第38話 逆転ご奉仕のお嬢様にメイドは笑う
その日の放課後の事だ。
勉強したいところだったが、HRが長引いたせいでそれもかなわず、俺を含めた全クラスメイトは教室に拘束されていた。
いわゆる、文化祭準備というやつである。
この時期はHRが謎に拡張されたり、何かと俺にとっては都合が悪い。
いずれは授業時間も文化祭準備のHRに変更されそうで、今から怯えている。
みんなが話し合いをしている最中に自習できなくもないが、俺はそこまで社会不適合者ではない。
レイサと凪咲に参加しろと言われていたこともあるし、至って真面目に協力姿勢を取っていた。
「なー、部活行きたいんだけどー」
「それな! こんな準備するくらいなら自習したかったわ」
「新人戦近いんだよー。開放してくれー」
「ちょっと男子達うるさい!」
クラスイベ怠い系男子と真面目女子のお決まりのやり取りが、なんだか微笑ましい。
こういうところからカップルができる、文化祭マジックとやらも見られるかもしれないな。
余談だが、進学校あるあるでうちの学校は部活動も結構強い。
秋には大会があるようだし、俺だけでなくみんな意外と拘束されることには不満があるようだ。
よく見ると、喋っていないだけで女子にもイライラしてそうな奴はいる。
と、教室前方のレイサと目が合った。
ニカッと笑って親指を立てるところを見ると、彼女は乗り気派らしい。
ずっと楽しみにしていたし、まぁそうだろう。
うちの高校は全学年10クラスとかなり大規模であり、受験期でお休みの三年を除いても20クラス分も出し物が出る。
それぞれ屋台や模擬店、演劇に展示など目白押し……という話をレイサから聞いた。
そんな中、うちのクラスが出す物は『男装執事カフェ』である。
一部の生徒が文句を言っているのは、これのせいもあるだろう。
俺としては男子が完全に裏方に回れるシステムがありがたいため、正直ほっとした。
もし逆の女装メイドカフェになっていたら、阿鼻叫喚だったのは想像に容易い。
そう考えると女子は堪ったもんじゃないだろうな。
なんて考えていると、女子達が衣装合わせに教室を出て行った。
さて、暇な時間の始まりである。
他クラスが続々と下校し始める中、教室で虚無に浸る生徒たち。
一部の女子のみ(醜い他薦式)が着替えているのはいいが、こうなると残された者たちはやることがない。
周りが私語や自習を始めたので、俺も乗じてノートを取り出した。
数学の復習でもしておこう。
直近で俺は数学に関して小テスト、実力考査、全国模試と連続で満点を叩き出している。
だがしかし、それはあくまで全て定期試験以外の話だ。
どうしても学校の試験は定期試験が周りも一番やる気を出してくるし、競争率も高くなる。
そこで順位を落とせば目も当てられない。
数学なら満点以外、取ってはならない。
さながらダブルアップを狙うギャンブラーくらいの緊張感というべきか。
勝てば勝つほど次を落とせないプレッシャーが高まる。
……そう考えると、癪な話だが高木は凄かった。
一学期に受けた試験は入学直後の実力考査から中間、期末試験、そして全国模試の四回。
他人事だとたかが四回かと軽視しがちだが、いざ自分が同じ立場になると震えてくる。
仮にこの前の模試の成績が学年一位だったとしても、まだ二連続。
真の意味で高木を超えるには、最低でもあと二回は連続で一位を取らなければいけないのだ。
アイツに調子に乗らせる材料を与えたくないし、なんとしてでもアイツの連取記録は破りたい。
「はぁ……。はは、何考えてるんだか」
馬鹿か俺は。
ナーバスになり過ぎだ。
どうせはなから高木なんかと競っているようではダメだとわかっていたはずだ。
全教科満点を取り続ける、くらいの気概を持ちなおそう。
プレッシャーで余計なことを考えてしまったため、首を振りながら今日の授業範囲の問題集を一通り解き終わらせる。
よし、我ながら速さと正確性だけはピカイチだ。
幼少期からの積み重ねが如実に表れたこの特技は、若干自慢である。
