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第35話 ”ざぁこ”だったのはお前のおつむの方だろ

 模試が終わった後、俺は二人との採点会を終えて帰宅した。

 珍しく夕方前の解散となって、今日は時間が残っている。

 国語を中心に、復習はあらかた終わらせてきたため、帰ってからは次の中間テストを見越して学校の勉強をしてもいいかもしれない。

 最近は模試対策に時間を取られていたからな。


 帰宅後、自室で参考書を開きながら自分用に課題を書き出していく。

 その際、ファミレスでのことを少し思い出した。


『ア、アタシ今日はもう帰るネ』


 普段は誰よりもだらだらと話したがっていたレイサがそう言い出した時は少し驚いたものだ。

 休日だから予定でもあったのだろうか。

 俺たちの他に友達も多いアイツのことだし、遊びに行く用事があってもおかしくはない。

 今日集まったのも急遽予定立てたことだったし、そうなら少し申し訳ない。


 それにしても、あのレイサが模試で平均7割も取る日が来るとは思わなかった。

 まだ話し始めて1か月程度だが、明らかに知識の定着速度がおかしい。

 逆に今までどれだけサボっていたんだろうか。


 なんて、嬉しい気持ちになりながら考えていると、家のチャイムが鳴った。

 安い物件なため、テレビドアホンなんか付いていない。

 だからこそ、玄関まで出ないと相手が誰なのかわからないのだが、それが俺にとっての不幸を招いた。


「はーい……え?」

「何その顔ー。久しぶりに遊びに来たよっ」


 玄関の前に立っていたのは幼馴染だった。

 前みたいに髪をツインテールにしており、顔には楽し気な笑みを張り付けている。

 なんだかやけに上機嫌で、俺は冷や汗をかいた。

 今日このタイミングでこの顔は、ちょっとまずい。


「呼んでないけど」

「はぁ? なんであんたの許可が必要だと思ってんの? ってか、別に今日は揶揄いに来たわけじゃないから安心しなよっ。キャハハ」


 普段のアレが揶揄いの範疇であると勘違いしているようだが、もはやいじめのレベルであることをこいつは自覚したほうがいい。

 もっとも、別に俺もやられっ放しでいるつもりはないから、今後何かしてくるなら普通に対処する。


「で、何の用だ」

「模試の自己採点したから、その報告。キャハハ、見る? ウチの努力を」


 そう言って渡してくる果子の答案コピーに、手を伸ばそうとして緊張した。

 この表情と発言から、コイツなりに良い点だったということがわかる。

 そしてその点がレイサのものを上回っていたら、もう一気にどん底だ。

 さっきまでの楽しい気分が台無しになるし、賭けをしていた分俺はコイツから逃れられなくなる。


 いや、でも違う。


 これは俺と凪咲とレイサ対果子の三対一だ。

 負けるわけがない。

 そもそもそんなに良い点を取ったなら、コイツの腐りきった性質上恐らく上機嫌を超えて俺に対して『アンタ、ほんとに無能だったんだー。ウチ一人の方が点とれたんですけど。キャハハッ』とか言ってくるはずだ。

 あぁ、これだ。

 しっくりくる。


 というわけで意を決して答案を見ると、俺は目が点になった。


「どー? ウチだってやればできるでしょ?」

「え、何が?」

「……え?」

「いやだって、別に数学がそこそこいいくらいで、他二教科は悲惨だし、別に喜ばしいような成績では……あ」


 言ってから焦った。

 相手が果子だから、フォローという概念が抜け落ちていた。

 以前はこの点数でも、むしろ点が取れた数学に対して過剰に褒めたりしてフォローしてあげていた気もするが、鬱陶しさのせいでテキトーにあしらってしまった。

 元々デリカシーに欠けるらしい俺だということもあって、火力が高過ぎる言葉になった気がする。

 

