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第42話 煽る秀才はガリ勉の逆鱗に触れる

「91点だったよ」


 特に嘘を吐くわけでもなく、そう言った俺に高木は目をぱちくりさせる。


「聞き間違えか? 前回の実力考査で200点満点中189点だったあの枝野が、小テスト如きで91点と聞こえたんだが……?」

「わざわざ覚えててくれてありがとな。でも本当に91点だったぞ」


 自分の点すら即座に言えない俺にとっては、高木の記憶力は驚愕に値する。

 というか、一体どれだけ俺の事が好きなのか。

 普通わざわざ他人の成績を教科ごとに点数まで把握してるか?

 俺なんて、一緒に勉強しているレイサや凪咲の点でさえ、時間をかけても正確に思い出せる気がしない。

 不思議な奴だ。


「長文の読解日本語訳で二問部分点を引かれて、あと正誤問題で間違えたのを合わせて三問ミス。随分買いかぶってくれてるみたいだけど、今回はそんなもんだ」


 馬鹿にされるのは慣れている。

 そして高木の性格も理解していた。

 だからこの煽りも問い詰めも一応予想通りなわけで、対して動揺することもない。

 元はと言えば俺が点を落としたのが問題だしな。


 毅然とした態度で答える俺が気に食わないのか、高木は笑みを殺して目を細めた。


「得意科目以外は杜撰なものだな」

「その通りだよ。だから今日から対策する」

「そうしてくれ。……しかし、いいのか? お前医学部志望だろう?」


 話も終わりかと思っていたところに、高木が妙な事を言い始めた。

 そのせいで静かになりかけていたギャラリーが沸く。

 いくら進学校と言えど、医学部志望生はそう多くない。

 そして高順位の奴の無謀な進路話ほど、野次馬根性を刺激するものはないからな。

 

「医学部志望で英語ができないなんて、意識が低いんじゃないのか? 数学だけできたところで人の命は救えない。……どうだ?」


 あぁ、ウザい。鬱陶しい。

 正論だからこそ言い返す言葉もない。

 

 俺だってそんなことはわかってるんだ。

 丁度今言われたことは、ついさっき反省したところだ。

 実際、数学に囚われ過ぎていたのも事実だから図星で耳が痛い。

 

 高木李緒。

 やはりコイツ、人間としてはこれ以上にないまで終わっているが、それはそれとして頭の回転が速いし論理的思考力も割とある。

 

 言い返さない俺に肩をすくめる高木。

 お開きになってきたせいで、集まっていた野次馬も飽きたのか去っていくのが見えた。

 現一位の枝野より、秀才高木の方が一枚上手……みたいに見えたのだろうな。

 なんだか腹立たしいが、この場においては良いようにやられたので仕方ない。


 二人きりになったところで、高木は俺の隣に立つと肩に腕を回してきた。

 なんとも馴れ馴れしい仕草に頬が引きつる。


「なんだよ」

「そう邪険にするな。僕は君を認めているんだぞ」

「粘着して言いがかりをつけたいだけだろ」

「そんな無駄なことに時間を使ってどうするんだ」

「……今の状況はその無駄な事じゃないのか?」

「違う」


 怪訝に思う俺に、高木は真顔で答えた。


「僕はずっと一位が当たり前で、負けなんか味わった事がなかった。だからこそ、実力考査の後、僕は絶望していたんだ。だがしかし、気づいた。……もし君を打ち負かせたら、僕は過去一番に気持ち良くなれるんじゃないかと」

「……」

「こんなにやる気が湧いたのは君のおかげなんだ。だからカスみたいな小テストで点を落とすな。僕を失望させるな。こんなテストで三問も間違えるゴミに僕が負けたと思わせないでくれ」

