第46話 成績がイイだけのバカにメイド服を
【レイサの視点】
帰宅後の屋敷にて。
今日は珍しく両親が揃ったので、少し豪華なディナーだった。
普段は大抵洋食なのに今日は和食で、魚を中心にした料理が並んだ。
パリ育ちのフランス人とは言え、うちのママはすっかり箸の扱いがプロ。
会食が多い故だろうけど流石と言わざるを得ない。
アタシでさえ魚の骨を取るのは苦手なのに、生粋の外国人がどうしてあそこまでナチュラルに和食を楽しめるのか、見る度に不思議に思う。
あと、今日はレアな奴も食事の席についていた。
メイド服ではなく私服を着たミカは、普段の芋臭い変装を解いてお嬢様モード。
というのも、うちの方針として、いくらミカがメイドとして働いているといっても、他の使用人とは一線を画す存在であることに変わりはない。
食事の時は家族として時間を共にするのが昔からの習慣なのだ。
両親に加えて様子のおかしいミカを横に、アタシは少々居心地が悪かった。
まぁただ、今日は親の機嫌もかなり良かったのが救い。
「レイサ様の成績の伸び様に、随分ご機嫌でしたね」
「前はいっつも小言言われてたカラ、なンか新鮮だったワ」
「恐らく他の良家と比べると、レイサ様はその辺かなり寛容に育てられていると思いますが」
「……ソレはそう」
うちの親がアタシの教育方針に過度な制約を設けていないのは事実だ。
そのせいで親戚の集まりでは度々問題視されるけど、知ったことじゃない。
特にパパの方がアタシにゲロ甘だから、かなり守られて自由放任的に過ごせているのは感謝している。
と、アタシは何故か部屋にいる美少女と言って差支えのない女にジト目を向けた。
「何か?」
「アンタ、普通にしてるとホントに美人よネ」
「よく言われます……が、レイサ様に言われると嫌味としか」
「ヒヒッ、別にアタシより可愛いとは言ってないカラ」
西穂ミカは、目鼻立ちが整った美人である。
胸の開いたワンピースの私服姿だと、顔の良さにプラスしてそのスタイルの良さも実感する。
元々両親が海外に居た時に雇った使用人の娘という事で、彼女もまたアタシと同じくハーフ。
髪色は茶髪だから目立たないけど、目の色は綺麗な翡翠色で、肌の白さも相まって日本人とはかけ離れた容姿をしている。
ただ、目立つわけにはいかないという理由で彼女は普段カラコンとメイクを駆使し、地味な日本人女子に扮しているわけだ。
挙句の果てにはニキビメイクまで習得し、わざわざ自分の顔を毎日汚して生活している。
一応言っておくけど、アタシは強要してない。
視力低下も相まって中学に上がる頃からカラコンを勝手につけ始めただけだ。
本人は変装メイクを気に入っているようだし、止めることもない。
アタシとしても外国人感丸出しより、地味な格好をしてくれている方が手元に置きやすくて助かっている。
まぁ思うところがないかと聞かれれば、それはアレだけど。
「ってか最近、やけにニキビメイク?に力入れてるよネ。そこまで顔変えなくてもバレないんじゃない? そもそもナギサにはバレちゃってるし」
「いえ。人の顔を凝視してくる不躾な男もいますので」
「ナニソイツ、キモ」
「……んふっ!」
「?」
普段表情を崩さないミカが変な顔で噴き出したから、驚いた。
珍しいなんてもんじゃない。
リアルに10年ぶりくらいに素のミカを見た気がする。
と、ミカはそのまま静かに口を動かしてアタシには聞こえない何かを口走った。
「あなたの大好きな彼の話ですよ」
「エッ!? なんて!?」
「いえ別になんでも」
「……」
どこで習得してきたのか知らないけど、この子の妙な特技には頭を抱える。
なんでこの距離で聞き取れないのか意味が分からない。
暗躍メイドとしては有能だけど、正直気味が悪く感じるのも事実だ。
その上地獄耳なせいで、こっちからの言葉は小さな独り言であっても全て筒抜け。
タチが悪い。
ミカはアタシを揶揄った後で、今度は真面目な顔をした。
「そう言えば数日前の事ですが、小テストの返却が際に枝野筑紫と高木李緒が廊下で――」
つい先日、英語の小テストが返却されたのはまだ記憶に新しい。
アタシも思ったより点を取れず、少し消化不良だったアレだ。
その日の出来事について、ミカは語り始めた。
なんでもあの日、廊下でツクシと高木クンが揉めたようで、その一部始終をミカは確認していたらしい。
