第32話 裏で確実に幼馴染を追い込む帰国子女
模試は週末の土曜日を午前だけ登校日にして行われる。
受験ガチ勢以外は堪ったもんじゃないスケジュールに、一部の生徒からは阿鼻叫喚。
俺としては平日の授業日が削れるより遥かにありがたいのだが、そんな事を思う生徒は極少数だろう。
日程は朝から数、英、国。
試験時間は上から100分、90分、80分であるため、集中力的にはありがたいものになっている。
得意教科の順に受験するのは、俺としては運が良いのか悪いのか、微妙なところではあった。
だがしかし、文句を言っても仕方がないのでただ懸命に解くだけである。
というわけで模試当日の今日。
既に三教科の全てを終えて、今は国語の試験の残り4分という時間だ。
古文漢文の読解に特に詰まらなかったため、珍しく時間が余った。
見直しも一通り終わって、精神統一しながら今日一日を軽く振り返る。
まず朝一で受けた数学について、これは正直かなり手ごたえがあった。
濁さず言うなら多分満点を取れたと思う。
元々数学は得意科目だし、この前の実力テストもその前の小テストも全部満点を取っている分、なんとなく感覚的に今回も同じような感触だと分かった。
だからあまり心配はしていない。
次に二つ目に受けた英語だが、こちらもわからない問題はなかったと思う。
特に先週末、凪咲と受けた特別授業がもろに刺さっていた。
あの日解いてわからなかった単語が、似たような文脈で出題されていたのだ。
勿論ガッツリ復習していたため、今回は躓かなかった。
解いている時は、思わず凪咲への感謝で顔がにやけたのを覚えている。
監督先生からしたら、さぞキモかっただろう。
そして最後に、今解いている国語だ。
穴はない。
今まで空欄を作ることも多かったが、今回は時間に余裕を持ちながら全問解き切っている。
それだけでも期待値は高い。
とは言え、それはあくまで表面的な話。
やはり現代文の物語読解は難易度が高く感じたし、正直全部合っている自信もない。
幼少からの読書経験の差が、こういう所に出るのだと再び痛感した。
ただ奇跡的に一問、試験前にレイサに聞かれて自分でも確かめていた慣用句がジャストで出題されたのは運が良かった。
正直聞かれるまで誤って覚えていたため、レイサにも感謝が尽きない。
さぁやれることはやった。
あとは祈るしかない。
少なくともわかることは、前回の模試なんかより遥かに良い点が取れて、志望校の中でもある程度いい勝負ができるだろうことだ。
レイサ、大丈夫かな。
残り時間が近づいて氏名等の記入漏れを確認しながら、俺はそんな事を考えた。
◇
【レイサの視点】
模試最終科目の国語を受けながら、アタシは若干口角が上がっていた。
これは、かなり手ごたえがある。
今目の前にある国語の解答用紙は勿論、全教科珍しくほとんどの問題を解いて埋められた。
合ってるかどうかは別にしても、普段なら半分くらい空欄になるところを解けているだけ大満足。
自信を持って書けた答えも多く、これまでとは大違いだ。
元から、アタシは頭は良い方だった。
やりたくないことを遠ざけがちな性格というだけで、言われたことは割とすぐ覚えられるタイプである。
今まで嫌だった勉強が好きな人と一緒にいる口実になる今なら、それだって真面目に取り組める。
ただ正直、周果子との勝負の件はアタシにとって精神的なノイズではあった。
負けられないプレッシャーに、度々苦しんだのは言うまでもない。
しかも今回、勝負に負けて不利益を被るのはアタシだけじゃない。
ツクシの分も背負っているという重圧が、圧し掛かっていたのは事実だ。
だけど逆に、ここでアタシが勝ちさえすれば全部丸く収まる。
周果子を近づけさせてこれ以上ツクシの邪魔をさせないためにも、負けるわけにはいかない。
たまにはアタシだって、ツクシの役に立ちたいんだ。
思い返すのは、数日前の事である。
周果子はツクシの将来を邪魔するサイテーなヤツだと思い知った。
勝負のペナルティを決める時、彼女は嗤いながら言っていた。
『あ、そうだ。ウチが負けたらアイツが前から欲しがってた参考書セットを買ってあげる。三冊セットで一万円くらいだし、罰ゲームとして結構いいんじゃないっ?』
『……罰ゲームに参考書って、なんかドーなのソレ』
『えー、よくない? ウチ、勉強してるアイツキモいから大っ嫌いだし。ってか、自分で買えなかった参考書に縋る情けない姿想像すると笑えないっ? 貧乏人惨め過ぎで草って感じ。キャハハ』
『全然笑えないケド。なんで周サン、ツクシの境遇を知っててそンな馬鹿にできるノ?』
