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第34話 再び絶望する元秀才と哀れな幼馴染

 模試から数日経った日の事。

 高木李緒はとある噂を耳にした。


「そーいえば聞いたー? 枝野君の話」

「あー、模試の自己採点でしょ? 数学が満点だったって」

「それそれ」


 廊下を歩いていた時、喋っていた女子達の声が聞こえた。

 高木はそんな声に耳を済ませながら、歩くペースを落とす。

 

「でも自己採点じゃん。いくらでも嘘つけるくない?」

「いやいや、それが採点したのが雨草さんなんだって」

「ガチ? ってか最近凪咲ちゃんと枝野君ずっと一緒にいるよね」

「それな。やっぱ付き合ってんのかな」


 勉強の話から一変、下世話な恋バナに変わったところで高木は聞き耳をやめた。

 廊下のロッカーから教材を取り出し、次の授業に備える。

 

 教室に入ると、高木は男子生徒らに絡まれた。

 肩に腕を回され、馴れ馴れしく話しかけられる。


「なー、聞いたかよ? 枝野がこの前の模試で数学の満点取ったって」

「らしいな。まぁでも、いくら一教科満点を取ったところで全体点数が低かったら意味がない」


 高木は薄く笑いながら言うと、今度は別の男子が口を挟んだ。


「あの日、あいつらファミレスで採点し合ってたらしいけど、それ聞いた奴によると全教科ほぼ満点だって話だぞ」

「……ま、まぁたかが高一の全国模試だからな」

「おー、さっすが高木。お前はオレらのクラスの希望なんだから、あんなヤツに負けんなよ?」

「勿論さ」


 高木は決まりが悪かった。

 何しろ、今聞いた話だけでも枝野筑紫がまたもや快進撃を見せたことが分かったから。


 男子達から逃れ、自分の席に着く高木。

 彼は、冷や汗を流しながら絶望していた。


 嘘だ。僕が二度も負けるわけがない。


 頭を抱えて歯ぎしりしそうになるが、ここは教室である。

 誰の目に留まるかもわからないところで醜態は曝せない。

 勿論自己採点を済ませている高木は、自分の成績を大体把握している。

 それによると国数英の順に、83点、91点、97点だ。

 満点は一教科も取れなかっただけでなく、90点すら大幅に切ってしまった教科もある。

 噂を鵜呑みにした推測だが、恐らく枝野筑紫は遥かにその上をいっている。


 二度も敗北を喫し、プライドをへし折られて気が狂いそうになっていた。


 元々、高木は今回の模試でかなり自信があった。

 前回よりは点を落としたが、今回は前とは模試の作成会社も異なれば、範囲も広く、難易度が高くなっているのが分かっていた。

 そんな中でも平均9割を超えていたため、自分こそが学年一位だと疑っていなかったのだ。

 今日この時までは。


「……いや、まだ結果は返って来てないんだ。何かの間違いに違いない」


 ぼそりと呟き、留飲を下げようとする。

 とは言え、すぐに数学で筑紫が満点を取っていたというほぼ確定の情報だけが耳に残り、悔しさを拭いきれない。

 どう考えても数学に関しては負けているわけで、完璧主義の高木にとってはそれすらも許せないことだった。


 一体、僕が何をしたというんだ。


 高木は自分の境遇を呪った。

 入学してから夏までずっと一位をキープし、夏前には同じクラスで二番目に可愛いと噂だった女子とも付き合えた。

 夏休みは何度も会ってセックスしたし、心身ともに充実していた。

 まさか、それこそが最大の罠であるとも知らずに。


 周果子と関係を持ってから全てが壊れた。

 自習の時間は彼女の無駄話に奪われ、勉強を教えれば物分かりが悪すぎて手を焼かされる。

 そのせいで順調に成績を落とした。

 結果として果子とも別れることになったし、今の高木には夏に覚えた快感以外何も残っていない。

 それだって、もはや誇れることではない。


『ガチ? 最近凪咲ちゃんと枝野君ずっと一緒にいるよね』

『それな。やっぱ付き合ってんのかな』


 先ほどの女子生徒の噂がフラッシュバックして高木は顔をひきつらせた。

 そう、今や枝野筑紫は学内の二人の人気美少女を侍らせるハーレム気取りだ。

 周果子なんかで満足していたのが馬鹿らしく感じる。

 自分が高嶺の花だとはなから諦めていたあの雨草凪咲まで、筑紫は手に入れたのだ。

 その事実が、さらに敗北感を煽る。


「どしたの? 面白い顔して」

