第30話 幼馴染という足枷を外して
とある日の放課後の事。
珍しくレイサも凪咲も用事があると言って帰ってしまったため、俺一人の時間ができる。
思えば、ここ最近はこういう時間もめっきり減っていた。
大抵放課後は二人と勉強することがほとんどだったからな。
と言っても、家に帰って勉強する気分にもなれない。
そういうわけで、俺は学校の図書室を目指した。
何回か利用はしているが、うちの高校の図書室は本格的だし、かなり綺麗で勉強にも適した空間になっている。
入室すると、思いの外空いていて少し驚いた。
まぁしかし、すぐに思い出す。
今目前に迫っているのは全国模試であって、定期テストと違い、それに向けて追い込み勉強をする生徒は少ないのだ。
自分や周りにいる人間が例外だっただけである。
テスト前は人気で座れない窓際のカウンターテーブルに座る俺。
正面の窓に映る中庭の景色が綺麗で、これまた趣があった。
秋に入って陽が落ちるのが早くなったため、薄っすら赤づいているのがまたいい。
これなら一人でも快適に勉強できそうだと、そう思った。
「ふー、よいしょ」
「……」
しかし、わざわざ俺の真隣に座ってきた男に俺はげんなりした。
いくつも席はあるのに、どうして至近距離に来るのか。
やっぱコイツ、俺狙いなのかもしれない。
「勉強は順調か?」
「たった今最悪になったところだけど」
相変わらず絡みの怠い高木にそう言いながら、ため息を吐く。
ここ最近話していなかったから忘れかけていたが、そう言えばこんな奴もいたな。
レイサに凪咲と二人体制で勉強を教える生活が続いており、正直他の事が頭から抜けていた。
ちなみにレイサに教えるだけではなく、その際に俺と凪咲の知識の補完としてお互いに穴を埋められているのはかなり有意義だ。
意外と俺と凪咲は知識の被りが少ないため、どちらかが躓く問題には大抵どちらかが解決策を持っている。
そしてそれを二人でまとめたものを、レイサに還元しているというわけだ。
「今回の模試で僕は一位を狙う。この程度の難易度なら9割は必須だからな。まぁ前回三教科の平均が92点だった僕にかかれば余裕だが」
「へぇ、そりゃ凄い」
「そうだろうさ。あの日見た君の成績は平均7割と言ったところだったかな?」
「よく覚えてるな。随分記憶力が良いことで」
軽く流しながら、思う。
自慢気な顔はムカつくし、プライドが高すぎてどこか残念に思うのは確かだが、あの模試で平均92点は普通にとんでもない。
やはりなんだかんだで、コイツは秀才に違いがないのだ。
期末と同時期の夏前の模試だったから、あれから約二ヶ月か。
前回の俺はかなりの醜態を晒していたため、思い出したくない出来だった。
「……まぁ、僕も馬鹿じゃない。前回の模試はあの馬鹿女が邪魔だったからあんな体たらくだったんだろう?」
渋い顔をする俺に、高木はそんな事を言った。
意外な発言に耳を疑う。
「いや。別に、俺の要領が悪かっただけだから」
「あの女から聞いたぞ。毎回テスト前は大量の自主製作プリントを手渡して、手厚くサポートしてたそうじゃないか」
「ん? まぁ、そうなるのか」
確かに、ロクに聞きもしない幼馴染によくあんな面倒なことをしていたと思う。
実際、レイサや凪咲と教え合いをしている今と違って、アイツに教えている時は全く自分の肥やしになっている気がしなかった。
だけど仮にそれで成績が落ちていたとしても、教えていた時間だけのせいにするのは違うと思う。
もしアイツのせいにするとしたら勉強を過剰に教えていた事に加え、休み時間の自習を邪魔されたり、家で勉強しようとしても無理やりYouTubeの動画を大音量で流して見せてきたりした、シンプルな妨害の要因も多い。
そういう面で言うと、アイツの存在そのものが俺の勉強を妨げる悪魔みたいなものだったと考えるべきか。
実際、離れてから驚くほどすんなり成績は伸びたし。
目の前で憎々し気に果子の事を話す高木の落ちぶれようを見ていても、あの幼馴染がなんだか疫病神のように見えてくる。
だからと言って、そのせいにしてそれを他人に言おうとは思わないが。
「まぁでも、なんでもいいよ。俺は今回全教科満点狙うつもりだから」
「はっはっは。枝野、冗談を言えるほど余裕ができたのか」
「いや大真面目だよ。そのくらいの気概じゃないと、医学部特待枠は取れないだろ」
俺の言葉に、高木は眉をひそめて、そしてあざ笑うかのような表情を見せた。
「取れるわけがない。マーク式でもない記述模試だぞ?」
「そんなのやってみないとわからないだろ。第一、今回の模試の範囲は高一の前半部分しかない。範囲が狭いんだからその分満点は取りやすいんだ。今のうちに取っておかないと損じゃないか。それに、東大とか目指してるレベルなら何人も教科満点くらい取ってるだろ」
俺は誰かさんみたいに意地の張り合いで勉強をしているわけではない。
明確な目標と、見据えるべきライバルたちがいる。
ならばそのレベルを打ち負かせるくらいの実力が必要なんだ。
そしてそれは俺だけじゃない。
週末に話した凪咲だって、高い目標を持って生きている。
こんなプライドだけ肥大化した男なんか眼中にもないだろう。
そう考えると、こいつもなんだか憐れだな。
こんなに頭が良くて校内でずっとトップを取ってきたのに、誰からも相手にされてないわけだ。
コイツもさっさと自分の目標を持ってそれに向かって努力すればいいのに。
恐らく、そうすればこいつの成績はもっと上がるだろうし、俺や凪咲より高みに行く可能性もある。
そして、それならそれでこっちも張り合いがあるというものだ。
ノートも取り出さずに話している高木に、俺は呆れた。
と、そんな俺に高木は表情を引きつらせる。
「じゃ、じゃあ僕も全教科満点を取る。そもそも前回だって満点を取れそうだったんだ。僕にならできる」
「そうか。じゃあ今回は二人揃って満点だな。先生たちも鼻が高いだろうよ」
「……」
いつまでも話していては時間の無駄だし、そもそもここは図書室だ。
いくら人が少なくても、貸し切りではないんだから他人の邪魔になる。
俺は隣から視線を自身のノートに移した。
模試の前に凪咲と受けた塾の授業について、もう一度復習しておこう。
国語だけやはり少し難易度が高く感じてしまったからな。
幸い、凪咲から解説ノートを作ってもらったため、そのメモを元にもう一度自分で問題を解き直してみよう。
「共に足枷がなくなった状態で正々堂々戦おう。公平な条件なら、僕が勝つ」
「……」
足枷、か。
俺は果子なんかどうでもいいのだが、コイツにとっては元カノなはずなんだけどな。
なんとも酷い言われように、俺は幼馴染を少し不憫に思った。