第60話 久々のカフェデート
話が終わり教室を出て少し行くと、見知った顔に会った。
「お昼ご飯は食べ損ねましたか?」
「……今何時?」
「昼休みはあと5分くらいですね」
「はは、じゃあ無理だな」
知らぬ間に話し込んでしまっていたようだ。
思った以上に時間が溶けていた。
肩を竦める俺に茶目っ気たっぷりに言うのは凪咲である。
どうやってここを見つけたのか知らないが、わざわざなお出迎えに少し驚いた。
そのまま二人で廊下を歩く。
「聞きましたよ。呼び出しに怯えてレイサさんに泣きついてたとか」
「泣きついてはないぞ」
「ビビってたのは認めるんですね」
「……こういうの慣れてないから仕方ないだろ?」
「ふふっ」
見事な誘導尋問だ。
決まり悪くて苦笑すると、楽しそうに凪咲ははにかむ。
なんだか手のひらの上って感じだ。
レイサと話している時はいつも予想外の展開に驚かされ、凪咲と話している時は常に思考を読まれている気がする。
一緒に居る時間が増えて、その精度は増すばかり。
と、そんなことを考えていると凪咲が歩みを止めた。
「今日はレイサさん、放課後に友達と遊ぶらしいです」
「そうか。……でももうテスト一週間前だぞ?」
「だから最後の決起会らしいですよ」
「なるほど」
元ぼっちにはわからない陽キャコミュニティだ。
まぁ別に、アイツの今の成績なら今日まで遊んでいても問題ないだろう。
今日が10月22日の水曜で、中間試験は丁度来週の水曜から三日間。
此間の小テストの件もあったため、俺は文化祭の準備期間から焦って勉強を進めていた。
それに二人も付き合ってくれていたため、既に試験の対策自体は始めている。
お祭り気分で遊び呆けていたわけではないから安心だ。
「というわけで今日は私と二人きりなわけですが……よかったらデートしませんか? 秘密の試験対策デートです」
「え?」
呑気に考えていたところ、予想の斜め上から提案された。
目をぱちくりさせる俺に、凪咲は笑った。
◇
「で、来るのがこの前のカフェか」
「ふふ、結局あれ以降来れず仕舞いでしたから」
放課後に二人で立ち寄ったのは、以前凪咲に誘ってもらった塾の講義を受けた日に一度行ったカフェだった。
新作のスイーツがあるからと行く予定を立てていたが、なんだかんだでその機会がないまま今日に至っている。
勉強もそうだが文化祭もあったため、フリーな時間が取り辛かったせいだ。
すっかり十月も下旬に差し掛かっており、日が落ちるのが早い。
気づけば外も暗くなってきている。
「あぁ……新作スイーツなくなってる。期間限定だったんだ」
「随分時間も空いちゃったからな」
「というか、筑紫君もいっぱい頼んでいいですよ。お昼ご飯食べてないんでしょう? 奢ります」
「え? いいよそんなの!」
突然の申し出に、ありがたいが首を振る俺。
恐れ多過ぎてすんなり頷ける方がおかしい。
そもそも女の子に奢ってもらうというのもなんだか恐縮である。
男としての威厳がなくなるだろう。
いや、そんなもん元からないが。
しかし断る俺に凪咲は引かない。
「知っているでしょう? レイサさん程じゃないですけど、うちだってある程度お金に余裕はあります。それに、今日付き合わせたのも私ですし」
「いや、それはそれだろ」
「何を言いますか。いつもの勉強会だって、基本的に筑紫君に教わってばかりです。私にだって恩返しさせてください」
「……そこまで言うなら」
そう言えば、以前お返しがなんとか話していたな。
俺としては国語を教わったり、仲良くしてくれているだけでも多くのモノをもらっているつもりなのだが、それでは気が済まないらしい。
厚意には甘えておこう。
正直カフェのフードって結構高いしな。
今日は弁当を作ってなかったし、腹が減っているのは事実だ。
テキトーに食べるものを注文した後、俺は参考書を並べる。
今日はレイサがいないから、割とハイレベルな勉強会になりそうだ。
それにしても、推薦の話はどうしたのものか。