そんなこんなでしばらく待つうち、女子達が帰ってきた。
どこか見覚えのある本格的な執事服に身を包んだ姿に、興味なさそうだった男子の目に光が戻る。
そしてそれは、最後に教室に入ってきたレイサの姿を見た瞬間、最高潮に達する。
歓喜の声が上がる中、本人は若干恥ずかし気にはにかんだ。
クラスの中でもルックスが良い女子が選ばれているため、当然レイサはうちの目玉キャストということになる。
こうなるともはや立派なコンカフェ嬢の誕生だな。
「衣装はレイサが屋敷から持ってきた本物でーす! 汚さないよーに」
ノリノリで着替えている学級長の言葉に、俺は納得した。
道理で見たことがあるわけである。
にしても、これはかなりいいな。
照れすぎて一周回ったのか、すんとした顔で立っているレイサが何だかクールで、様になっている。
毎日本職を間近で見ているわけだし、完成度に少々期待が高まるところだ。
あと、お嬢様の逆転ご奉仕というのが意外に面白い。
普段メイドを顎で使っている女をあれこれこき使えるシチュエーションに、一部の男子は大興奮だろう。
もし外部観覧でアイツの使用人がその場に居合わせようものなら、面白いことになりそうだ。
と、うちの歓声に他クラスからも人が集まってきた。
そこでその中から、レイサと仲が良い西穂ミカがひょっこり扉から顔を出す。
一番扉側の端に立っていたレイサは、気づくと目を真ん丸に見開いた。
と、ミカはそれを見て愉快そうに大爆笑しながらレイサを指さした。
「あっはは! おー、レイサ似合ってんじゃん! さっすがお屋敷で毎日本物見てるだけはあるわー」
「ミカ……ッ!? アンタネ……!」
「普段わがまま言って使用人を困らせてるんだから、この機会に仕える側の苦労も学べばー?」
煽るような口調でいじるミカに、クラスがさらにドッと沸いた。
言われたレイサは怒ったような、焦ったような……よくわからない顔で口角だけにんまりとあげている。
そこそこ付き合いが深くなってきたからわかるが、これは多分若干イラっとしてそう。
「……アンタ、後で覚えててネ」
「友達設定のカモフラですよ。『普段は友達として、近くに居ても言い訳ができるように演出しろ』でしたよね? レイサ様の指示を全うしているだけですが?」
「……くッ。昼のコト根に持ってるノ?」
「何のことでしょう?」
前でコソコソ話していたが、内容は聞こえない。
「何話してるのー?」
「「いえ、何も」」
学級長の問いに二人は、にこやかな顔でシンクロして返事した。
西穂ミカとは以前一度授業で一緒になったきり関わりはないが、やはりレイサと仲が良いようだ。
と、そこで学級長が思い出したかのように手を打つ。
「あ、そういえば3組はメイド喫茶をするらしいので、私たちの最大のライバルとなります」
言われて俺は、驚いた。
凪咲はそんな話一度もしていなかったから、初耳だったのだ。
いつの間にか消えているミカはさて置き、委員長が続ける。
「コンセプト丸被りなので、3組だけには負けないよーにしましょー! クラス一丸となって潰すぞー!」
物騒な掛け声に、周りからも「ありきたりに負けてたまるかー」とか「客一人も渡すなー」とか聞こえた。
なんだかんだやる気なさそうに見えて、みんな温まるのが早い。
年一の特別イベントというわけで、興味がないわけではないのだ。
そしてそれは、俺も同じだった。
3組と言えば、因縁のある奴がいる。
何かと突っかかってくる高木李緒と、幼馴染の周果子だ。
凪咲がいるからそれは若干癒しだが、あの二人がいる3組には負けられない。
負けたら、また俺を馬鹿にして煽るネタを与えかねないからな。
結局今日は衣装合わせだけで解散となった教室の中、俺は思う。
高木と果子は置いておき、メイド姿の凪咲は少し見てみたいところだ。
俺はノートとは別にメモ帳を取り出し、文化祭当日の回りたい出し物リストを作る。
その第一の項目に、凪咲のメイド喫茶と書き加えた。
一人キモい笑みを漏らしながら、頷く。
これは文化祭が楽しみになってきた。