第37話 帰国子女は全員潰したい
週明け月曜日のことだ。
「ア」
休み時間にトイレから出たところ、丁度レイサとばったり遭遇した。
お互い予期せぬタイミングで顔を合わせ、驚く。
レイサに対して、俺は話したいことがあった。
朝から機会を窺っていたが、友達の多い彼女だからなかなか話しかける暇もなく、昼前の今まで経っている。
なんなら既に、どうせ昼休みや放課後に顔を合わせるからその時でいいか、なんて思っていたくらいだ。
だからこそ、丁度いいところで二人になれてほっとした。
と、じっと見つめる俺にレイサは笑いながら頬をかいた。
「な、ナニ? 急に見つめられると困るナ~」
「話がある。ちょっといいか?」
「ッ!? そ、ソレって……大事なヤツ?」
「あぁ、まぁ俺にとってはそうだな」
答えると彼女は何故か顔を赤くしながら手を振る。
何か様子がおかしい。
「そ、そんな、急過ぎない? 照れちゃってまともに聞けないんだケド」
「勘違いしてないか? 俺が話したいのは果子とのペナルティの件だよ」
「……はァ、ソレか。……って、エ? ソレはソレでなんでツクシが?」
一旦飲み込んだ後、すぐに眉を顰めて険しい顔をするレイサ。
こいつは果子に口止めしたようだし、俺が知っている事に違和感を覚えるのも当然だ。
というわけで、あの日採点会から帰った後に何があったか、そして果子から何を聞いたかをレイサに必要な範囲で伝えた。
彼女は話を聞き終わると、呆れたように苦笑しながらため息を吐く。
「アー、なンかヤダナ。ゴメンネ、裏でコソコソしてて」
「いや、俺のためだろ? こっちこそ余計な気を遣わせて申し訳ない」
俺が頭を下げると、レイサは目を丸くした。
そのまま決まり悪そうに笑う。
「ってか、なんで周サンは内緒の話をしちゃうカナァ」
「……すまん」
「アハハ、なんでツクシが謝るノ。悪いのは約束守ってくれない周サンと、勝手に動いたアタシだから」
「レイサは悪くないだろ。むしろありがとう。聞いた時は嬉しかったよ」
「へ、エヘヘ。やめてよ」
その後、特に話す事もなく微妙な間が生まれた。
ぱちくりと瞬きするレイサに、恐らく情けない顔をしていた俺。
妙な空気間で物凄く気まずくなった。
「フッ、ナニこの間」
「ほんとな」
苦笑しながら頷く。
それにしても、最近の俺はなんだかレイサに助けられ過ぎている気がする。
凪咲にもそうだが、逆に俺からしている事なんか勉強を教えている事くらいだ。
それすら、結局巡り巡って自分の為になっているんだから、今回のレイサの気遣いのような一方的な優しさって考えると、あまり渡せてないような。
これはまずい。
なんとか挽回しないと。
というわけで、俺は最大限の笑みを浮かべて言った。
「困ったことがあったら、なんでも言ってくれ!」
「エ……な、ナニソレ」
レイサは引きつった笑みで困惑していた。
◇
【レイサの視点】
「ミカ! ミカ!」
「……なんでしょうレイサ様。授業中ですが」
「そんなことより大事な話なノ!」
「まぁ。授業をそんなこと呼ばわりして差し置くなんて、枝野筑紫が聞いたら激怒しそうですね」
大事な授業を抜けてくることになったが、それどころではないから仕方がない。
アタシはツクシと別れた後、即行で人気の少ないトイレに籠り、ミカに連絡した。
その後一分も経たずして、やってきてくれたわけだ。
流石はアタシのメイド。
足が速くて助かる。
「それで、用は?」
若干不機嫌なミカの手を握り、アタシは聞いた。
「カレが優しすぎるンですケド! もしかして、マジで大チャンスきた!?」
「授業に戻っていいですか?」
ヌルっと手を振りほどいて去ろうとするミカを、アタシは羽交い絞めにした。
逃がすわけにはいかない。
「やっ……レイサ様の胸がっ」
「いくらでも堪能してイイから逃げないで」
「恥じらいがないものに興奮などしません。はぁ、分かったので手を解いてください」
言われてアタシは離れた。
と、超面倒くさそうにスマホを見ながらミカは聞いてくる。
