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第44話 帰国子女の本領を今ここに

 その日は、凪咲はいつも通りだった。

 放課後の勉強会で、普段通り笑顔の凪咲を見て拍子抜けする俺。

 その隣で、逆にレイサは不満顔だ。

 にしても、机を隔ててレイサと凪咲の意欲的な様子を見ると、何だか俺が先生になったような気がしてくる。

 かれこれひと月以上はこの環境が続いているわけで若干慣れてきたが、それはそれとして少し恐れ多い。


「ハ~、67点って悪くない点のはずなのに、前ほど大喜びできなくなったんだよネ」

「まぁ勉強あるあるだな」

「ナニソレ」

「成績を上げていくとハードルが上がっていくって話だよ。見据える目の高さが上がればそれだけ満足いく点の幅も狭くなっていく。これからも毎日放課後に勉強会を続けていくなら、今後はもっとその基準はシビアになるだろうな」

「ツクシなんか、満点じゃなきゃ絶望です!……みたいな感じだもんネ。思ったンだケド、勉強ってやれバやるだけ幸せ指数下がるくナイ?」

「勉強に限った話ではありませんよ。部活も仕事も、そして所得も。努力して得たモノが当たり前になっていく日々に、人間は更なる上を目指して常に追われています」

「怖いコト言わないでよ。ハァ、この点だとマジ全然嬉しくないワ」


 高い基準に慣れると幸せに鈍感になるからな。

 皮肉なもので、幸せになるために努力すればするだけ幸せから遠ざかるというジレンマ。

 この世とはなかなかに面白いものだ。

 そして人間とは、罪な生き物である。


 って、別に俺はそんな哲学的な話をしたいわけじゃない。

 なんなんだこの時間。


 俺はにこやかに笑みを浮かべる凪咲に、恐る恐る聞いた。


「あの、その……小テストは何点だったの?」

「え? 84点でした。まぁよくはありませんが、以前に比べると8割も安定してきて少し安心という、ちょっと複雑な心境でしたね」

「え、あ、そう」


 おい高木。どうなってる。

 全然悲観するほどの点数じゃないじゃないか。

 アイツ、やっぱり嘘を吐いていたのか?


 しかし、あらぬ疑いを高木にかける俺に凪咲は苦笑する。


「授業終わりに早速先生を捕まえて質問しに行ったんです。その時に高木君に丁度出会って、なんだかすごく意地悪い笑みを浮かべられたのが少し不服でしたね。満点を取った彼にとって、血相を変えて教室を出る私は滑稽に見えたのでしょう」

「……一発殴ってやってもいいんだぞ?」

「まさか。殴り合いは点数で、でしょう?」

「ははっ、そうだな」


 案外脳筋思考の凪咲につい噴き出した。

 大丈夫だ。メンタルを心配するまでもなかった。

 俺なんかよりよっぽど強いし、大人である。

 

 にしても、それはそれとして高木と俺のやり取りは知られないようにした方が良さそうだ。

 陰で言われる悪口の方が堪えるからな。

 俺は口下手だしノンデリだし地頭も悪いが、ここだけはきちんと黙っておく。

 

「筑紫君は何点だったんですか?」

「……91点だよ」

「ふふ、そんなに悲しい顔をしないでください。目の前にその下がいるんですから、ダメですよ?」

「ご、ごめん。とは言え、高木に負けたのが結構悔しくて」


 なんだかんだ、俺もアイツの事は意識していた。

 アイツほどの重い感情は抱いていなかったが、負けたくないと思っているのも事実なわけで。

 まぁただ、いけないな。

 それこそ凪咲の言う通り、自分より点が低い人にこういう態度を見せるのも悪いか。

 

 と、ここまでレイサは珍しく口を挟まなかった。

 そもそも点を聞いてくることも、今の今まで会話すらなかった。

 優しい笑みでただ聞いていたのを見ると、本当に気を遣わせていたらしい。

 

「よし、じゃあ今日はその復習からやっていくか」


 どうせなら、今日はとことん英語の勉強に時間を費やそう。

 クラスは違えど、解いた問題は同じなので三人で答案を見せ合って課題を洗い出した。

 そして気づく。


 俺と凪咲は顔を見合わせ、レイサを向いた。


「なぁレイサ、なんでこの問題合ってるの?」

「どうやって解いたんですか?」


 俺達は同時にとある問いについて、そう質問した。

 聞かれたレイサ本人はきょとんとしている。


「別に、知ってるフレーズだったから」

「……こんなの習ったか?」

「ドーだろ。ア、ソレこそアタシ、最近まで海外だったから、向こうで実際に目にしてたのかも。英語の文章読むこともあったからサ」


 俺と凪咲が間違えていた長文の日本語訳を、レイサは完答している。

 さらに本人の反応を見るに、さほど悩んで出した解答でもない様子。


「ちょっと借りるぞ」

「エ、あ、ドゾ」


 早速俺の隣に回ってきた凪咲と一緒にレイサの答案用紙を凝視した。

 そして気づく。

 コイツ、俺達が解釈しきれなかった長文の読解を完答してやがる。

 しかもほぼ模範解答で消しゴムの後すらない。

 これは……侮っていた。

 