「お前、重いってよく言われないか?」

「さぁ。周果子は何も言ってなかったぞ」

「あぁ、そう」


 サンプルの人間がまともな感性じゃないんだよな……と思ったのは心に留めておく。

 あと別に果子との話を聞きたかったわけじゃないのだが、なんとも微妙な気分になった。

 毎度も思うが幼馴染の生々しい話は聞きたくない。

 反応に困るから。


 あと、俺は高木の迫真の言葉に恐怖を覚えていた。

 気持ち悪すぎる。

 自分に酔っているのか何なのかは知らないが、俺に何を期待しているのだろうか。

 そもそも俺はこんな奴と張り合いたくて勉強しているわけではないのに。

 何が悲しくてコイツに目の敵にされながら勉強しなければいけないんだ。

 プレッシャーが増えるだけである。

 全くもって迷惑なこと極まりない。


 勿論、ずっと学年一位だった奴にライバル視されるのは光栄なことではあるが、こんな粘着を望んでいるわけじゃないからな。


 休み時間も終わりそうなため、その場を離れようとする俺。

 しかし、腕を掴んで止められた。


「なんだよ」

「いや、もう一つ言っておきたいことがあって」

「?」


 まだ馬鹿にしたりないのかコイツは。

 流石にしつこ過ぎて殴りたくなってきたところに、高木は耳打ちしてきた。

 その言葉に、俺は目を見開く。


「そう言えば、お前と一緒に勉強してる万年2位の負け犬ちゃんも、今回の小テストは悲惨だったようだな」


 コイツ、ラインを思いっきり飛び越えてきやがった。

 流石の俺もこれは聞き流せない。


「お前……俺の事は良いが、凪咲の事まで馬鹿にするのは許さないぞ」

「はぁ? 僕は一言も雨草凪咲だなんて固有名詞は出していないが?」

「ふざけんな。入学してからずっと2位を維持してんのはアイツだけだろうが」

「そうだったか? 2位以下の事なんか、つい最近まで気にしたこともなかったから知らなかったんだ。すまない」


 ニヤニヤとした笑みに不快感が爆発した。

 あぁ、本当にぶん殴りたい気分だ。

 成績が負けている今暴力に頼っては、野蛮だなんだと言われかねないから抑えるが、それはそれとして鼻を骨ごとへし折ってやりたい。

 何の関係もない奴を嘲笑いやがって。

 ただ俺の気を引くためだというのが見え透けているのが、救えないところだ。

 

「何を勘違いしているのか知らないが、俺とお前と違ってアイツは2位より下を取ったことがないんだ。そういう点では格上だろ」

「……」

「あと、お前実力考査で凪咲に負けてただろ? どの口が言ってんだ。そのくらいわかるだろ、馬鹿じゃないんだから」

「ッ! ……お前、アイツの事が好きだからムキになってキレてるのか?」

「女にかまけて成績落とした奴が何言ってんだ」


 暗に果子の事を言うと、高木は今日初めて顔を醜く歪めた。

 余程気に障ったらしい。


 俺は別に口論が弱いわけではないのだ。

 喧嘩するのが嫌いだから普段は流しているだけである。

 本気でイラついたら、容赦はしない。


 俺は高木の腕を振り払って、そして笑った。


「散々他人を馬鹿にすることで逆に自分の首を絞めて、学ばないなお前は」

「何の話だ」

「次のテストで、俺と凪咲二人に英語の点を抜かれたらどうする?」

「あっははっ! そんなことあり得るわけがない」

「そう言って前も負けてた馬鹿はどいつだ。勉強以外じゃ学習能力もないのか?」

「……」

「次の中間テストは英語も数学も、満点を取って文句なしで一位になる。今のうちに言い訳でも考えておくんだな。もう果子のせいにはできないんだから」


 次のテストでコイツを叩き潰す。

 得意教科も苦手教科も関係ない。

 コイツに言い訳も許さずに、完膚なきまでに全てにおいて上回ってやる。

 そこまでしないと気が済まない。

 それに、凪咲にも申し訳ない。


 俺のせいで凪咲の悪口を言わせてしまった。

 アイツは聞いていないが、そんなこと関係ない。

 俺が付け入る隙を与えたのが元凶なんだから、今回は俺が全部片づける。

 

「……やる気になってくれたみたいで嬉しいよ」


 結局コイツに乗せられる形になってしまったのは、思う壺だろうか。

 

 俺は教室に戻りながら、頭を冷やす。

 何はともあれ、ここらで高木は黙らせておきたかったし、丁度良い機会だと思っておこう。

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