 恐る恐る果子を見ると、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべていた。


「……なにそれ。ウチだって頑張ったじゃん。あんな格下の帰国子女なんかと戦うためだけに自習したんだよっ? そんなこと言わなくても」


 一瞬同情しかけたが、やっぱり無しだ。

 この期に及んでナチュラルにレイサを馬鹿にしたコイツの態度が、俺はやっぱり許せない。

 さっき下手に慰めたりしなくてよかった。

 こんな奴にかける情などない。


「で、この点がどうしたんだよ」


 聞くと、果子はもじもじしながら数学の答案を指した。


「それ、前にもらってたあんたの対策プリントを使って勉強したの。そしたら初めて数学で6割も取れた」

「そうだな」


 何を今さらなんて思うのは、流石に自惚れだろうか。

 俺は元よりテストで7~8割は取れるように対策プリントを作っていたのだから、今まで真面目に解いておけば本来もっと点も取れたはずだ。

 何が言いたいのかわからず首を傾げると、果子はふっと薄く笑い、腰に手を当てて言ってきた。


「あんたは、やっぱりウチにとって必要なのっ」

「……」

「だ、だから。やっぱりまたあんたと一緒に居てあげてもいいけどっ?」


 自信満々に言ってきた果子の顔が、俺には既に可愛らしい少女には見えなくなっていた。

 なんだこの邪悪で浅ましい人間は。

 こんなのが俺の幼馴染って、嘘だろ?


 無言で戸惑う俺に、果子は自慢げに続ける。


「ま、どーせ今回の模試で七村には勝っただろうから、あんたはウチのモノ確定だけどねっ」

「……あぁ、そういうことか」

「?」


 コイツ、そもそも前回の実力考査でレイサが何点で何位だったのかも正確に把握してないんだ。

 元の赤点女王という情報だけを頼りにこんな勝負を挑んで、そしてそう勘違いしているから今回も勝ったと思い込んでいるらしい。

 確かにあの時のレイサになら、この果子の点数で勝てるだろう。

 だがしかし、あの時のやる気のない七村・F・レイサはもういない。

 俺の知っている今のアイツは、普通に校内上位層に片足を突っ込んだ、それはもう優秀で素直な生徒である。


 なんとも、ここまでお花畑なのはもう救いようがないな。


「お前、前に俺におつむが雑魚だとか言ってくれたよな?」

「それがぁ? あんなのただのいじりじゃ――」

「舐めてんのか。”ざぁこ”だったのはお前のおつむの方だろ」


 俺の言葉に果子は笑みを引きつらせた。

 そしてそのまま、徐々にその顔に怒気を孕んでくる。

 

「……今謝るなら許してあげる」

「謝らねえよ。そもそも昔俺がお前に言い返さなかったのも、報復が面倒だったからってだけだ。でももういい。相手にしてられない」

「なにそれっ!」


 激高する果子に、俺はさらに答案コピーを突き返した。


「そもそも、この点に間違いがないなら今回はレイサの圧勝だ。お前の数学の点数、レイサが一番低かった国語の成績とほぼ同じだぞ。俺のプリントを使ったならもう少し点取れよ。俺はそれができるくらい、お前の為に時間を使って対策プリントを作ってやってきたんだ。この程度で喜ぶな」

「……あっそう」


 俺から受け取った答案を果子はクシャっと握りしめる。

 そして今度は不敵に笑った。

 まるでただ俺を傷つけたいだけと言わんばかりの表情に、こちらも怯まず毅然として相対する。


「じゃあこれは知ってる? 七村があんたに嘘ついてること」

「は?」

「今回の勝負のペナルティ、あんたはウチが負けたら参考書セットを買ってあげることになってると、思ってるでしょ?」

「あぁ」

「キャハハッ! 騙されててウケる~。ほんとは違うんだよ?」


 突然の話に俺はついていけず、動揺した。

 何故レイサが俺に隠し事なんかしたのだろうか。

 そもそも、そのペナルティとは一体何なのか。

 思ってもみない暴露に、体が強張るのを感じる俺。

 と、それを愉快そうに見ながら果子はぺらぺらと喋り始めた。


「アイツ、ウチが負けたらペナルティとして二度と筑紫に近づくなって言ってきたんだよ? ガチ独占欲強過ぎてきっしょいよね~。 あんた、あんなのが好きなの? 流石に女見る目ないわぁ、アレだけはないない! ま、これはアイツが内緒にしとけって言ってた話なんだけどね? ウチは優しいから、馬鹿な幼馴染が腹黒い帰国子女に騙されないように教えてあげたってわけ。感謝してっ?」

「なんで……?」

「ん? あ、アイツがこんな提案してきた理由? この前ウチがあんたの悪口とか前に揶揄ってたことを喋ったら、急に七村が怒り出したの。それで、もうウチに筑紫と関わるのやめろとか言い出してさ。なんかあんたがウチとの関係を七村に話したがらなかったらしいじゃん? でもこのペナルティを変えた理由をあんたが知ったら、七村がウチから何があったかを聞いたのがあんたにわかっちゃうのが嫌とか言ってたね。どーせ自分の重い独占欲を隠すための方便だと思うけどっ」


