第4話 幼馴染は負け犬彼氏を横に、過ちに気付き始める
「嘘みたい……ッ! コレ、アタシの点数ッ!?」
「へー、レイサのくせにやるじゃん」
「それナ! アタシの分際でマジ凄いと思うワ! ……って何言わせんの!?」
終礼間際の教室前方で、今日も帰国子女が煩い。
周りには仲の良い女友達がいて、ワイワイガヤガヤとしている。
原因はたった今配られたこれ。
今日の二限に解いた小テストの解答用紙である。
半日で全クラス400人分採点を終わらせるとは、うちの教師の本気度が分かりやすい。
そんなテストの結果を、俺は見れないでいた。
先生から受け取ると同時に点数の部分を折り曲げ、現実逃避する。
しかし一瞬、0という文字が透けて見えてしまったため、それが嫌でも脳から離れない。
クソ、失敗した。
もっと目を逸らす技術を上げなくては……。
なんて思っていると、机に影が落ちた。
同時に風に靡く綺麗なブロンド髪が視界をチラつく。
「見ないノ?」
いつの間にかそばに移動していたレイサに言われ、俺は頬を掻いた。
「最近成績落ちてたから怖くってさ。もしこれでまた点数取れてなかったら、凹む」
「別に定期テストとか模試とは無関係の、たかが小テストだよ! それに、アタシにあんなに上手に教えてくれて、そのアタシが上手くいったんだから大丈夫だっテ!」
「でもなぁ……。0点かもしれないしなぁ」
「ンなわけないって~」
肩を揺さぶられて、決心する。
ええいままよ。
パッと解答用紙の点数を広げると。
「「ひゃ、100点……!?」」
驚く数字が載っていて、俺とレイサは目を見合わせた。
と、知らないうちにレイサに釣られてやって来ていたクラスメイト達も騒ぎ始める。
そりゃそうだ。
小テストとは言っても、うちは難関高校。
定期テストを始めとして、基本的な問題は某難関大入試レベルを想定して作られている。
例え数学の入門である範囲だったとしても、そのレベルでの満点なわけだ。
「て、天才過ぎるゥー!」
「大げさだよ!」
言いつつ、俺も自分に我ながら驚いていた。
あれ、ここ最近の不調は何だったんだろうか。
つい先日までこのテストの存在すら忘れていたのに。
なんなら、果子と揉めて以降まともに集中して勉強できてもいなかった。
過去一最悪のコンディションで挑んだはずのテストだったのだ。
なのに、それがまさかの満点とは。
いや、正直わかっていた。
解いている最中も拍子抜けなくらいスムーズに解けたからな。
だがしかし、本当にそれで全問正解とは思わないじゃん。
普段と違う事と言えば、馴染みのない帰国子女に一日勉強を教えたのと、精々幼馴染と会わなかった事くらいだ。
なんで急にこんな点数を取れたんだ?
疑問に思いつつ、そこで思い出す。
俺は横で自分のことのように喜んで騒いでいるレイサに聞いた。
「で、レイサさんは何点だったの?」
帰国子女で立派な家庭の生まれだ。
それに、ここまでの喜びよう。
満点とは行かないが、それに準ずる点は取れたのだろう。
そう思って聞いたのだが……。
「ン? 31点だよ! 初めて赤点回避できたノ。マジ感謝してる! ありがと!」
「いやギリギリじゃねーか! もっと頑張れよ、おい!」
やはりこの帰国子女は、どこかおかしい。
◇
【果子の視点】
ホテルのベッドの上、ウチは横に彼氏の温もりを感じながら、幸せに耽っていた。
イケメンで頭脳明晰な彼氏と付き合って、下校後はホテルに行ったり彼の家に行ったりして身も心も満たされる。
夢のような生活だ。
あの陰気で無能な幼馴染と離れるだけで、世界が全く変わって見えた。
まぁアイツをいじめて揶揄うのも、それはそれで楽しんでいたんだけど。
行為を終えてシャワーを浴びた後は、少し休憩してから勉強会に移るのがいつもの流れだ。
ウチとしては勉強なんて怠くて構ってられないけど、彼氏の成績が落ちても困るから仕方がない。
要領の悪い男は見ていてイラついちゃうからね。
