題視されているんだ。もしお前が今回勝てたら、それなりの対応はするだろう」
「別に成績の勝敗なんて関係なく、普通に注意すればいいと思うんですけど」
「……俺もそう思って言ったんだが、上がな。力不足ですまない枝野」
「……まぁいいです。勝てばいいだけなんですから、時間の問題ですよ」
最近の俺は、どうしてかカッコつけた言葉を口にしてしまう。
自信なんてないくせに、まるで自分の勝ちを疑っていないかのような傲慢な発言。
知らないうちにポジティブ人間になってしまった。
レイサと凪咲に褒められ続けたからだろうか。
「枝野……なんかお前、最近カッコいいな」
乙女のような顔になる先生に鳥肌を立てつつ、俺はその場を後にした。
どのみち、結果はすぐに出る。
泣いても笑っても仕方がないのだ。
それならば返ってきたテストの見直しでもした方がいい。
俺が戦う相手は、同じ志望校の受験生なんだから。
「しかし、問題は英語だな」
あれだけ対策した今回の大本命の英語だが、返却はまだされていない。
一人でぶつぶつ言いながら、俺は教室に戻った。