ヘラヘラと幼馴染を馬鹿にする周果子に、アタシは不快に思って聞いた。
すると彼女はムッと顔を歪める。
『あんたに関係ないしっ。ってかそもそも、なんなのマジ。もしかしてアイツの事好きなの? ウケるんですけどー』
『ソレは周サンでしょ?』
『は?』
『わざわざ嫌いなヤツが欲しがってた参考書なンか覚えてる人いないと思うケド。それに、好きだからまた勉強教えて欲しくて近づいてきたンでしょ? 照れ隠しか何だか知らないケド、後悔してももう遅いよ?』
『はぁぁぁ!? 何言ってんの? おつむよわよわちゃん過ぎない? なんでウチがあんな奴の事好きになんなきゃいけないの。七村、知らないでしょ? アイツ、昔っから寝る時間以外ずっと勉強してたのに、最近は学校で上位十人にすら入ってなかったんだよぉ? 要領悪いしとろいし、童貞だから女の尻節操無しに追い回してるし。あ、アイツガチでキモいから一緒にいない方が良いよ? もしかしたら勘違いして告ってきたりするかもねっ? キャハハ!』
『……』
『他にもさーっ——』
アタシの言葉に、これでもかとカレの悪口を言い出した周果子。
それを見てアタシは、コイツには死んでも負けないとより強く思った。
そしてさらに、練っていたプランを変更することに決めた。
『周サン、さっき言ってた参考書、なんてヤツ?』
『え、『オックスフォード式数学ドリル:全編完全解説付き(改訂版)』だけど』
『フーン。アリガト。で、さっきのペナルティの話なんだケド、やっぱやめて違うヤツにしよ?』
『どうせ負けないからなんでもいいけど、何? やっぱウチに全裸で校内一周させたくなった?』
ニヤニヤしながら聞いてくる周果子に、アタシは参考書名をメモしながら言う。
『アタシが勝ったら——つまり周サンが負けたら。二度とツクシに近づかないって約束してくれないカナ? ペナルティはそれだけでイイよ』
『っ!?』
『あ、ツクシには内緒ネ? 参考書はアタシの方で買っとくから、あの人にはさっき周サンが言ったペナルティをカモフラで伝えとく。ほら、伝えちゃったらアタシが周サンから過去のやり取り聞いたのがバレちゃうカラ。ツクシ、アタシには周サンとのコト喋りたくなさそうだったし』
これはアタシの独断だ。
今まで周果子に対して迷惑そうにしていたツクシを見てきた。
そして今、周本人からもカレにしてきたことやどう思っているかなど、多くを聞いた。
その上で、アタシが勝手に、これ以上ツクシとこの人を近づけさせたくないと思っただけ。
だからツクシは巻き込まない。
アタシ達二人で、決着をつける。
ツクシにとって周果子という存在が害になるとかどうとか、そんな事はもうどうでもいい。
アタシが耐えられない。
『は、はぁ? じゃああんたが負けたらあんたも筑紫から離れろよっ?』
『ウン。それでいいよ』
『キャハハッ! ガチで馬鹿じゃないのー? 赤点女王がこの前まで学年平均だったウチに勝てるわけないじゃん! 本気出したらその時より上がるんだよっ? あーあ、ウチの学校の人気帰国子女がこんなに頭雑魚だとは思わなかった。ざーんねんっ』
『フーン。じゃァ周サンはそれ以下ってコトになるネ。流石に卑下し過ぎじゃない?』
『どういう意味っ!』
『アタシ、一応言っとくケド帰国後ちょっとでココの高校受かってるカラ。しかも自習だけだし』
最後のアタシの言葉に周果子は顔を引きつらせていたけど、知らない。
人の事をあんなに小馬鹿にして、夢の邪魔までしてくる女に優しくするほど、アタシは優しくない。
回想に夢中で、試験から完全に意識が飛んでいた。
試験時間の残り時間が少なくなってアタシは深呼吸をする。
正直、寝不足で今にも気絶しそうだ。
ちゃんと朝、笑えてたかな。
ツクシに勘付かれてないといいな。
アタシがここ最近、本気であの女に勝つためにほぼ寝ずにずっと勉強していた事がバレたら、ツクシにまた精神的負担をかけてしまう。
入念にコンシーラーを使ってメイクしたけど、目の下のくまは隠せてるよね?
ツクシにはアタシが裏で勝手に動いたことを悟らせたくない。
ただ結果にだけ喜んで欲しい。
二面性のある女の子なんか好きになれないかもだけど、それはミカにお願いして今までも散々やっていたし、今更だ。
それに顔色に関しては、ミカもグーサインで「レイサ様、可愛いです。可愛すぎます。ちゅーしていいですか?」などと言っていたし、大丈夫だろう。
……ン?
寝不足で相手にしていなかったけど、今思えば結構な事を言われていた。
帰ったら説教しよう。
「試験やめ! 後ろから試験用紙を回収してください」
チャイムと同時の教員のそんな声によって、アタシの運命の勝負は幕を閉じた。