第51話 学内人気屈指の美少女達に囲われている俺
昼食の散策にお化け屋敷満喫と呑気に文化祭を回っていたところ、気づけば時間が迫っていた。
俺もレイサも午後はクラスのシフトがあるため、急いで帰らなければならない。
というわけで、凪咲には悪いが二人で早々に戻ることにした。
「フフ、忙しい日は何かと起こりがちだネ」
「なんかあったか?」
「こっちの話なノ」
それとそう言えば、さっきからレイサの様子がおかしい。
うわ言ばっかり言っているし、話しかけても緩い笑みを浮かべるだけ。
まるで心ここにあらずといったところで、少し心配である。
「体調でも悪いのか?」
「ウウン。ツクシは優しいネ」
「今のレイサを見てたら誰でも心配すると思うぞ」
なんて他人の事ばっかり言っているが、俺も少し動揺していた。
お化け屋敷での凪咲とのやり取りが、どうも頭から離れない。
今日はレイサと言い凪咲と言い、やけに距離感が近い。
流石に俺だって身の程知らずにも勘違いしそうになるレベルだ。
あの後、レイサと凪咲が二人でトイレに行ったおかげで、一人になる時間ができたのが不幸中の幸いだった。
風にあたって火照った顔を涼ませ、冷静になっていつも通りに戻ろうと努めた。
文化祭マジックというのはよく聞くが、二人も雰囲気に充てられて気が狂っているのかもしれない。
今日は何かとカップルで動いている奴も多く見るからな。
とは言え、俺は彼女いない歴=年齢の童貞。
あまり思わせぶりな事ばかりされると、意識してしまう醜き生き物なのだ。
果子が何度も俺を勘違い童貞だと馬鹿にしていたが、その通りになる前に気を引き締めたい。
二人もその辺、もう少し配慮してほしいところである。
「アタシ着替えあるカラ、先行ってて」
「いや待つよ。ゆっくり準備してくるといい」
「ンー、じゃァお願い。ありがと」
笑顔で言う彼女に少し照れた。
なんだか今日はやっぱり変だ。
更衣室に行くレイサを見送り、また一人になる。
やけに地に足がつかないおかしな感じだ。
普段授業を受けている学校がお祭りのような装飾をされており、自分が今どこにいて何をしているのかもよくわからない。
◇
教室にて、俺はパーテーションの裏でゴミの掃除や紅茶などの箱を並べて整理する。
キラキラした空間は表だけで、裏は一生雑用だ。
それでも、何かやることがあるだけマシだった。
と、ごそごそしていたら何やら外で盛り上がる声が聞こえる。
隙間から覗くと、凪咲がやってきていた。
それに対してレイサが恭しく頭を下げてもてなす。
『お帰りなさいマセ、ご主人様』
『ふふ、やけに様になっていますね。流石は普段本職を見ているだけはあります』
『お褒めにあずかり光栄デございマス。さぁ席へ、ナギサお嬢サマ』
男装している分、凪咲のメイド喫茶の時と違ってこっちはお堅い感じだ。
もっとも、その雰囲気の八割くらいはアイツが家から持ってきた本物の執事服の影響だろうが。
ちなみに、今日もレイサの男装は似合っている。
準備段階から何度か見ている上に、普段レイサ本人の顔も見慣れている俺がこうして見惚れるくらいには、綺麗だった。
短髪のウィッグを被っているせいで、本当に美少年にしか見えない。
「なぁ枝野、どっちかと付き合ってんのか?」
「いやいや、そんな事はないって」
何度目かわからない質問に苦笑しながら答える。
同じクラスの武村は、そんな俺の返答につまらなそうに笑った。
男子連中から揶揄われることも減っていたが、やはりこうして教室に三人揃っていると気になるのだろう。
まさに両手に花だからな。
「俺も学内人気屈指の美少女に囲われてみたいもんだよ」
「囲われるって……」
「謙遜すんなよ。やっぱ進学校って成績が全てだもんな。枝野の事、普通にすげーと思ってるから」
「ありがとう」
実力考査での一位以降、みんなの俺への態度は徐々に変わった。
未だに当たりの強い奴も多いが、こうして褒められる機会が増えたのもまた事実。
最初は慣れずに何か裏があるのかと警戒したものだ。
流石に最近では素直に感謝を言えるようになった。
再び作業に戻ろうとすると、武村は笑った。
「でも枝野、さっきから顔赤いぞ」
「え。……いや、これは」
「はいはい、追及はしねーよ」
どこかに去っていく背中を見ながら、俺は呆然とする。
普段なら絶対に反応しないのに、言われて自分が赤面していることを自覚し、さらに照れ恥ずかしくなった。
今日は二人を意識することが多かったため、顔に出てしまったらしい。
これでは本気で何かあると勘違いされかねない。
しかし、レイサはまだしも、凪咲の態度はどうしても引っかかる。
あの凪咲が、付き合ってもいない男の手を握って離さないものだろうか?