「レイサ、お前……本当に帰国子女だったんだな」

「超失礼なコト言われてる気がするンですケド!」

「今まで酷い事を言ってすみませんでした、レイサさん」

「その反応が一番傷つくンですケド!? っていうか、アタシそんなに変なコト書いてる?」


 信じられないと声を上げるレイサはさて置き、俺は感動していた。


 彼女は、逸材だった。

 

 今回俺や凪咲が躓いたのは教科書に出てくるようなイディオムではなく、もっとカジュアルにネイティブが使いそうなフレーズの訳だ。

 使い慣れないため、馬鹿正直に直訳したせいで齟齬が生じ、部分点を引かれている。

 それをレイサはミスすることなく、正確に訳せていた。

 若干言葉遣いが解答向きではない口語になっているのが気になるが、それが逆に俺達にとっては、レイサが芯から文意を把握している裏付けとして説得させる。

 要するに、海外生活の恩恵か、レイサの英語力は俺達の上を行っていたのだ。


 驚愕する俺達にレイサは頬をかく。


「ナ? 前に言ったでしょ。日常会話ならいけるって」

「アレは見栄かと思ってました」

「ナギサ、アンタねぇ」

「ご、ごめんなさい。でもし、仕方ないじゃないですか。普段勉強せずに赤点ばっかり取っていたレイサさんにも比はあると思います」

「それはまァ、そうだケド」


 俺もレイサの英語力を正直舐めていた。

 授業で習った単語や文法をほぼ理解していなかったから、そんな奴が読解や日本語訳は完璧なんて、誰が思えるだろうか。

 そもそも住んでいたのはパリで、フランス語圏だし。


「って、別にイイよ。アタシも向こうにいるときは英語のコミュニケーション苦手だったし。英語は身内に得意な奴がいるカラ、その子に通訳やってもらったり、たまに教わってたンだよ」

「へぇ、流石はお嬢様。いい家庭教師がいたんだな」

「家庭教師と言うよりは……姉妹みたいな?」


 若干含みのある言い方をするレイサ。

 この前屋敷に行ったときはそんな人には合わなかったが、たまたま外していたのだろうか。

 まぁいい。

 どのみち、レイサのこの語学力は正直予想外で、さらに言うとかなり助かる。

 これは光明だ。


「なぁレイサ、俺達に、英語を教えてくれないか?」

「ハァッ!?」


 レイサの点は67点と、俺達に比べると低いのは事実。

 だがしかし、その得点内訳は俺達と真逆である。

 暗記や積み重ねで馬鹿正直に補う俺と凪咲に対し、レイサはネイティブに近い環境で学んだ感覚的な英語。

 レベルの低い模試なら前者でも戦えるが、俺達の目指す大学の入試やうちの学校の定期試験問題を見据えるなら、レイサの知識が必ず必要になる。


 首をぶんぶん降るレイサに、俺は笑って見せた。


「嫌とは言わせないぞ。前に言ってたじゃないか。今度からレイサも俺に勉強教えてくれるって」

「あ、アレは冗談でまさかホントにこんなことになるとは……」


 模試終わりに彼女がくれたメッセージだ。

 確かに俺に勉強を教えてくれると言っていたはずだ。


 若干表情が引きつるレイサに、凪咲がグイっと距離を縮める。


「後生ですお願いします」

「ふ、フヘヘ、いいんだネ? アタシは厳しいよ?」


 俺は二人に数学を教え、凪咲は俺達に国語を教え、そしてレイサは俺達に英語を教える。

 なんだか完璧のサイクルが、ここに生まれた気がする。


「ははは……、高木、次のテストは面白くなるぞ」

「なんかぶつぶつ言ってて怖いンですケド」

「筑紫君はいつもこんなですよ」

「ナギサ、アンタツクシのコトなんだと思ってるノ? 人を変態みたいな」

「まさか」


 前で言いあう二人を他所に、俺は一人、勝ちを確信してにやついていた。

 予想外の場所から突破口を見出し、感謝と共にワクワクが止まらない。


 高木、お前は今回もいくつか見誤ったな。

 テスト本番、目にものを見せてやろう。


 早くも中間テストが楽しみである。

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