第24話 不意打ちの本音に悶絶する帰国子女
「どーですかー? 気持ちイイー?」
「うーん、良い感じかも」
「フフ、それは良かったよ」
俺は今、自室のベッドでレイサからマッサージを受けていた。
マッサージと言っても、勿論健全なものだ。
いかがわしい雰囲気を出したがるレイサのせいで勘違いしそうになるが、行われているのは単なる指圧。
うつ伏せに寝転がった俺の肩甲骨の辺りを、ぐーっと押される。
「おっ、あ」
「エッチな声出さないでよー。ツクシーってばオホ声系なノ?」
「……気持ち悪いこと言うな」
大体五分ほどマッサージをしてもらった後、耐えきれなくなって俺は上体を起こした。
きょとんとした様子で俺を見るレイサ。
どうやら悪気はないらしい。
声を漏らす俺も悪いのだが、一々それを拾われると恥ずかしい。
決まりが悪くなって、俺は部屋を見渡す。
電気を消しているせいで、俺の声が本当にアブナイ響きになっていた。
暗闇なので正確にはわからないが、平然としているレイサがおかしいのだと思う。
コホンと咳ばらいをしつつ、俺はなし崩し的に始まった現状について聞いた。
「で、なんでマッサージ?」
尋ねるとレイサは俺の肩に触れてくる。
「この前、昼休みにうたた寝してたじゃん? その時に肩イテーって言ってたから、少しほぐしてあげようかと思ってサ」
「確かに、体が悲鳴を上げてるのは事実だな」
長時間の勉強は同じ姿勢で凝り固まるせいで、体も限界だった。
そして、少しレイサにほぐしてもらっただけで、既に若干腕が上がりやすくなったように感じる。
肩を回しつつ、そんなことを実感した。
まだ十代なのに、悲しい悩みだ。
と、彼女はそんな俺の背中を押す。
「だからもう少しヤってあげるよ。眠たくなったらそのまま寝ちゃってイイから」
「……無理だろ」
「ン? なんか言った?」
「いや、なんでもない」
俺だって男だ。
こんな状況でただ落ち着いてマッサージを受けられる程、肝は座っていない。
正直内心触れられるたびにドキドキしっ放しである。
部屋の暗さがさらにその感情を煽る。
促されるまま再び寝転ぶと、今度は腰の辺りを揉まれた。
絶妙な力加減で意外に上手いのが、またなんとも不思議な感じだ。
「ってかサ、アタシのコト、レイサって呼び捨てにしてよ。サン付けはなんか他人行儀でヤダな」
「……レイサ?」
「モー! 急にやめてよ!」
「ぐぁぁぁっ! どっちなんだよ!」
興奮したレイサに腎臓の辺りを殴られて別の声が漏れた。
こいつ、ほぐしたいのか固めたいのかどっちなんだ畜生。
夜に美少女と自室に二人きりでマッサージをされるという状況なのに、どうにもレイサと二人だとコントみたいになる。
「っていうか、何時まで居るんだ」
時刻がどんどん下がり、もうそろそろ補導される十一時に差し掛かろうとしているのでそう聞くと、彼女はニヘヘと笑った。
「じゃァ今日は泊ろっカナ?」
「やめてくれ」
「即答ッ!? こんな美少女と二人きりのチャンスなのに!」
「そんなに言うなら、今からみっちり朝まで勉強を教えてやろうか?」
「カエリマス」
「よろしい」
レイサの扱いにも慣れてきたこの頃である。
それにしても、なんだか嗅ぎ慣れない良い匂いに満たされて、自分の部屋だという事を忘れそうだ。
先ほど焼肉をしたというのに、なんでこいつはこんなに甘い匂いを残しているのだろうか。
まるでこの家に戻って来る前に、どこかで香水でも振ったかのような新鮮味。
そう言えば焼肉の時もタレなどのニンニクが効いた物には口を付けていなかったっけ。
女子だからそういう所が気になるのかもしれない。
もみほぐしが一通り終わった後、部屋の電気を点けて向かい合う。
ベッドの上なのが後ろめたい感情を煽るが、勿論俺は何もしていない。
と、何故か顔を赤くして黙るレイサに俺は首を傾げた。
「どうしたんだよ。今更照れたのか?」
「う、ウウン。そんなワケないじゃん」
「だよな」
他でもないレイサがこの程度で照れるとは思えない。
