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第47話 文化祭には魔物が棲んでいる

 文化祭当日がやってきた。

 小テストでひと悶着あった後、鬼のように勉強に励む日々が続いていたが、今日から数日はここで一旦休憩だ。

 一瞬暇な時間に空きスペースで自習でもしようかと思ったが、流石に風情がないし景観を損ねそうなのでやめた。

 空気は読まなくてはならない。


 あとまぁ、俺自身もレイサたちと関わり始めて若干変わりつつある。

 こういう学校行事に期待感を募らせてしまう一般的な感性を抱き始めたのだ。

 

 うちの学校の文化祭は、週末金・土・日の三日間のスケジュールで行われる。

 意図としては初日は学内生徒用、二日目は他校の生徒が遊びに来られるように、そして最終日の日曜は会社休日を狙った保護者等の外部観覧用といったところらしい。

 勿論全ての情報はレイサソースである。

 もっとも、保護者は例によって仕事で忙しいし、他校に友達もいない俺にとってはどうでも良い話だ。

 友達と楽しめればそれでいい。


 ちなみに最終日は半日だが、後夜祭的なものは当然ない。

 フィクションではキャンプファイヤーなるものがあるそうだが、規制加速社会の現代でそんな危険イベントが行われるわけがないのだ。

 というか、アレってフィクションでしか聞いたことがないけど本当に実施されることってあるんだろうか。

 わからん。


「いよいよ始まったネ。青春のイベントが」

「あぁ、オープニングも凄かった」


 生徒数も多いからオープニングは体育館じゃなくて近所の巨大アリーナで行われたのだが、その分迫力も凄いものだった。

 公立のくせにどこから沸いた金で運営しているのかと、興醒めなことを考えてしまう自分に少し辟易したくらいだ。

 吹奏楽部の演奏に演劇部の寸劇など、掴みから凄かった。

 学校に戻ってきても、外の屋台通りや校舎の飾りつけまで、規模がデカすぎる。


 予想はしていたが、やはりマンモス校ということで規格外の催しとなっていた。


 現在時刻はまだ十時で、ここから各クラスの模擬店や屋台、展示が開始される。

 俺とレイサは男装執事カフェのシフトは午後なので、それまでは空き時間だ。

 二人で廊下を歩きながら、雰囲気を味わっていた。


「第一体育館はステージ劇が中心かナ。第二体育館は有志のバンド演奏とかが順番にあるっぽい。昼に友達が出るらしいケド、シフト被ってていけないワ」

「バンドって、ガチなヤツなの?」

「イヤイヤァ、フツーに素人の遊びだよ。アタシの友達なンかカラオケでもネタ枠の子だし、ソレでボーカルやるらしいカラ」

「大丈夫なのかそれ」

「事故ったらウケるからおいしいって言ってたよ」


 流石は陽キャコミュニティー。

 ハートの強さが俺みたいな人間とは違い過ぎる。


「レイサは出なくて良かったのか?」

「別にアタシ、そンなに前出るの好きじゃないカラネ。あと、ツクシと一緒に居られる時間が減るじゃん」

「いやいや、色んな奴と思い出作った方が有意義だろうに」


 そもそもレイサ、俺の記憶が正しければ元々は他の友達と一緒に回る予定だったはずだし。

 そっちの友達関係は上手くやれているのだろうか。

 まぁ不器用な俺に心配されるようなことはないのだろうけど。


 と、俺とレイサは顔を見合わせてニヤリと笑った。

 このまま廊下を行くと、丁度もうそろそろ三組の前を通る。

 三組と言えば、俺達の友達である凪咲がコスプレでお迎えしてくれるメイド喫茶だ。

 彼女のシフトは午前だと言っていたし、このお祭り騒ぎの初手にぶち込むには絶好の出し物かもしれない。


「エ~、最初にイっちゃう?」

「どうせ昼は凪咲も一緒にご飯食べる約束してたろ? だからそれまであと二時間以上はあるんだよな。そう考えると今行くのは早いような気もする」