「で、何の話でしたっけ?」
「ツクシが優し過ぎるノ! いっつもノンデリ気味なのに、さっきからやたら感謝してきたり、急に『困ったことがあったら、何でも聞いてくれ』とかカッコよく言ってきたり!」
「へぇ、よかったですね」
「……真面目に聞いてる? 冷たすぎるでしょアンタ」
「そりゃ毎日のように似た話を聞かされる身にもなってください。しかも今授業中ですし。周果子には散々言ったくせに、自分は他人の勉強の邪魔するんですね?」
「だってアンタ、授業中いつも落書きか居眠りしかしてないの知ってるし」
「……」
ミカがツクシみたいに授業を真面目に聞いている子なら、アタシだってこんな呼び立てはしない。
どうせ教室に居ても先生の話なんか聞かない奴だと知っているから、アタシはこうやって呼び出したんだ。
メイドは主人をよく見てるだろうけど、逆も然りである。
と、名前を出して思い出したのか、真面目な顔でミカは口を開いた。
「例の周果子ですが、今日は朝からずっと自分の机で珍しく勉強していますね。かなり気合が入った様子でしたが、何か心境に変化があったようです」
「ツクシと少し話したみたいだからネ」
多くは聞けなかったけど、何か接触があったのは事実だし、恐らくそれと模試の結果が関係しているんだろう。
アタシとしては、模試の成績勝負で勝ちを確信しているからもうなんでもいい。
正直あんまり関わりたくないし。
「っていうか、どう思う? やっぱアタシの成績が上がったから見直してくれたのかな」
「どうでしょうね。私は枝野筑紫の事をよく知らないのでわかりませんが、なんとなくもっとしょうもない理由だと思いますよ。考え過ぎです」
「……確かに、思わせぶりなことを無意識で言う人だしナー。タチ悪いワ」
まったく、さっきは本当に焦った。
このまま告白されるのかと勘違いしそうになったんだから、ツクシはもう少し声のトーンとかを考えて欲しい。
いや、実際の本題も十分大切なことではあったんだけども。
まぁいい。
模試が終わってもアタシの目的は変わらない。
ツクシを自分のモノにするというのが、こっちの最終目標だからね。
その点、周サンは大きくズレたことを言っているわけではない。
もっとも、アタシが戦うべき相手は周サンだけじゃなくて、すっかり仲良くなってしまったナギサもだ。
「ナギサ、最近やけにツクシと仲良いからなァ」
「それなら朝、二人が話しているのを見ましたよ。なんでも数日後に二人でカフェデートに行くんだとか。雨草凪咲から誘っていましたね」
「ハァァァァァァッ!? ソレ早く言ってよ!」
「えぇ……」
なんて手が速い女だ。
清楚ぶっているけど、なんだか妙に甘えるのが上手いし可愛いし、反応も一々やけに狙ってるのかってくらい刺してくるんだよね。
恐ろしい。
早めに手を打たなければ、マジで寝取られそう。
周サンに気を取られていたけど、やはり一番要注意なのはナギサだ。
しかし、アタシはすぐに思い出す。
そう言えば、もうそろそろアレがあった。
アレなら、上手い感じでツクシと距離を縮めつつ、ナギサも周サンも、ついでに高木クンも出し抜けそうだ。
来月に行われる文化祭はクラス単位で動く。
クラス団体で協力して準備し、他クラスの出し物と競い合うんだ。
ツクシと唯一同じクラスのアタシが、どう考えても有利である。
しかも確か、うちのクラスとナギサ達がいる3組は出し物が似ていたはず。
となれば、正面から完全に叩きのめすことができる。
ふふ、ナギサ。
悪いけどアンタにもツクシは渡せない。
仲良しだからって、なんでもシェアできるわけではないんだから。
「ミカ、ついでにアンタも潰すことになりそうだワ」
邪悪な笑みを浮かべるアタシに、ミカは溜息を吐く。
ぼそっと、興奮するアタシの耳に入らないくらいの声で言った。
「枝野筑紫……。これ以上うちのレイサ様を振り回さないでください」
何はともあれ、燃えてきた。
文化祭は乙女の静かな戦場になる……!