友達も多いし男子との距離も近いし、初心とはかけ離れたコミュ力を持っているからな。
そんな事を考えていると、彼女は笑った。
「今日は無茶聞いてくれてありがとうネ。せっかくの休みを勉強じゃなくて、アタシ達のために使ってくれて嬉しかった」
「まだそんな事言ってたのか。気にしなくていいのに」
「だ、だって……。ツクシーが何の為に勉強してるかも、普段どのくらい努力してるかも知ってるからサ」
「……」
確かに、普段の俺を見ていたらそう思うのも仕方ない、か。
凪咲と違ってレイサは一学期の、果子以外の誰とも会話せずに一生机で勉強していた俺の事も知っている。
そりゃ俺が無理して自分に合わせていると勘違いしても、おかしくないかもしれない。
だけど、そんなわけがない。
いつもは照れてしまって言えなかったが、今日は夜でテンションが高かったのか、言葉が口を突いて出る。
「……感謝してるのは、俺の方なんだよ」
「エ?」
「レイサがいてくれるから、最近は毎日が楽しいんだ。ずっと勉強しかなかった俺の世界に、君が彩をくれた。結果としてそれが視野を広げることに繋がって、俺の成績の伸びにも繋がってると、思う……」
顔が熱くなりすぎて、なんだか涙が出そうになった。
ダサいな、俺は。
誤魔化して苦笑して見せると、レイサは珍しく真顔で俺を見つめた。
てっきり茶化されるもんだと思っていたので、逆に居心地が悪い。
「だから邪魔してるとか、思わないでくれ。俺が好きで一緒にいるんだよ。雨草さんにも勿論感謝してるけど、やっぱりきっかけをくれたのは君だから」
「ッ!? ……かひゅッ」
「かひゅっ?」
真顔から口を開け、意味の分からない音を漏らすレイサ。
そのまま彼女は仰け反り、そして戻ってきて目を真ん丸に見開いた。
「ソレマジ?」
「……本気だよ」
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっわ。こんなに幸せなコトってあるンだ……」
随分大げさに喜ぶ彼女に、俺は今一度自分の言った言葉を思い返す。
そして死にたくなった。
「ごめん、忘れてくれ」
「ハー? 無理だし! 墓場まで抱えて持って行くモン」
「いやいやいや、大げさすぎる! 途中で捨てろよそんなもん!」
こんな臭いセリフを死ぬまで覚えていられるなんて、軽い拷問のようなものである。
堪ったもんじゃない。
しかし必死で言う俺にレイサはツンとそっぽを向いた。
「ヤダよー! ってか、ガチか。そんな風に想ってくれてたンだ。ウへ、ニヘへ、イヒヒヒヒ」
「とにかく! 今後はあんまり俺に気を遣い過ぎなくていいから! あ、でもちょっとは気にしてくれ!」
「どっちなのソレ。アー、お腹痛い」
ゲラゲラと笑い転げたレイサは目に涙を浮かべる。
一体どれだけツボに入ったのだろうか。
相変わらず他人の事を揶揄うのが好きな奴だ。
と、一頻り笑った後にレイサは立ち上がる。
「帰るワ」
「お、おう。急だな」
あまりにも唐突なスイッチの切り替わりに、別に止めるつもりなんてないのにそんな事を言ってしまう。
部屋を出て、ダイニングの椅子に置いていたバッグを手に取ったレイサ。
「ホントは言おうと思ってたコトがあったンだケドネ。まァそれはまた今度」
「?」
「アハハ、今は内緒だよー」
一人で言って苦笑するレイサに、よくわからないが俺も笑った。
何はともあれ、楽しんでもらえたみたいでよかった。
かなり身を削って本音をぶちまけたため、このくらい大げさに反応してもらえて何とか助かったところである。
小テストのお礼もしてもらったことで、貸し借りはゼロ。
フラットな関係になったところで、彼女は手を振る。
「じゃァまた学校でネ」
「あぁ」
家を出て行くレイサを見送った後、ようやく真の意味でお開きとなった。
片付けの続きや風呂を済ませ、寝ようと自室に戻る俺。
ベッドには、レイサの香水の香りがしばらく残っている。
「いや寝れねえよ」
その日はしばらく目がバキバキに開いていた。