「チッ! 君に何が分かる、西穂ミカ」


 不意に声をかけられ、高木は不快感に思わず舌打ちをした。

 と、声の主である腹の底が知れない女は、冷たさの中にどこか嘲笑のニュアンスを含んだようなトーンで続ける。


「別に? ただ涙目でこの前の模試の答案コピーを眺めてるから、結果が悪かったのかと思って」

「……」


 高木は気付けば目に涙を浮かべていた。

 無意識に、何度も確認し直した模試の答案コピーまで机に出している始末。


 隣の席でやけに愉快そうに笑うおさげの女を見ながら、高木はそれらをしまった。





【果子の視点】


 李緒君が絶望する数日前の事。

 そんな事は知る由もない私は、模試当日の放課後、帰宅してからすぐに自己採点を始めた。

 そして、すぐに笑みが零れてしまった。


「ウチ、凄いかも。数学でこんな点取ったの初めて!」


 たくさん丸を付けた答案用紙に、ウチは堂々と62という点数を書き加える。

 恐らく、全国偏差値も60近いだろう快挙だ。

 しかもこれを誰の手も借りず、自力で取ったという事実に愉悦が止まらない。

 やっぱり七村も筑紫も全員馬鹿だ。

 ウチのことを舐め腐っているから、勝負にも負けることになるんだ。

 七村は赤点女王だし、いくら筑紫に教わってもたかが知れている。

 こんな良い点を取ったウチに勝てるわけがない。


「キャハハ! やっぱおつむの弱い雑魚でウケる~」


 国語と英語は46点、48点と渋めではあるものの、それでも数学の点数を加味すると校内でも真ん中よりちょっと低いくらいに落ち着きそうだ。

 前回から成績も戻りつつあって、ウチはほっと胸をなでおろす。

 

 だけど、それと同時に机に残るプリント群に目を細める。

 昨晩遅くまで使っていた対策は、他でもない筑紫が昔ウチに用意してくれていたものだった。

 今回の模試は夏前までの範囲だったから、丁度前のプリントが使えたのである。

 これを勉強して、苦手だった数学で初めて6割も取れたんだ。

 自力で点を取ったとは言ったけど、正直これは認めざるを得ない。


「ふ、ふん。癪だけど、やっぱりアイツは必要かもっ」


 今までまともに使いもしなかったけど、ここ最近真面目に取り組んで改めて筑紫の有用性がわかってきた。

 アイツの事自体は嫌いだけど、こんな点数を取れるんならまたアイツに勉強を習うというのが、今のウチにとって最適解な気がする。

 まぁそんな事を考えずとも、ウチは賭けに勝ったんだ。

 この成績であんな頭空っぽ女に負けるわけがない。


 あの七村を下し、ウチは筑紫にまた勉強を教わる。

 これで成績も元に戻るだろうし、七村は筑紫に近づけなくなるからそれも気分が良い。

 目の前を煩く飛ぶ蝿は駆除しないといけないもんね。


 あの女、ウチが筑紫のこと好きとか、勘違いも甚だしい事を言っていた。

 言われた時は笑いが止まらなかった。

 一体何を言ってるんだろうかアイツは。

 ウチらのことを、何も知らないくせに。

 

「ってか、そうと決まれば後で筑紫の家に行こーっと。アイツの対策プリントも役に立ったし、ちょっとだけ優しくしてあげてもいいかなっ? キャハハ」


 行くなら夜が良い。

 夕飯も出てくるだろうから。

 ウチ、アイツのお母さんが作るご飯が昔から好きなんだよね。

 マズいって言ったらショックそうな顔するから、それが見たくて筑紫にはいつも嘘ついてたけど。

 揶揄い甲斐のある顔をするから悪いんだ。


 ウチは久々の楽しみに胸を躍らせた。

 まさか、絶望が待っているとはつゆ知らず。


 なんなら、国語と英語で大幅に採点ミスをしていて、合計点を誤って計算していた事もこの時のウチは知る由もなかった。





【テスト後恒例のあとがきのような補足】


 筑紫  国92 数100 英96 計288/300点

 凪咲  国94 数92 英88 計274/300点

 高木  国83 数91 英97 計271/300点


 レイサ  国61 数74 英74 計209/300点

 果子  国38 数62 英28 計128/300点

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― 新着の感想 ―
残念な子だなぁ。それはからかいじゃなくてただの誹謗だよ…
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