他に気を配ることが多かったらしく、今の今まで忘れていたそうだ。
言われて、そんな噂をアタシも薄っすら聞いた記憶を思い出す。
あの日はやけにツクシが落ち込んでいたから、そっちが気になって他の事に集中できなかったのだ。
実際カレは放課後には元気になっていたし、アタシとしてはそこで終わった話だった。
だけど、ミカの話を聞いてアタシはぎゅっと拳を握る。
「なるほどネ、道理でツクシも気合が入ってるわけだ」
「まさかあの二人も私に聞かれていたとは思っていないでしょうね」
「まァソレは仕方ないよ。アンタは地獄耳過ぎるカラ」
「レイサ様が寝室で夜な夜な耽っている行為の声を聴き洩らさないよう努める日々で、洗練されましたからね」
「アタシなんにもしてないケド、アンタはナニを聞いてんノ?」
別に照れ隠しの嘘ではない。
寝室でそういう行為に及ぶことは……マジでごく少数。
それに声を出したこともない。
いつも喘いでいると思うのは動画の見過ぎだ。
割と本気でドン引きして目を細めると、ミカは小さく「失言でした」と謝ってそっぽを向いた。
これでは本気でアタシが毎日致している変態みたいだ。
謝られてもムカつく。
「っていうか、高木李緒ってガチでキショいじゃん。もうツクシの代わりにアタシがボコって泣かせたい」
「流石にレイサ様、それは無理だと思いますよ。あんなのでも成績だけは本物ですから」
「いるよネ、成績がイイだけのバカな人って」
成績=頭の良さでは絶対にない。
そりゃ多少の相関はあるだろうけど、成績がいいだけで頭が良いかどうかというのは問えないとアタシは思う。
どんなに成績が良くても、他人にマウントを取ったりする人は論外だ。
生き方として頭が悪い。
本当に頭が良い人で、性格悪く振舞う人っているんだろうか。
だって嫌がらせって、ボロが出た時に生きづらくなるという、負の足かせを自分に着けるだけの行為じゃん。
芯から頭が良い人は敵なんか作らないと思う。
嘘でも人当たりは優しく、上手く社会を渡っていく人の方が余程利口だと思うのはアタシだけなのかな。
高校に入ってよりそう思うようになった。
にしても、本当に鬱陶しい人だ。
周果子を退けたと思ったら、今度は粘着ストーカー男が出てきた。
アタシの好きな人はモテ過ぎて辛い。
「あの人、ドーにかできないかな」
「今回も殺りますか?」
「……前例があるみたいな言い方ネ。いつアタシが殺人依頼をしたよ?」
人聞きの悪い事を言わないでほしい。
精々邪魔な女の子を追い払ってもらったくらいだ。
「なンか思いっきり恥をかかせたいネ」
「ふふ、レイサ様ったら性悪」
「アタシの性格は元から良くないよ。好きな人以外は、ドーでもいい」
「雨草凪咲さんもどうでもいいのですか?」
「……好きな人以外って言ってるの、聞こえなかった?」
「あら、ツンデレでお可愛らしい」
「死ね」
机の上のぬいぐるみを投げつけると、目にも留まらぬ速さでキャッチされ、そいつをベッドに寝かしつけられた。
今日はあのうさぎちゃんと同衾確定である。
「ではこういうのはどうでしょう。明日のHRで、高木李緒を囃し立てて上手く調子に乗せるんです。そのまま成り行き任せで……あの人にも当日はメイド服を着てもらいましょう。一人だけの女装で、当日には白い目を向けられるはずです」
「オォ! ミカ、アンタホントに悪いネ」
「レイサ様ほどではありませんよ」
高木李緒は調子に乗りやすい奴だ。
ミカが上手くクラスを乗せて、高木にメイド役をやれとコールすれば、全然やってくれそうではある。
本人もみんなに注目されて、むしろ嬉しいんじゃないだろうか。
そして、見てるアタシもちょっとスッキリする。
どうやらナギサのことまで馬鹿にしてたらしいし、そのくらいの報いは受けて欲しい。
当日はその醜態を目に焼き付けてやろう。
また楽しみが増えた。
「ミカ、アンタみたいな子を地頭がイイって言うんだろうネ」
「まぁ、褒めているんですか?」
「ウン」
「ふふふ、レイサ様のためならなんだって致します」
「……その格好で言うのやめて」
立ち上がってワンピースの裾を持ち、礼をするミカにアタシは顔を引きつらせた。
私服姿だと、どうにもメイド扱いしきれない。
服装は人を表すというが、よくできた言葉だなァと痛感するアタシであった。