「アタシは二時間ナギサの照れる顔を凝視してヤってもいいケド?」

「それは流石に……いや、悪くないな」


 開店早々からシフト休憩まで居座られたらさぞ居心地悪いだろうな。

 想像して汚い笑いが漏れた。

 不機嫌になる凪咲の顔を拝めるなら、案外悪くない。

 ごめんな凪咲。

 俺もレイサも性格は良い方じゃないんだよ。


「決まりだな」


 俺達はにんまりと下卑た笑みを浮かべつつ、そのまま廊下を歩いた。

 人でごった返す中、目標のメイド喫茶の看板が目に留まる。

 入口に向かうと、そこで俺達は可愛らしいメイドに遭遇した。


 ミニスカートから生える両脚は白く長い。

 目を上に向けていくと胸元の大きなリボンや、『りお♡』と書かれた名札、そしてフリフリしたカチューシャが視界に入ってくる。

 身長が174センチある俺は、若干見上げつつそのメイドの顔を凝視した。

 綺麗な顔立ちだとは思うが、生理的に受け付けないんだよなぁ。

 だってコイツ、男だし。


「お、お帰りなさいませご主人様ぁ」

「……どういう気持ちで言ってるんだそれ」

「冷めた目で見るな。仕方ないだろう、マニュアルなんだから」

「律儀だな」


 顔を引きつらせる高木は、何故かメイドのコスプレをして入口に立っていた。

 ガン見していると、流石に居た堪れないのか顔を赤く染めていく。


「……く、クラスの奴らにハメられたんだ。僕ならイケメンだから女装も似合うって」

「別に言い訳しなくてもいいぞ。お前の事は嫌いだが趣味は否定しない」

「なッ! 何を言い出すんだ君は! これは本当に僕の意思じゃないんだ!」

「なんでもいいよ」

「くッ……おい、七村・F・レイサ。なんでニヤニヤ笑ってるんだ!」

「エ? イヤイヤ、似合ってて可愛いナと思ってたダケ」

「嘘つけ! どいつもこいつも僕の事を笑いやがって……! こんな屈辱は初めてだ!」


 ぐぬぬ……みたいな顔をしている高木がなんだか今日はやけに面白く感じる。

 それに、コイツはいつもマウントを取って悦に浸るか、ぐぬってるかの2択な気がするのだが、本人的にどう思っているのだろうか。

 もはや一人コントだ。

 

 ここ最近コイツに対して俺の中でヘイトが爆上がりしていたが、なんだかこの無様な姿を見て落ち着いてきた。

 誰だか知らないが、高木にメイドを着させた奴は天才だと思う。

 心から感謝しよう。

 良いものを見せてもらった。


 と、そこで高木が舌打ちしながら悪態をついてきた。


「チッ! 邪魔だから用があるならさっさと入ってくれ」

「メイドの態度じゃないぞ。マニュアル通りにやるんじゃなかったのか」

「……二名様のご案内です~。中へどうぞ、ご主人様っ」


 八つ当たりされてムカついたから言ったのだが、睨みながらぶりっ子してくる高木を見ると俺が悪者みたいに思えてきた。

 特に話したいこともないため、言われた通りに中に入る。


 飾りつけをされた教室には既に何人か客も入っており、メイド服を着た女子が活気たっぷりに動いていた。

 見てはいないが、うちのクラスも今はこんな感じなのだろうか。

 普段は制服姿の同級生がメイド服なのを見ると、なんだか変な気分になる。


「見過ぎじゃない?」

「見るだろ珍しいんだから」

「そういう話じゃないンですケド」


 レイサにジト目を向けられるが、気になるのは仕方ないと思う。

 と、すぐにお目当てのメイドが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ご主人様……なんて、あはは」

「……カワイイ」


 ボソッと言うレイサ。

 俺はというと、似たようなもので、凪咲のメイド衣装に完全に見とれてしまっていた。

 先ほど高木が着ていたものと同じデザインではあるが、似て非なるものだ。

 悍ましいものを見た直後だからか、目がリフレッシュされて視野内の彩度が爆上げされた気がする。

 

