第52話 幼馴染との過去に引き寄せられて
文化祭一日目をつつがなく終え、二日目に入る。
今日はレイサも凪咲も午前にシフトが入っているため、しばらく一人の時間ができた。
裏方の俺は手が足りている事もあって一日フリー。
なんだか働いている人達には罪悪感があるが、せっかくの時間だから楽しもうと思う。
ちなみに、クラスの方はかなり息巻いていた。
レイサと凪咲が同時間に接客しているため、いわば客呼び戦争と化すわけだ。
どちらの看板美少女が人を呼べるかと、各々クラスは躍起になっている。
今日は土曜で他校の生徒も増えており、より熾烈な争いが繰り広げられることが予想できる。
友達の俺としては心配が勝るが、忙殺されないように祈っておこう。
さて、というわけで久々にぼっち徘徊と洒落込む俺。
昨日校舎棟の方は見て回ったため、今日は昨日行かなかった裏庭の方の屋台やステージを覗いてみることにした。
休日なため、昨日とは比べ物にならない量の人で賑わっており、若干気迫に押される。
人込みはどちらかと言うと苦手なため、一人では心細い。
こういう時、レイサは頼りになるんだよな。
我が道をズンズン進んでいく彼女といると、難なく歩けるのが不思議だ。
その美貌もあって、周りの生徒が見惚れて道を開けてくれるせいもあるかもしれない。
だがしかし、こうして一人でも文化祭を楽しもうと思えているのは、間違いなくあの二人のおかげだ。
実際雰囲気だけでも楽しいし、ソロで歩いていると友達連れの時とは異なる冒険しているような気分になれる。
裏庭にも沢山の屋台があり、こちらは表通りと異なってクラス運営ではなく、部活動で回している店がほとんどだった。
野球部のお好み焼き屋やサッカー部のフライドポテト、女子バスケ部のりんご飴など、ここもお祭りラインナップである。
そんな中、ふと視界に入ってきた大きな綿菓子に、少し昔の事を思い出した。
あれはそう、俺がまだ小学生だった五年以上前の事である。
小学校高学年の時も既に勉強に勤しんでいた俺だが、夏休みはより本腰を入れて取り組んでいた。
学校の宿題なんか最初の一週間程度で済ませてしまい、ひたすらに教科書を眺める生活。
夏休みは特別に親が参考書を買ってくれていたから、それを必死に解いたりもしていた。
と、そんな俺のところに定期的に訪ねてきたのが幼馴染の果子だった。
『はー? 夏休みも勉強? あそぼーよっ?』
『見て見て、新しいワンピース買ったんだけどどう? キャハハ、似合うでしょ?』
『うわ、もう宿題終わらせたの? 早過ぎて逆にキモっ。ウチのもついでにやってくれない?』
当時から邪魔ばっかりしてきていた幼馴染だ。
今と大して変わらないが、本質的に違ったのは、まだ俺に対して好意的だったことだろうか。
というわけで、一度あいつの誘いを断り切れなかったことがある。
それは夏祭りの誘いだった。
とある猛暑の日、昼頃に押しかけてきては、着付けてもらったらしい浴衣姿でもじもじしていた。
『うぅ……お願いだよぉ。今日くらいいいじゃん……』
『わ、わかったから。ごめんって。泣くなよ』
『は? 泣いてないし。うざ、きも』
『……』
涙目で懇願されては流石の俺も断れなかった。
気分屋な幼馴染に振り回され、その日は夕方から二人で祭りを回った。
近所の商店街で開かれる毎年恒例の夏祭り。
花火が上がる中、ガキの俺達はそんなものガン無視で、好き放題屋台を物色しながら駆け回った。
なんだかんだ家から出てみると楽しくて、勉強の息抜きになったのを覚えている。
そして特に、二人で買った綿菓子は妙に記憶に残っていた。