それも、身近な人間に見られて勘違いを招きかねないというのに。
「……」
絶対にありえないという、その前提でだが。
もし仮に、雨草凪咲が俺の事を好きだったとしよう。
そうだとすれば、意外と辻褄は合う。
そもそも、彼女にとって俺が特別距離の近い男子という事は、流石に自覚はしていた。
その距離の近さが好きという感情に錯覚しても、絶対の絶対にありえないが、不思議ではないかもしれない可能性が無きにしも非ずだ。
自分でも何を考えているのかわからなくなってきたが、それはともかく。
もし万が一、告白されたとして、俺は付き合うのか?
……考えてみるが、答えはNOだった。
医学部特待生枠を狙う俺に、恋愛などしている余裕はない。
成績の良い彼女と付き合って勉強に精を出す~なんてお決まりのシチュエーションが頭をよぎるが、論外だ。
だって既に、その夢のような環境は手に入っている。
別に俺と彼女たちの関係性が変わろうが、勉強の実入りは変わらないだろう。
なんなら集中力を欠きそうなくらいだ。
あくまで自分の夢への直線的な過程だけを考えた時に、メリットがあまりない。
そして、そんな考えで向き合うのも失礼だろう。
って、だから俺は何を考えてるんだ。
キモいを通り越して二人に失礼だ。
変な思考はやめよう。
馬鹿な妄想をしているうちに、男装執事カフェは新たな客を迎えて爆笑を巻き起こしていた。
この前から散々レイサを煽っていた西穂ミカがやってきていたらしく、不機嫌そうな顔のレイサを前に満足げに笑っていた。
『執事のレイサ君、頑張ってるね』
『ご注文は?』
『睨まないでよ~。なんか態度悪くない? 七村家の使用人ってみんなそんななの?』
『ソーですケド』
『……当てつけですか?』
『……アンタこそ、このやり取り何回する気? もうそろガチでキレるよ』
なんだかただならぬ気配を感じるのは、俺の気のせいだろうか。
聞き取れなかった会話の一部が、やけにぴりついていた気がする。
不思議だ。
『じゃ、パンケーキとミルクラテ持ってきて。ほら早くー』
『……かしこまりました』
ここぞとばかりにレイサをロックオンしてこき使うミカ。
何か恨みでもあるのだろうかと言わんばかりの横柄な態度である。
しかし、何故かレイサ側も意外に素直に聞いているのが謎だ。
なんなら決まり悪そうに渋い顔をしている。
あの二人、どういう関係なんだろう。
「筑紫君」
「うおぉわっ」
ぼーっとレイサたちを眺めていると、パーテーションの隙間から人が現れた。
クラスの人しか来ない場所なので気を抜いていたから、かなり驚く俺。
現れたのは凪咲だった。
「ど、どうしたんだよ」
「いえ、少し話したくて。せっかく来たんですから」
「あ、そう」
はにかむ凪咲に内心ドキドキだ。
さっきまで変な事を考えていたせいで、罪悪感で胸が痛い。
つい目を逸らしてしまう。
と、彼女は座り作業をしていた俺の隣に腰を下ろした。
距離が近いため、ふわりとシャンプーの香りがする。
「レイサさん、綺麗ですよね」
「あぁ、なんだかこうして見てると、俺なんかとは別の次元の存在なんだなって改めて思うよ。異国の王子様みたいだ」
「ふふ、じゃあ普段はお姫様?」
「どうだろう。それはそれで違うような」
普段のお茶らけたレイサに、上品さは感じないからな。
それを言うと執事のコスプレをしている奴に王子様というのもおかしな話だが、なんとなく所作が洗練されていて、そう感じてしまった。
恐らく、家の都合で様々な会食などに連れ出されていたのだろう。
なんだかんだ、行儀はずっと良かったからな。
そういう本当の意味の生まれでも、なんだか遠い存在に感じる。
だけど、それは凪咲も同じだ。
「二人とも凄いよ。こんなにたくさんの人の前で、堂々と接客しててさ。俺も頑張らないとなって、元気もらえたよ」
「そうですか」
「うん。尊敬するよ」
対して、俺には勉強しかない。
だからこそ、そこくらいは誇れるようにありたい。
今話していて明確に感じた。
やっぱり俺は、医者になりたい。
今はそれしか考えられない。
ただ、目先の一つ一つの目標に向かって、全力で生きるだけだ。
それが今の俺の生き方である。
「早く次のテストを受けたいな」
「ふふ、本当に……お似合いですよ」
「え?」
「こちらの話です」
意味の分からないことを言う凪咲に首を傾げるが、彼女はただ笑うだけだった。