俺はテーブルに肘をつき、考える。
今まで考えてもいなかった学校がいきなり選択肢に挙がって、少し困惑している。
心はずっと海凰大の特待生枠に向いていたため、勉強もそれを見据えて取り組んでいた。
それが無になるのも考えものだ。
実際、夏には一人でオープンキャンパスに行ったりもしたが、その時の現地の雰囲気も良くてモチベーションに繋がっていたからな。
「どうしたんですか? 浮かない顔して」
「あ、ごめん。勉強するか」
「ふふ、話してくださいよ。私にはお見通しですよ? ……推薦の話でも出たんですよね?」
「なんでそれを?」
一言も話してなかったのに当てられて驚いた。
そんな俺に凪咲は髪を耳にかけながら言う。
「今日、高木さんがクラスで嬉しそうに自慢してたんです。それで、彼に医学部推薦の話が来るなら筑紫君にも来ないわけがないと思って」
「アイツ、そんなに言い回ってるのか」
確定もしてない話をよく喋れるな、と呆れる。
余程今回の中間テストで俺に勝てると思っているのか、なんなのか。
それにしても、学校側も不思議だ。
普通に考えてあんな性格も素行も悪い奴に推薦とかありえないだろ。
前に特待生枠を奪うと宣戦布告してきた時も本人に言ったが、アイツの生活態度で選抜されると思っているなら驚愕である。
他人への暴言や挑発、それにアレもそうだな。
前の口ぶり的に果子とホテルに行っていたようだが、未成年ってそういう所への出入りが禁止されていたはずだ。
考えれば考えるだけすぐにボロが出てくる。
俺がチクらないとでも思っているのだろうか。
ただそこまで考えが回っていない馬鹿なだけな気もするが、それはそれで残念な奴だ。
ちなみに、そう言う俺もレイサにだけは休み時間に推薦の話をした。
彼女は自分の事のように喜んでくれた。
『マジ!? コレで夢にグッと近づいたネ! 名医のツクシ先生誕生確定じゃん』
随分気の早い言葉だったが、俺も嬉しかった。
アイツは口が堅いし、絶対に言いふらしもしない。
何故か俺もアイツには真っ先に伝えたかった。
「で、どういうお話なんですか?」
「私立の成凜ノ条大学に、学費ほぼ免除の超手厚い保障がついた推薦入試の枠がもらえるとかどうか。それが俺か高木のどっちになるか、微妙に確定してないってところだな」
「……なんだか、私には遠い話ですね。医学部の推薦なんて凄すぎて実感が湧かないです」
「俺もそうだったよ。実際、聞いた時も5分くらい理解できなかったし」
「ふふ。まぁでも、筑紫君ならそういう話も来るんでしょうね。実力考査も模試も、数学は全部満点でしたし」
べた褒めされて照れていると、頼んでいた料理が届いた。
今日は親も帰りが遅いため、夕食を兼ねた食事だ。
「で、今回の中間試験で一位ってのが、推薦枠獲得の第一の条件なんだよ」
「……」
「気まずいよな」
俺の言葉に、凪咲はペンの動きを止めた。
彼女だって一位を狙っているわけで、それで俺の境遇を知っているとやり辛いものがあるだろう。
俺としても、凪咲は強力な味方であると同時に、高木に並ぶ強敵でもある。
複雑な関係性に、二人でぎこちない笑みを交わした。
「私、今回も一位を目指します」
「あぁそうしてくれ。それでこそ遠慮なく倒せる」
相変わらず察してくれる能力が高過ぎて頭が上がらない。
欲しい言葉をくれて、俺もほっと胸を撫でおろした。
にしても、実は凪咲には話しにくい事が多いんだよな。
志望校を俺だけ変える可能性があるのもなんだか申し訳ないし、今言った一位を取るという条件も凪咲には受け入れがたい内容だろう。
どうしても、引け目を感じてしまう。
今食べているパスタも凪咲に奢ってもらうことになっているわけで、罪悪感が爆発しそうだ。
情けないし、申し訳ない。
俺も凪咲に、何かしてあげたい。
そしてその際、頭に浮かぶのはたった一つだ。
と、そんなことを考えている時だった。
「この前の、お化け屋敷でのこと、覚えてますか?」
話は予想外の方向に進んでいく。