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第55話 今更気付いてももう遅い幼馴染

「ちょ、ちょっと待って」


 何故かテンパった様に果子は俺達に言ってきた。

 待つも何も、特に中身のある会話をしていたわけでもないのでこちらは困惑だ。

 しかも多分、俺より山吉の方が困っていると思う。


 果子はそのままこめかみを抑えながら俺に聞いてきた。


「どういうことっ? この前ぶりって、高校に入ってからも会ってたってこと?」

「え? そうだけど」


 わざわざ何の確認なんだと呆気にとられた。

 顔色を変えて言ってきたかと思えば意味不明な確認作業。

 この前ぶりだって言ってんだからこの前会ったのは当然だろ。

 首を傾げると、果子は何故か首を振りながら後ずさる。

 俺は今、おかしなことを言ったのだろうか。


 というわけで、もう少し詳細に説明してやることにした。

 だがしかし、ここで俺は山吉が強張った表情を浮かべていたことに気付かなかった。


「先月、凪咲に誘われて二人で塾の特別講義を受けたんだよ。その時に偶々山吉もその場にいて、久々に再会したって話だ。偶然同じ教室で姿を見た時は驚いたな。そうだよな?」


 聞くと、彼女はコクコクとぎこちなく頷く。


「う、うん。それだけだよ。別に、それ以上の事は何もないから」


 確かにその通り、特に何か特別な会話をしたわけでもないが、えらく塩対応な言葉に俺が少しダメージを受けてしまった。

 中三の時も急に素っ気無くされ始めたし、やはり嫌われているのだろうか。

 今日も見つけたから話しかけたが、馴れ馴れしかったかもしれない。

 女子からの好感度ほど読めないものはないと思う。


 そんな風に若干傷ついていると、果子は意味不明な事を口にした。


「……あんた達、やっぱり中学の時に実は付き合ってたの?」

「は?」


 今の会話から全く予期できない言葉に思わず声が漏れてしまった。

 だがしかし、本当に理解できなかったから仕方がない。

 

「中三の時もずっと仲良かったじゃん。それで高校に入ってからも顔を合わせててずっと裏で繋がってたってこと? ウチには内緒で」

「この前のは偶然だって言ってんだろ。それに何を言ってるんだお前は」


 そもそも中学時代の俺と山吉は、終始友達関係だったわけでもない。

 ある日を境に急に冷たく避けられるようになったし、その事実は果子も知っているはずだ。

 現に何回もその話題を愉し気に持ち出されてきたし。


 それに、だ。

 俺が山吉に中三の時に話しかけていたのには理由がある。


「中三の前半、山吉と喋っていたことを言ってるなら誤解だ」

「どういう意味っ?」


 地獄のような雰囲気に、隣の山吉は物凄く鬱陶しそうだった。

 喧嘩に巻き込んで申し訳ないと思いつつ、俺は溜息を吐いてから説明する。


「あれは普通にお前に勉強を教えるんだから、そのお前と同じクラスの山吉に授業の進行度とかを聞いていただけだ。仲良いも何も、お前が頼んできたことに真面目に向き合ってやってただけだぞ俺は」

「そうだね。毎日全教科の授業ノートを要求されて、正直キモかったし面倒くさかったよ」

「ま、マジ? それはごめん……俺も薄々は気づいてたんだ。その節は申し訳なかった……」


 口を挟んできた山吉に心を抉られた。

 なるほど、そういう理由で嫌われたのか。

 やはり俺のせいだった。

 今になって思えばめちゃくちゃ鬱陶しかっただろう事は想像に容易い。

 本当に心の底から謝罪したいと思う。

 だがしかし、許されるなら言い訳もさせて欲しい。


「で、でもあの時は俺も必死でさ。果子がどうしても俺と同じ高校受けたいって言うから、俺も死に物狂いで教えてて、正直どうしようもないくらい焦ってたっていうか。山吉も最初の方は協力的だったように思えたから……」

「わかってるよ。だから別にそれは許してるし、正直枝野君には特に何も怒ってないから安心して。イラっとしてる点は、幼馴染とのコミュニケーションすらロクに取れない君の人間力に対してかな」

「なんか凄いこと言われてない?」


 怒っているのか怒っていないのかよくわからないが、とりあえず弁明は理解してもらえてよかった。

 当時は本当に俺も大変だったのだ。

 自分の入試自体は特に心配すらしていなかったが、倍率も高いこの高校を受けようとする成績並みの幼馴染を助けるのは至難の業だった。

 山吉との事も含めて、準備もかなり必要だったのである。

 まぁ昔は本人もそれなりに真面目に勉強してくれていたから、俺としても教えやすくはあったのだが、それはそれだろう。

 

 しかし、少し曲がった考え方をすれば俺は自分の首を絞めただけだな。

 将来の夢を妨害してくる敵みたいな奴を隣に置くハメになっていたんだから。

 

 と、山吉との会話で果子に説明していたのを忘れていた。

 前を見ると、果子は魂が抜けたような顔をしている。

 そんな彼女に山吉が言った。


「だから勘違いだって、何回も言ったでしょ」

「じゃあ何? ウチはずっと……」

「果子?」

「っ!」


 様子がおかしいので声をかけたのだが、そのせいでどこかへ走って行ってしまった。

 一目散に駆けていく後ろ姿に呆然とする。

 本当に何なんだアイツは。

 最初から最後までわけが分からない。

 もっとも、これでようやく離れられたのはよかった……のだろうか?

 もやもやして正直あんまりすっきりしない。


「追いかけなくていいの?」


 山吉に聞かれ、俺は苦笑する。


「いいよ。アイツ、俺の事が心底嫌いらしいから。高校に入ってから散々嫌がらせされてきたし、アイツも俺の顔なんか今日はもう見たくないだろ」

「……じゃあ私が行ってくるよ。事情は何となく察したし」

「え?」


 妙に嚙み合わない会話に困惑した。

 事情とは一体何の話だろうか。

 さっきから果子の話も態度も、そして山吉と果子のやり取りも、全部何か引っかかって仕方ない。

 すぐに走って行ってしまうため、呼び止めて聞くわけにもいかず、そのまま取り残される俺。


「はぁ」


 毎回こうだ。

 果子と絡むと精神を抉られて疲弊させられてばかりである。

 以前の俺なら馬鹿みたいに追いかけて話をしただろうが、どうせ八つ当たりされるだけなのがわかっているから行く気になれない。


 そもそも今はもうアイツとはほぼ絶縁状態。

 今度返ってくる模試の結果によって、アイツが俺に話しかけてこれなくなるのも確定したところだ。

 願ったり叶ったりで、ようやく真の意味で幼馴染を気にせずに自分の勉強に集中できるようになる。

 待ち遠しくて仕方がないくらいだ。


 それなのに、どうしてだろうな。

 ……やっぱり後味が悪い。

 どうやら追いかけても追いかけなくても精神摩耗を引き起こすらしい。

 それならば、後悔しない方を選択したほうがいい。

 さっきのアイツの顔を見ていたら若干胸が締め付けられるような思いだったし、仕方ないから言い分を聞こうと思った。


 結局、俺はアイツには振り回される運命らしい。

 

「こういうところだぞ、学べよ」


 独り言を言いながら、俺はその場を後にした。

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