第36話 幼馴染は過去に耽る
【果子の視点】
ウチは、昔から勉強をする筑紫が嫌いだった。
だって、ウチのこと見てくれないから。
筑紫とは小学校1年生で、同じクラスになったのがきっかけで仲良くなった。
昔のアイツは元気で面白くて、勉強なんかせずに遊び呆けているようなタイプだった。
それで、休み時間だけじゃなく放課後も遊びに行ったりと、気づけばどんどん距離が縮まったのを覚えている。
状況が変わったのは小学校2年か3年くらいの時。
アイツのお父さんが病気で亡くなったのをきっかけに、ウチが好きだった筑紫は徐々に消え始めた。
休み時間は教科書とにらめっこする時間が増えたし、放課後も先生の所に勉強を聞きに行く機会が増えた。
隣の席になった時だって、その前なら二人でお喋りして遊んでいたところを、無視されるようになった。
徐々に、アイツはウチを見なくなったんだ。
医者になるという夢も、その経緯も知ってる。
元の賃貸マンションを出て、うちの近くに引っ越してきた時は奇跡だと思ったけど、アイツはもうウチと遊んでくれることはほとんどなくなっていたから意味がない。
『ごめん。今日も勉強しないと』
それが筑紫の口癖だった。
そんなアイツが唯一ウチを見てくれるのは、揶揄った時。
ちょっかいを出すと、アイツは照れ笑いを浮かべながらウチのことを見てくれる。
勉強中に話しかけると反応はもっと良かった。
以前のアイツみたいに、いたずらに笑みを浮かべながら話してくれるのが嬉しくて。
次第にウチはアイツに勉強を聞くようになった。
ずっとウチになんて見向きもしなかったアイツだけど、勉強のことになるとしっかり相手をしてくれた。
それが、嬉しくて。……苛立たしくて。
ウチは勉強を習いながら、その合間にアイツにちょっかいを出して、その様子を見て楽しんでいた。
正直、ウチのいじりがエスカレートしていたのはわかる。
だけど、別にじゃれ合いの延長だけじゃない。
アイツに対してウチの当たりが強くなったのは、他に明確な理由がある。
筑紫は、ずっと一緒に居たウチとは別に、他の女をよく見ていた。
しかも大体、それは頭の良い女がほとんどだった。
一番ムカついたのは中三の時だ。
学校の中でも割と可愛い寄りで、成績も常に上位の山吉文乃と仲良くし始めた時は、流石に許せなかった。
丁度ウチが勉強を本格的に習っていた時期だったのに、アイツはウチよりも他の女の方ばかり見ていた。
いや違う。
正確には大半の時間をウチに費やしてくれているのは知ってたけど、それはそれとして別の女とコソコソ話しているアイツが許せなかった。
ウチがそれとなく聞いてもはぐらかされるだけだったし、なんだか物凄く蔑ろにされている気がした。
だからウチは、山吉に釘を刺したんだ。
『筑紫のこと好きなの?』
『え、いやそういうわけではないけど』
『ふーん。じゃあ距離近すぎじゃない?』
『っ! ……わかったよ、離れる』
『キャハハ、なにそれー。別にウチに気を遣わなくてもいーんだよ? ただ周りからどー見られるか、考えたほうがいいかもねっ?』
ウチは別に筑紫が好きだったわけじゃない。
あの日以降、ウチを正面から見てくれなくなった幼馴染が、ずっと気に障っていただけ。
そうだ。
そうに違いない。
ウチがアイツの事好きだなんて、そんなことは断じてありえない。
暗い部屋の中、ウチは膝を抱えて座り込んでいた。
足元には自己採点した模試の答案コピーがある。
肘を擦りむいて少し血が出ているのが痛いし、最悪の気分だ。
「ムカつく……っ。なんなのアイツ、なんなのマジ」
筑紫がウチよりも勉強を優先していたのは知ってた。
だけど、それでも一番長く過ごしてきたのはウチだから。
まさかあんなにざっくり切り捨てられるとは思わなかった。
それと同時に、さっきからあの日七村に言われた言葉が頭を離れない。
ウチは、筑紫が好きなの……?
なんて、そんな馬鹿な。
自問してみたけど、答えはNOだ。
なんなら大っ嫌いだと断言できるレベル。
そもそも、アイツが好きなら他の男と付き合ってセックスなんてするわけがない。
……でも少し、アイツの反応が見てみたかったのは事実だ。
ファストフード店で李緒君と一緒に去るウチを見て、筑紫は何を思うのか。
当たり前に隣にいた幼馴染が他の男に寝取られて、そこでようやくウチを見てくれるかもと、期待していたのかもしれない。
だけど現実は違った。
アイツはウチのことなんか本当に眼中にもなかったらしい。
今日の言葉は照れ隠しや衝動に任せて放った言葉じゃない。
本気でウチを軽蔑するような目をしていた。
そもそも筑紫はカッとなっても、ウチを不用意に傷付けるような事は絶対に言わない奴だ。
ただデリカシーがないだけ。
「前と同じ関係で、居たかっただけなのに」
平均的な偏差値の普通科高校に一緒に通って、たまたま同じクラスで隣の席になったりして。
昔みたいに授業中に駄弁っては笑い、放課後も二人で集まって買い食いしたり家でゲームをしたり、買い物をしたり。
そういう未来が、欲しかっただけなのに。
「……ウチが悪いの?」
ダメだ。
苦しくて頭が痛くなる。
自分の思考と行動が繋がらなくてもやもやが止まらない。
「七村も雨草も、全員嫌い。筑紫なんか、本当に大っ嫌い」
本当にムカつく。
どうにかしてウチの方を見させたい。
あの幼馴染の頭の中をウチで埋め尽くしたい。
そのまま視線を勉強机の方へ移した。
ウチは、それを可能にする術を一つ知っている。
ゆっくりと怪我した手で答案コピーを拾い上げた。
筑紫に散々言われたその点数から、目を逸らさない。
これが、カギになるんだから。
ウチが成績を上げたなら、アイツはウチを意識せざるを得なくなる。
ムカつくけど、このまま負けて終わるのは嫌だ。
筑紫を振り向かせたい。
そしてあの帰国子女も、筑紫に引っ付いて回っている邪魔な清楚ぶってる女にも負けたくない。
過去に囚われて何が悪い。
ウチが好きだったのは、昔のアイツだ。
今のアイツなんか、殺してやる。
「ふ、ふひっ。……ぐすっ、ぜったい、ぜっだいに許さない。ウチのことしか、見れないようにしてやるんだからぁ」
まずは次のテストだ。
ウチが筑紫に近づけなくても、アイツから近づいてくるように仕向ければいいだけ。
そのためには、なんだってしてやる。
「雑魚じゃないもん。やれば、できるんだもん……っ」
ウチは泣きながら勉強机に向かった。
◇
【あとがき】
お世話になっております。瓜嶋 海です。
一章はここで区切りとなり、次は情報だけチラ見えしていた文化祭や中間試験のお話に入ります。
無理のないペース(恐らく隔日?)にはなりますが、引き続き更新していくのでよろしくお願いします。
それと、近日中に新作小説を投稿予定です。
今作とは対極な”幼馴染がただただ可愛く、そして報われる”話にする予定なので、心が荒んでしまった人はそちらで癒されてください。
それでは改めまして、ここまでありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。




