第43話 メイドに"可愛い"は禁句
小テストで低い点数を取った時、本音を言うと泣きたいレベルだった。
これ以上にないまでの悔しさや恥ずかしさ、情けなさを感じて感情がかなり高ぶっていた。
穴があったら入りたいとは言い得て妙で、先人が残してきた言葉の素晴らしさを痛感したところである。
だがしかし、そんな感情も全部吹き飛んだ。
高木と会話して全てが怒りや次へのモチベーションに変換されたのだ。
なんというか、元気が出たとでも言うのだろうか。
全くもって不本意なことだが、アイツのおかげで切り替えることができたと思う。
実はアイツ、俺を鼓舞してモチベーションを高める役を買って出てくれているのかもしれない。
もっとも、仮にそうだとしても許す気はないがな。
俺以外の名前を出した時点でアイツの事はもう二度と許さない。
今後一生嫌いでいられると思う。
元から嫌いだったが、その上を毎度更新し続ける高木にはもはやリスペクトすら感じる。
俺はあそこまで自分の欲やプライドに忠実にはなれない。
目標に対する執念と言うのは、時としてあのレベルまで必要なのだろうか。
次の授業に何とか間に合い、準備をしながら俺は少し反省した。
いくら高木相手とは言え、感情任せに言い過ぎた気がする。
あそこまで煽るような態度を取る必要はなかった。
つい凪咲を馬鹿にされて、普段抑えているタガが外れてしまったらしい。
頑張る人間を嘲笑う奴は嫌いなのだ。
六限の公民の先生が教室に入るなり、前で喋っていたレイサたちに注意をする。
そう言えば、今日はレイサと話していなかったな。
普段ならテストが返却された時など、勢いよく俺の席に直行してくるのだが、今日はそれがなかった。
その後も休み時間も特に接触はないし、正直普段の絡みを考えると不自然なくらいだ。
何か気に障ることをしたのだろうか。
……いや、多分違う。
顔に出やすい俺の事だ。
テスト返却時からずっとネガティブオーラを放っていたのだろう。
それで気を遣わせたに違いない。
これは別に気のせいではないと思う。
そう思えるくらい、俺はレイサの事をよく知っているつもりだし、アイツは過剰な程に気遣いをしてくれる優しい奴なのだ。
申し訳ないなと、俺は反省した。
◇
授業終わり、三組の前を通った。
別にこれは高木に用があったわけではない。
俺はそこまでドМじゃないし、反省したと言ってもアイツに悪いことを言ったとは思っていないから謝るつもりはないのだ。
ただ、高木が最後に言っていた言葉に引っかかっていただけ。
少し凪咲の様子を見ておきたかったのである。
廊下から窓越しに眺めると、まず高木が視界に入った。
奴はふんぞり返っており、取り巻きの男子連中に大きな声で何やら話している。
全く、元気な奴だ。
そしてその後、すぐに凪咲の姿も見つけた。
彼女は特に落ち込んでいるようには見えず、ただ自習に励んでいる。
物凄い集中力が離れていても伝わてくるが、凪咲はいつもあんな感じだ。
やはり特に落ち込んでいる雰囲気は感じない。
高木の話では小テストで悲惨だったそうだが、あまりそういう様子に見えないのは何故だろうか。
まさか、嘘?
いやいや、流石にないか。
高木なら俺の気を引くためにネタになりそうなら嘘を吐きそうな気もするが、流石に考え過ぎだと思う。
そこまで良心を失えば、もう人間としての尊厳すら残らない性悪だろう。
と、そのまま教室を見ていると今度は驚愕の光景を目の当たりにした。
か、果子が勉強をしている……!?
