第31話 美少女たちの腹の探り合い 【Girls Side】
【レイサの視点】
その日の放課後、アタシは珍しくツクシとは別行動をしていた。
カレには用事があると言って、勉強会を断っている。
きっと今頃、一人でのびのび自習できている事だろう。
「よかったんですか? もう模試まで時間がないのに、筑紫君じゃなくて私と二人きりで」
「だからじゃん。アタシ、ツクシの足は引っ張りたくないノ」
うちの屋敷の勉強部屋にて。
アタシはナギサと向かい合って座っていた。
今日は他でもなく、この清楚美少女を独占して、アタシのカテキョーにしている。
「そうは言っても、今回は周さんや筑紫君とも約束がありますし、負けられないじゃないですか」
ナギサの言う通りだ。
今回の模試であの子が勝てば、アタシと入れ替わりでツクシに勉強を習うと息巻いていた。
恐らく、それはアタシにとってもツクシにとっても最悪な結果だ。
周果子は想像より、はるかに自分本位でヤバい子だった。
正直あんな子をツクシの近くに置いておきたくない。
そんな事が起きれば、最近上がり始めたツクシの成績はまた落ちる気がする。
「ソーダネ。でもアタシ、負けないよ」
「凄い自信ですね。目の前の課題、めちゃくちゃですけど」
「そ、ソレは模試の範囲じゃないからッ! ってか急に刺してくるのヤメテネ?」
「冗談はさて置き、もし負けたとして、レイサさんは筑紫君に勉強を習えなくなっても良いんですか?」
一々妙に耳に障る”筑紫君”という呼び方は一旦無視して、アタシはふと笑みを零した。
「まァ、その時はその時じゃない? 思うんだよネ。こんな勝負にすら勝てないんじゃ、むしろアタシはツクシの傍にいる資格ないんじゃないかって。周サン云々はさて置くとしても、アタシはカレの足引っ張りたくないカラ」
「……」
ナギサは自分の知識でツクシの学習に貢献している。
英語を習うという名目で一緒に勉強するようになったけれど、結局アタシには相互に利用し合って高みを目指す相棒のように見えていた。
それに比べて、アタシは違う。
打ち上げの夜、ツクシはアタシに感謝していると言ってくれたけど、正直それ以上に負担をかけている気がして仕方ない。
悔しいけど、ナギサと二人でいる方が、現状カレのためになる気がする。
だからこそ、ここらでアタシも少しくらいいいところを見せたいんだ。
それに、ツクシとナギサに教わってきたことは、正直莫大な金額を積んでもお釣りがくるくらいだとアタシは思っている。
過去に何人か家庭教師を雇ったことがあるからこそ、わかる。
二人の教えはそれ以上だ。
彼らに給料を渡していたのなら、この二人にもそれ相応の報酬が必要だとすら思うレベル。
そこまで教わって、塾の全体授業と自習だけの周果子に負けるなんて、そもそもあってはいけない。
と、ナギサは若干不服そうにアタシの最初の言葉を拾い返した。
「というか私も模試前なんですが」
「イイじゃん。ナギサはアタシに聞きたいことがあるんじゃないノ?」
今週に入ってからずっと含みがあるナギサに、アタシは笑いかける。
「……筑紫君と、付き合ってなかったんですね」
「んー。アタシ、一応言っとくと一回も付き合ってるって明言はしてないンだケドネ? まァ勘違いさせてるの知ってて泳がせてたのは事実だから、謝るよ。ゴメン」
「どうして。……いや、いいです」
「アハハ」
流石は国語が得意なナギサだ。
多くを語らなくても、勝手に察してくれて助かる。
そのせいで勘違いすることもあるけど、今回は恐らく正しい解釈をしている事だろう。
そもそも付き合ってると思われるような態度を見せていた時点で、アタシがツクシに気があるのは容易にわかるはず。
ともすれば、そう思わせていた理由なんて”取られたくないから”という単純な一つの答えにしか辿り着かないだろう。
若干顔の赤いナギサに、アタシはグッと顔を寄せた。
「で、ナギサはツクシのコトどー思ってンの? 週末に二人でデートしてたらしいケド?」
「で、デートじゃありません! 塾の特別授業を受けただけです」
「で、どうなの? 好きなの?」
「……」
ツクシ本人には照れて上手く距離を詰められないけど、ナギサ相手だったら別だ。
黙って目を逸らす彼女に、アタシは身を乗り出してその頬に両手を添えた。
そして強引に目を向けさせる。
「す、素敵な方だと思ってます。……が、私には恐れ多いですよ。夢があって、真っ直ぐで、優しくて……眩しすぎます」
「ックはぁ」
あまりにも素直なナギサに、アタシが悶絶した。
手を放し、そのまま机におでこをぶつけるアタシ。
あぁ、なんでだろう。
いつもナギサは素直すぎる。
「れ、レイサさん?」
「いやゴメン。急に詰めたりして」
「本当です。怖いのでやめてください」
言われて思う。
アタシ、なんだかツクシのコトになると暴走しガチかもしれない。
ミカに日和り過ぎだと言われたせいで、少しアグレッシブに立ち回ろうと心がけてるけど、なんだか根本から間違ってそう。
この会話も、どこかで聞いているミカに後からグチグチ言われるんだろう。
そう思うと腹が立ってきた。
と、そこで凪咲が赤い顔を間抜けに緩ませ、そのまま眉を顰める。
「え、というか、待ってください。あの打ち上げの日、私は二人が付き合っているから、そそそそその、なんていうか。……そういうことをしようと家に戻ったのかと思っていたのですが」
「フーン」
「つ、付き合っていなかったのなら、一体何をしたんですか!?」
「ンー? なんだと思う?」
「そ、それは……ひゃ、だ、だめですよ、そんなの」
耳まで真っ赤にして顔を俯かせるナギサに、アタシはにやりと笑う。
そう、これだ。
ナギサはこういうところが一番可愛い。
また勘違いをしたみたいだけど、どうせすぐ誤解は解けるし、その時のナギサの表情がむしろ楽しみだ。
「ナギサ、アリガトネ」
「それ、本気で思ってます?」
「ウン。大好きだよ」
「そ、そんな都合の良い事を言って……。うふふ」
あぁ、ちょろ過ぎる。
いつか悪い男に誑かされないか心配になってきた。
「って! 雑談はいいから模試対策再開しますよ!」
「ハーイ。話し始めたのはナギサだけどネ」
「くっ。……もし今回私が教えたところを間違ってたら、覚悟しておいてくださいね」
「ッ!? アンタ何する気!?」
「元より弱みを散々握ってますからね。出るとこ出ますよ私だって」
ぷんすか怒るナギサだが、胸はかなり貧相だ。
どこが出るとこ出てるのかと、そのことを揶揄おうと一瞬思ったけど、流石に我が身が怖かったからやめた。
最近、ナギサの返しがどんどん強くなっているから注意しなければいけない。