「そ、そんなに見られたら恥ずかしいですって」

「あ、ご、ごめん」

「レイサさんも!」

「ナニ言ってんノ。見なきゃ勿体ないじゃん」

「もう!」


 レイサが腰を下ろしてミニスカから覗く太ももを凝視し始めたところで、流石の凪咲もその肩を掴んで怒り始めた。

 ぷんすかと顔を赤くしながら言う凪咲は眼福だ。

 怒る仕草すら可愛いもので、教室内の視線が全て集まる。

 こりゃ本当に凪咲目当てで客がわんさか呼べそうだ。


 席に案内され、腰を下ろす俺達。

 他の客の案内に向かう凪咲の後姿を見ながら、レイサは訝し気に言う。


「ネェ、アレが前にメイド役を渋ってた子の接客?」

「かなりサマになってる、とは思う」

「それナ。むぅ……揶揄おうと思ってたのになンか逆に感心しちゃったワ」


 働きぶりは傍目からでも確かで、流石は優等生といった感じだ。

 勉強だけでなくなんでもそつなくこなしている。

 不慣れな事にも真面目に取り組む姿勢は流石としか言いようがない。

 

 一組の客を案内して教室が満席になった後、凪咲はまた戻ってきた。

 メニュー表を手に、はにかみながら聞いてくる。


「ご注文はいかがなさいますか?」

「ンー、紅茶にするワ」

「俺もそれで」


 オムライスみたいな定番メニューもあったが、どうせこの後外で買い食いする予定だから、腹は空かせておきたい。

 俺たちの意図が分かっているのか、凪咲は苦笑して見せた。


「っていうか、来るの早すぎませんか? てっきり昼頃から私のシフト終わりまでの時間に来るのかと」

「いーや、二時間みっちりその姿を目に焼き付けようと思って」

「相変わらずの性格ですねレイサさん」

「ン? ツクシも同じこと言ってたケド」

「!? ……そ、そうですか」

「オイ、なンでアタシにだけ文句言うノ。ツクシにも性格悪いって言いなよ」

「レイサさんへの評価はこれまでの蓄積ですから」

「それだとアンタもなかなかじゃない?」

「いつ私が自分の性格が良いって言ったんですか?」


 文化祭でもバチバチ言い合いをしている二人。

 と、凪咲は深呼吸をした後、俺に小首を傾げて聞いてきた。


「そ、そう言えばどうですか? 私の……その、似合ってますか?」

「勿論。超可愛いよ」


 若干照れ臭かったが、誰が見ても一目瞭然だったからそう口にした。


 黒を基調としたメイド服に、フリフリの真っ白なフリルが良く似合っている。

 元が清楚な雰囲気の凪咲だからこそ、なんだか逆に一人だけ異質に見えた程だ。

 安いコスプレ衣装じゃなくて、もっとしっかりしたデザインの衣装でこのメイドを見たかったと、そう思ってしまう。

 それこそレイサの家の本物の衣装なんかも着こなせることだろう。

 露出や可愛らしさは減るが、そんなもの素材が良すぎるから必要ない。

 とは言え、この衣装だからこその良さもある。

 先ほどレイサが鼻息荒く凝視していた太ももなんかがそれに当たるだろう。

 ……いや、別に俺は見ないけどさ。


 俺の感想を受けて凪咲は俯き、小声で「ありがとうございます」と呟く。

 よく見ると耳まで真っ赤になっていた。

 そんなに照れるなら聞かなきゃいいのに。

 俺まで恥ずかしくなるじゃないか。


「なンか釈然としないんだよなァ」


 俺達が照れて口を閉ざしている間。

 頬杖を突きながら、レイサは面白くなさそうに言った。

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― 新着の感想 ―
メイド服って、女子が特別可愛くなるコスチュームだよね♪
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