なんて考えながら、ウチは珍しく無言で背を向ける李緒君に首を傾げる。
普段は事後も優しく抱きしめてくれるのに、なんだか素っ気ない。
「どしたっ? きもちくなかった?」
聞くと、うめき声のように言葉が返ってくる。
「……今日の小テスト、失敗した」
「あー、数学のやつ? でも93点だったじゃん! 凄いって!」
「……」
今日は数学の小テストが学年で実施され、その日のうちに結果が返ってきた。
李緒君とは同じクラスで結果も知ってる。
うちの学校のテストで90点を超えるなんて、とんでもないことだ。
恐らく学年でも首位付近。
確かに満点ではないけど、難易度を考えれば当たり前。
そもそもそんな点を取れる生徒なんているわけがない。
この李緒君で93点ってことは、そういうこと。
と、ウチはそこであの間抜けな幼馴染の面を思い出して笑った。
それこそアイツなんか、どうせ7割も取れずにまためそめそしてるはず。
「大丈夫だよーっ! 多分その点数でも1位だしっ。ウチの無能な幼馴染に比べたら雲泥の差だって」
言い終えるや否や、李緒君は大きくため息を吐いた。
そのまま上体を起こし、裸の上半身が露わになる。
「……2位だよ、僕は」
「え?」
「先生に聞いたんだ。僕2位だって。1位は別にいて、そいつはしかも満点を取ったらしい」
「だ、誰?」
なんだか嫌な予感がした。
最近帰国子女の美人生徒にお熱だと噂の幼馴染の笑顔が、朧気に浮かぶ。
そんなわけがないと期待して聞いた。
なのに。
「そのお前の幼馴染の、枝野筑紫だよ」
「……ま、まぐれに決まってるよ!」
嫌な予感が的中した。
慰めるように言うと、李緒君は頷く。
「それはそうだろうな。でも、あいつが勉強を教えたっていう七村は、人生で初めて赤点を回避したって話だし」
「……ナニソレ」
ちょっと意味の分からない単語に困惑した。
今までずっと赤点だったって、ナニ?
ウチでも赤点なんか取ったことがないのに。
でも、そんなことどうでもいい。
問題はあの無能ガリ勉が、上手くいって調子に乗っている事だ。
ムカつく。
あんな雑魚、一生俯いてるのがお似合いなのにっ。
「満点、取れたはずなんだけどな。普段はしないようなケアレスミスをしてしまった……!」
「う、ウチもいつもより点数悪かったから~。問題が難しかっただけだって! だから落ち込まないで~」
「……ごめん、僕の教え方が悪かったかも」
「そ、そんな……ことないと思う」
否定しきれず、歯切れが悪くなった。
アイツなら、きっとウチに対策問題プリントを作って解かせた。
キモいから大体途中で投げ出すけど、毎度テスト問題を把握してるのかってくらい、アイツの対策は刺さるんだよね。
運だけは良いのかもしれない。
だけどもし、今回アイツがウチに勉強を教えてくれていたら、もっと良い点数を取れていた事はなんとなくわかる。
李緒君は、アイツほどウチの苦手分野に気づかなかったから。
……っていやいや。そんなわけない!
ウチは首を振り、自分に言い聞かせる。
点数を落としたら塾にぶち込むと親に脅されているから、今まで筑紫とは離れることができなかった。
アイツは馬鹿だけど、若干ウチの成績には貢献していたから。
だからこそ、李緒君と付き合えた今ではもう用済みだ。
アイツより頭が良くて、さらにカッコいい李緒君はあんな雑魚の完全上位互換なの。
ちょっとえっちが下手な事に目を瞑れば、学校では自慢になるし、勉強も教えてもらえるからいいこと尽くめだ。
そうだ。
あんな奴と比べるなんて、間違ってる。
ウチは暗い顔の李緒君に腕を回した。
そして上目遣いに言う。
「もっかいシよ? 慰めたげるっ」
「うん……」
力ない李緒君の返事に、なんだか少し体の熱が引く気がした。
そんな邪念を振り払いながらウチは彼に激しく抱かれた。
アイツだったら、こんな八つ当たりしなかったのかな。
今日はやけに変な考えが頭をよぎった。