第62話 天才肌の帰国子女に望みを賭けて
来週に迫った中間考査。
今回のテストでカギとなる教科は、どう考えても英語である。
模試ではないため、今回は普段の授業通りに英語は表現とコミュニケーションの二教科分試験がある。
自分でも随分傲慢な考えなのはわかっているが、だ。
数学で満点を取るのを前提に考えると、今回絶対に勝たなくてはいけない高木相手に、現状負け得る可能性を孕む要素は英語になる。
そして、どうしてもこのままのやり方で俺が英語で満点を取るのは難しい。
これは弱気になっているというより、現実的な思考からだ。
難関大学の二次試験並みの問題が出されると予想される中、他に社会科目や理科科目を含めて全10教科分を一週間で抑えつつ、ただでさえ部分点判断の多い英語の読解で、ミス無しというのは難易度が高過ぎる。
勿論満点は狙うが、今回の俺の課題は”読解でどれだけミスを減らすか”という解釈の精密性だ。
そしてこの際、気がかりなのはコミュニケーション英語のテストの方だ。
……一応言っておくが、これは俺がコミュ障だからではない。
何を隠そう、この前の小テストで高木に大敗を喫したのは、このコミュニケーション英語の範囲である。
要するに、日常会話で使うようなイディオムや、口語表現などに弱いのだ。
そこそこ難易度の高い教材に加えて、先生が作った問題集等をさらに応用した問題が出題されるため、ここが鬼門である。
逆に言うと英語表現の科目の方は、満点を取れる自信がある。
どちらかと言うと暗記寄りなので、俺の得意分野だ。
覚えた公式の型になぞらえて思考を組む方が得意だからな。
しかしまぁ、満点は難しいなどと考えはしたが、そうもいかないのが辛いところだ。
高木に喧嘩を吹っ掛けられた際、俺は『満点を取って文句なしで一位になる』と言ってしまっているからな。
口を突いて出た言葉だが、言ったからにはやるしかない。
凪咲の名誉のためにも、アイツには完全勝利したいのだ。
今回は推薦の枠を賭けた戦いの前に、幼稚なプライドバトルがある。
と、そんな切羽詰まった状況で。
この状況を打開するために、俺はある女子に望みを賭けた。
それが、今目の前で目を回しながら頭を抱える帰国子女である。
「なんでその訳になるノ? って言われても、ソーなるからソーとしか言えないんですケドッ!?」
「お、恐ろしい感覚派……」
「人の事をバケモノみたいに言わナイで!?」
前に言った通り、俺と凪咲が苦手にしているコミュニケーション英語のイディオムや口語表現について、今回はレイサに習うという事になっている。
だがしかし、進捗は芳しくない。
発狂するレイサに、困ったように眉を寄せる凪咲。
完全に俺の提案が裏目に出ている。
10月23日金曜日放課後。
レイサによる英語講座を空き教室で行っていたのだが、そう上手くはいかなかった。
どうしたものか。
一応、学ぶことはできてはいるのだが、肝心の理解が全く進まない。
感覚派かつ日常的に英語を覚えてきたレイサにとって、何故そんな表現になるのかと理由を聞いたところで、答えられなかったのだ。
俺はまだ暗記として割り切って飲み込めるが、凪咲はそうはいかない。
物事をきちんと咀嚼して順序立てて整理することを好む凪咲にとって、このレイサの一方的な知識の投げかけはストレスらしい。
「……ご、ゴメン」
「謝らないでください。私だって国語の教え方が下手で、レイサさんに満足できる点数を取らせてあげられませんでしたし」
「いつまで根に持ってんノ!?」
「冗談です。とにかく、怒ってませんし、感謝してますから」
「ンェェ……。ハァ、アタシは自分が不甲斐なくて申し訳ないンだよ」
落ち込むレイサと、宥める凪咲。
しかし凪咲の顔色は納得はしてなさそうで、それがレイサの罪悪感を煽る。
誰も悪くないのだが、気まずい状況になってしまった。
「アタシが頭良かったら、モー少し上手く説明できるンだケドナァ」
「いや、十分説明できてるから気にしないでいいよ。それに、説明できないのは天才型の特性だから、どっちかと言うと俺達がレイサのレベルに付いていけてないだけという見方もある」
「めっちゃ擁護してくれるじゃん。そこまで気を遣わなくてもイイのに」
「いやいや、事実だから。気を遣ったわけじゃないから」
俺の持論だが、教え方が上手い奴は相手の立場になって考えられるタイプだ。
要するに、躓いている人を見て『何故どこにどういう理由で躓いていて、それを解決するにはどうすればいいか』を当事者目線で考えられる人間。
そして、それが可能なのは同じく自分も躓いてきた人間なのだ。
自分も苦労したからこそ、その気持ちを共有できるし、サポートしやすい。
意外と物を教えるのが上手い人とは、そういうものだと思っている。
それに対し、感覚型の天才は人と同じところで躓かない。
だから共感が難しい上に、自分が理屈を言語化して把握していないため、勿論説明もできない。
その点、レイサはよく言語化できている方だと思う。
これは前から言っているが、レイサがそもそも他人の事をよく観察して、共感する人間性がなせる業なのだろうと思う。
レイサが良い奴過ぎるが故に、天才肌ながらその感覚を極力伝わりやすく教えてくれているのだ。
と、一連の俺の見解を、全て口に出したのだが。
「……エ、ウン。なんか、アリガトネ」
「筑紫君……感心を超えてなんだか少し気持ち悪いです」
「えッ!?」
良い話だと思っていたのに、二人のウケは最悪だった。
ジトーっとした目線を向けてくる凪咲と、若干顔を赤くして目を逸らすレイサ。
どうやら俺はまた何かを間違えたらしい。
しかしまぁ、これが俺の本音だ。
「あまり気にしないでください。間違いなく使える表現は増えていますし、テスト対策としては限りなく有益なものになっていますから」
「優しいネ、ナギサもツクシも」
凪咲の言葉を受けて、レイサは笑う。
でもやはり、表情は浮かないままだ。
この日は、英語の勉強をやめた後も終始レイサは自分に納得できないような顔をしていた。