お小遣いが足りなくなった果子に呆れながら、俺のなけなしの小銭で一つを買い、それを二人で一緒に食べたのだ。
小言のように釣銭の計算をぶつぶつ教えたが、今思えば至近距離で綿菓子に口をつける幼馴染への照れ隠しだったのかもしれない。
当時はなんだかその時間がとても貴重に感じて、しばらく忘れられなかった。
もっとも、今の俺にとってはもはや黒歴史である。
あの幼馴染と関わった全ての過去が負の遺産に書き換わりつつある感じだ。
元から俺に対して行き過ぎた揶揄いは多かったが、何がどうなったらあそこまでの悪意を抱くようになるんだろうか。
きっと俺側にも問題はあるんだろうが、正直勉強に夢中になっているのは見たらわかるだろうし、無視してくれればよかったのにと思う。
前も本人に言ったが、別に離れることを俺は止めやしないのに。
関係のない事に思考が向かい始めたので首を振る。
丁度今目の前の屋台を見て、少し思い出しただけだ。
小腹が空いていたのもあり、なんだか懐かしくてつい足が吸い込まれていく。
「いらっしゃいませー」
「「綿菓子一つください」」
店員の声に注文を言うと、全く同じタイミングで別の客と声が重なった。
驚いてそのもう一人の客の方を見る。
と、そこには。
「つ、筑紫?」
「果子……」
つい今思い出していた幼馴染その人が立っていた。
綿菓子を渡されてお金を払うが、そっちはもう上の空だ。
思いもよらぬタイミングでの遭遇に、鳥肌が立つ。
隣に立っていた果子に意識が割かれて、綿菓子に集中できない。
あぁ、本当についていない。
何故俺はこんな日にまで、遭いたくない奴と出くわすのだろうか。
◇
裏庭の外れの方のベンチで、俺は綿菓子を食べていた。
暑い中で食べるもんだから口はもったりするし、顔もべたべたするし、汗は流れるし何だか不快だ。
人込みを避けた結果、日影も何もない直射日光のベンチに座っているせいもあるかもしれない。
しかし、最悪なのは気候や場所のせいではない。
「なんで一緒に食ってるんだよ」
「はぁ? 同じ物を同じ店で買って、食べられる最寄りのスペースもここなんだから仕方ないし。……なんであんたが嫌そーなの? ガチウザいんですけどっ?」
一言聞けば十倍の言葉が悪意マシマシで返ってくる。
なんだかもはや懐かしい気分だ。
いっそ清々しく感じるレベルである。
にしても、割と幼馴染にしては理路整然とした言葉が返ってきて少し驚いた。
最近は勉強しているようだし、意識に変化でも生まれたのだろうか。
まぁどうでも良いが。
しかし小さい口で綿菓子を食べる横顔を見ていると、やっぱり過去の事をどうしても思い出す。
性格の悪さはあの時の云倍だが、顔だけは変わらない。
何故神はこんな奴にそこそこ可愛い顔を与えたのだろうか。
さっきからコイツの事を考えると、不思議になってばかりだ。
「……マジ最悪」
不快そうに呟く果子から俺は視線を逸らす。
そう言えばこうして言葉を交わすのは、模試の日以降の数週間ぶりか。
特に話したいこともないが、こう久々でも悪態ばかりつかれると流石に面倒くさい。
一緒に居たくもないし、綿菓子は食べ終わっていないが、場所を変えることにした。
と、ベンチを立ち上がった俺のズボンの裾を果子が掴んだ。
「なんだよ」
「どこ行くの。どこも空いてないと思うけど?」
「……」
実際、このベンチゾーンだって他は全部埋まっている。
じゃなきゃ二人で並んで座るような真似はしない。
そっぽを向く果子に、俺は再び腰を下ろした。
うーん、やはりおかしい。
今日のコイツは過去一番何を考えているのか読めない気がする。
その後は特に話す事もなく、二人で黙々と綿菓子を食べた。