第6話 わからせ計画始動
レイサの言葉で、俺と凪咲は食堂を出た。
そのまま廊下を行き、玄関で靴に履き替えてから裏庭に出る。
校舎等に挟まれた通称『告白の聖地』にやってくると、レイサはため息を吐いた。
「雨草サン。いいやナギサ。あんな場所で大事な話なんてできないでしょ?」
「確かに賑やかで、なんというか視線も物凄くて話し辛かったです」
「はァ~。もっと自分の影響力を考えないとナ?」
自慢気に言うレイサに、俺はジト目を向ける。
以前教室で堂々と声をかけた挙句、追いかけまわしてきた奴が何を言っているのだろうか。
まぁとは言え、レイサと凪咲じゃ影響力が違うのは事実だ。
人気の少なくなった校舎外だと、流石に視線も減って話しやすい。
「で、何の話だっけ」
「私が、枝野さんに英語を教えてもらえないかというお願いです」
「フーン」
レイサは凪咲をじっと見つめ、不服そうに顔を歪めた。
「英語ならアタシが教えるケド? さっき散々言ってくれたし、アタシが帰国子女であることを見せつけてあげるワ」
赤点の話をされて気に障ったのか、そんな事を言い出すレイサに、凪咲は困ったように俺を見てくる。
そしてそのままレイサに聞く。
「でも確か、英語も赤点じゃありませんでした?」
「じゅ、受験英語がネ! チョットだけ苦手なノ! でもそれだけだから! ナギサに教えられることもあると思うワ!」
「……去年までパリ住みでしょう? 英語圏じゃないじゃないですか」
「ウギッ! ふ、フーン。随分調べたンだ?」
「有名なので」
どんどんボロが出るレイサ。
しかし、こいつが他人にモノを教えたがるとは思わなんだ。
赤点常連で学年首位の奴に先生役を名乗り出るなんて、そのメンタルを流石と評価せざるを得ない。
必死そうな表情さえなければの話だが。
「で、でも英語で会話もできるし? 日常会話なら……ギリ」
「ぎりぎり通用しないレベルってとこか」
「チョット、ツクシー!?」
心外だと言わんばかりに叫ぶレイサ。
とまぁ、冗談を言っていても話が進まないため、一旦黙らせよう。
俺は凪咲に向き直り、口を開いた。
「試験まであと一週間ちょっとだ。どう教えればいい?」
「できれば放課後、少しでもお時間を頂ければ嬉しいです」
「それなら大丈夫だな。ただ、期待に応える自信はないぞ?」
俺の英語の成績は平均8割。
前は満点近く取っていたが、ここ最近は順調に下がっている。
だからこそ、知らない単語に対応できるように多くの洋画を見ようと、毎日数本はチェックを心がけていた。
そのおかげで少し、字幕なしでも理解できるようになってきたところである。
サブスク系の配信サービスは使い勝手がいい。
ゲーム等は買えなかったうちの唯一の娯楽だ。
「リーディングとリスニングはどっちが苦手だ?」
「両方苦手ですが、強いて言うならリスニングの方です」
「じゃあ俺が普段してる実戦的な練習方法を教えるよ。とりあえずそれは毎日家でやって欲しい。そしたら自然と——ってなんだよ」
「ナニ自然に教える流れになってンの? そんなの、1位を狙うツクシーにとって不利でしかないじゃん!」
言われて気づいた。
確かにそうだ。
俺は将来のためにも、極力良い順位を取っておきたい。
勿論最終的に競う相手は別だが、モチベーションの維持に関わるからな。
そう考えると、ただでさえ現在2位の秀才に、自分の手の内を曝け出して塩を送るのは、正直ナシだ。
だけど、頼られると助けたくなってしまう。
この性格のせいで幼馴染に散々搾取されたのに、俺という人間は学ばないらしい。
と、レイサは凪咲に人差し指を立てて見せた。
「何かナギサもお礼しないとだよ。アタシもその……お礼しちゃうって約束して教えてもらったし? えへ」
「ちょっと照れた感じ出すな! いかがわしいだろ!」
顔を赤くしてもじもじするレイサにキレる。
というかそもそも、こいつからなにもお返しなんかもらってないしな。
……いや別に要らないけどさ。
既に毎日話し相手になってくれて、たまにお菓子をくれて、そもそも勉強を教える行為も俺の知識の整理になっているわけで、多くのモノをもらっていると言っても過言ではないからな。
だがそれはそれだ。
勘違いされそうなことを言うんじゃない。
「そ、そうですよね。私もそこは考えてきました。だから——よかったら、お礼に国語を教えさせてもらえないでしょうか?」
「え?」
「現代文も古文も漢文も、基本的にいつも学年1位なんです。だから、力になれるんじゃないかと思って」
「それだ!」
名案だと思った。
それなら何の問題もない。
俺は苦手な国語を学べてラッキーで、彼女は苦手な英語を学べて総合1位に近づく。
互いにwin-winな、最高のプランだ。
むしろ俺の方が得してる感もある。
今の俺は所詮学年の中でも中の上と言ったところだからな。
凪咲は少し驚いたように目をパチクリさせた後、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
一瞬、見惚れてしまう程に可憐な仕草だった。
「では、決まりですね。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
こうして、俺と凪咲の打倒高木対策が始まるのであった。
「……で、アタシはその間ナニすんノ?」