チラリと視界に入っただけだったが、俺は見入ってしまった。
一心不乱にノートと参考書を広げてペンを走らせる幼馴染。
俺はこんな幼馴染の一面など知らなかった。
というか初めて見た。
アイツ、黙って勉強とかできたんだ……。
驚愕の事実である。
驚いていると、後ろから肩を叩かれた。
「凪咲ちゃん目当て?」
「ち、ちがッ……って西穂さんか」
知らない奴に詮索されたのかと思って焦ったが、顔を見て安心した。
後ろに立っていたのはレイサの友達の西穂ミカだ。
彼女は笑みを張り付けて、俺の事をじっと見ている。
焦った理由として、普段の日常生活が原因にあった。
と言うのも、どうしてもレイサや凪咲と一緒に居る時間が長いせいで、他の生徒に関係を勘繰られることが多いのだ。
今回もその手の輩かと思って動揺したというわけである。
知り合いでよかった。
「勉強はどう?」
「……微妙」
「英語の小テストの件かな? なんか悪い事聞いたね」
「いや、気にしないでくれ。……西穂さんはどうだったの?」
「ん? あたしなら最初の大問4つ解いてから寝たよ。点は、ん~と、覚えてないや」
やべーこいつ。
久々に見る本気で勉強しないタイプの奴じゃん。
中学までは公立の混ぜ合わせだったからこんな奴もたくさん見たが、高校に入ってからはこのレベルの不真面目生徒は初めてだ。
授業中に寝る……とかまではあっても、テスト中に解きもせずに寝てしまう人はそう多くないだろう。
化け物だ。
前に授業中に話しかけられた時も驚いたが、マジの勉強嫌いらしい。
戦慄している俺にミカはケラケラ笑った。
なるほど、レイサのサボり癖はこういう奴らから伝染したのかもしれない。
そう思うと納得である。
「メイド、楽しみにしてるよ」
勉強の話をしても仕方がないから当たり障りのない話題を投げかけた。
しかし、ミカは何故か一瞬目を見開いて見せる。
すぐに平静を装ったかのように苦笑するが、一体その反応は何だったのか。
「……本当に、人を不安にさせることを言うのが上手いね」
「え? え?」
「こっちの話ー。ってか、文化祭のメイド喫茶の話ならあたしは関係ないよ。ほら、あたしブスだからメイド役にはなれませんので~」
「……」
よくわからないことを言われたと思ったら、今度は地雷を踏んだらしい。
だがしかし、俺には自虐が理解できなかった。
西穂ミカは確かに地味な容姿をしている。
だがしかし、その大半はおさげという今はあまり見ない髪型による印象なのだ。
顔のパーツは整っているし、ニキビさえなくなればなんならかなり綺麗な部類。
何を卑下する要素があるのか、俺にはわからなかった。
「ひ、人の顔凝視してどしたー?」
「いや、全然ブスじゃないだろ。可愛いって」
「……またまたー」
「いやいや嘘じゃない。別に今のままでも可愛いし、髪型……うん、髪型変えるだけでも全然イメージ変わると思うよ」
一瞬ニキビについて意識が向いたが、それを口に出すのは人としてアウトな事くらい、流石の俺でも理解していた。
ノンデリと配慮できるか否かは別である。
思春期のニキビはセンシティブなものだと俺も思っているし、できる奴はどれだけスキンケアに気を遣ってもできるだろう。
どうしようもないものを突っ込んでも傷つけるだけだ。
と、俺の言葉に西穂は。
「え、あ、ありがとうございます」
「何故敬語?」
「……いや、別に。ってか、そういうところだよ」
「え、何が?」
「はぁ、これは先が思いやられるわ」
なんだか溜息を吐きながら去っていくミカ。
首を振る後ろ姿には疲労感が漂っていた。
なんだか悪い事を言ったらしい。
でも。
「いやいや、あんなこと言われたら褒めるだろ。別に嘘はついてないんだし。可愛い奴に可愛いって言って何が悪い」
独り言を漏らし、俺は苦笑した。
相変わらずよくわからない人だ。
よくわからない行動の目立つレイサの友達ということで、その人もまた不思議ちゃん。
類は友を呼ぶということだろうか。
なんて呑気に考えていた俺。
まさか俺の小声の独り言が本人に聞こえているとは、夢にも思っていなかった。
本職メイドの地獄耳を侮ってはいけない。