 俺は別にそんなことを聞きたくて「なんで?」と聞いたわけじゃない。

 何故こいつは内緒と注意されたことを平気で喋れるのか。

 その不自然さに疑問を覚えただけだ。


 だがしかし、長々しくわかりにくい説明を受けて俺はふと笑みを漏らす。

 本当に、本当に……アイツは良いやつ過ぎるな。

 わざわざ俺を気遣って、裏でそんな手を回してくれていたとは。


 ……だがレイサ、そこまでの配慮はいらない。

 俺はもう弱くないのだ。

 二人のおかげで吹っ切れた。

 別に何を聞かされていても、どうでもいい。


「な、なに笑ってんの?」

「いや、別に。っていうか、帰れよ」

「はっ!? なんで!?」

「その話が本当なら、お前は負けたんだから俺に近づいちゃダメだろ。別に模試の結果が返ってくるのを待っていてもいいが、時間の無駄だぞ」

「っ!」

「あと一つ、ペナルティを付け加えていたらよかったな」

「……なに」


 俺は散々俺や家族、そして大切な友達まで蔑ろにしてきた幼馴染を睨みつけた。


「今後、俺だけじゃなくレイサと凪咲にも近づくな。これ以上俺の大切なモノを荒らさないでくれ」

「……さっきから格好つけてなんなの。そんなにあの馬鹿嘘つき帰国子女と猫かぶりガリ勉女が好き!? ずっとウチのこと好きだったくせに!」

「――え? なにそれ」


 意味が分からない言葉が聞こえた。

 俺が、コイツの事を好いていると?

 なにそれ。

 どこから出てきた情報なんだよ。


「本気で言ってるのか? 昔からそんな感情一度も抱いたことないけど」

「――!? え、え?」

「俺がお前と中高で一緒に居たのは勉強を教えるためだ。お前がお願いしてきたんだろ。そりゃ勿論前は嫌いだったわけでもないが、それだけだ。お前が昔から俺に好き好き言ってくっ付いてきてたから、幼馴染のよしみで助けてやってただけ」


 言うと、果子は我慢の限界が来たらしい。

 答案を離し、その手のひらを思いっきり開いて振り上げた。

 そして真っ赤に染めた顔で目に涙を浮かべながら、手を振り下ろす。

 それを受けて俺は、自分の顔に向かって真っすぐに伸びてくるそれを……勿論躱した。

 空ぶった果子はそのまま盛大に転んだ。

 何をやっているんだコイツは。


 ここまで来ても思うようにいかなければ今度は暴力か。

 もうダメだ。

 話す価値もない。

 色んな意味で終了である。


「……じゃあな」

「……うっ、ぐす。ふ、ふぇぇぇん」


 話す事もないため、俺はそう言って扉を閉めた。

 若干怪我してないか気になったが、まぁ自業自得なので知らん。

 どうせ擦りむいて青痰ができるくらいだろうし、その程度で泣かないで欲しいものだ。

 迷惑にも人の家の前ですすり泣く声に溜息を吐きながら、俺は自室に向かう。

 本当に、どこまでも鬱陶しい。


 自室に入ってから、勉強を再開しようとした。

 しかし、流石に感情が渋滞しすぎて集中できない。

 参ったな。


 この調子じゃ身が入らないため、何かないかと俺は周囲を見渡す。

 と、その流れでスマホを見た時である。

 俺は幼馴染なんかより、スマホに来ていたメッセージの方に一瞬で気を取られた。

 


『ツクシ、いつもありがとね!』

『あと、今度からアタシも何か勉強教えてあげるから、かかってきなさい(なんかイラつく顔文字)』

『アタシの成長速度を舐めないでね?笑』


―――


『今日もありがとうございました。楽しかったです』

『それと、今度また例のカフェに行きましょう。新作のスイーツが出たらしいですよ!』



 レイサと凪咲。

 今までは関わることもないと思っていた学内人気屈指の美少女たち。

 そんな彼女たちと、まさかこんな関係になれるとは思いもしなかった。

 

 若干後味の悪い別れを引きずりかけていたが、二人のメッセージを見て笑みが零れた。

 過去なんか見ていても仕方がない、か。

 俺もアイツも、未来に目を向けなければいけない。


「……にしても、数学だけ点が高かったのは複雑だけど若干嬉しかったな」


 最後に一言そう呟いて、俺は苦笑した。

 過去を完全に拭い切れるのは、まだ先になりそうである。

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