第22話 夢のハーレムハネムーン
「家焼肉ってなんかいいネ」
なんだかとても浅い事を言いながら、レイサは煙とにおいが充満していく部屋で焼肉を楽しんでいた。
その横で、凪咲はトングを持って肉の世話に躍起だ。
焼肉奉行という奴なのか、自ら進んで焼き係を買って出たきり、ずっとトングを放さない。
肉を買うのは二人に任せたが、正直内心では不安があった。
物凄く高い肉を買って来られたらどうしようという懸念だ。
自分で金を出さないから懐的には問題がないが、タダで良い肉にありつくのもそれはそれで恐縮。
なんて思っていたのだが、割と良心的な価格の肉が多くてほっとしたのはここだけの話である。
庶民メンタル過ぎて買い物は全てが恐怖対象だ。
まぁそれでも、俺なら避ける国産肉がある時点でお高いけどね。
ちなみに肉は基本的に凪咲が選んだらしい。
彼女は家でも自炊をするらしく、スーパーに通い慣れているそうだ。
この風貌に加えて家事まで万能とは、恐るべし雨草凪咲。
レイサは初めての家焼肉に満足なようで、ずっと焼けた肉を凪咲に貰っては、口いっぱいに頬張っている。
なんだか小動物みたいな顔に、見ているこっちも笑えた。
頑なに焼肉のたれは使わないのもなんだか面白い。
彼女曰く、『宗教上の理由でダメ』らしい。
そんなわけで一人だけずっと塩で食べている。
冗談のようだが、彼女の場合は帰国子女で他国の文化が染みついているため、ネタかマジかわかり辛いところまで含めて通常運行だ。
と、レイサは口に含んだ肉を飲み込んで口を開く。
「はァ~。たまには勉強会以外もいいネ」
「そうだな。はは、テスト後の定期行事にしても良いな」
「ツクシーそれ大アリだよ! じゃァ次はナギサの家?」
「ふふ、別に大丈夫ですけど、うちは親もいますし二人が居づらいと思いますよ」
確かに、うちの良さは親が基本的に居合わせない事だよな。
家自体は狭くて何もないが、夜に親の監視無しで遊べるのは長所だろう。
それと、凪咲の家に関してあまり家族仲が良くないのかと思っていたが、案外すんなり家に上げることを許可していて少し意外だ。
「そう言えば、二人は夜どうするんだ? 駅までは送るけど、夜間に危ないだろ」
俺の言葉にきょとんとする二人。
普通の女子でも夜は危ないが、この二人はさらに別格だろう。
レイサなんかどう見ても金持ちのガキだし、身代金目当てで拉致されるかも。
いや、別に普段から遊び歩いてるだろうから心配はいらないんだろうけど、少し気になって聞いてみた。
それに対してレイサがニヤニヤしながら答える。
「大丈夫だよ。家の人間を迎えに寄こすカラ。ネ、ナギサ」
「はい。今日はお世話になります」
「じゃあ安心だな」
「ってか心配してくれるんだ」
「何時までかかるかわからないからな」
「アタシは泊まりでもイーケド?」
「無理。用意してない」
世は三連休だから、別に明日まで居られても困りはしない。
だがそれは世間体の話。
俺自体のメンタルが持たないから、同じ屋根の下で美少女二人と過ごすのは避けたいのである。
この前のレイサの屋敷と違って親も使用人もいないし、部屋数も限られているからな。
なんて話から、話題は自分たちの過去の話に移っていく。
時刻は午後九時頃、食べるペースも落ち着いてきて話に花が咲いていた。
「アタシ、英語はアレだケド、フランス語はいけるノ」
十歳まで基本日本で過ごした後、パリに転居していたらしく、英語は微妙だが正真正銘のマルチリンガルらしい。
本格的に日本に帰ってきたのは一年半頃前だそうだ。
「よく一年半でこの学校に入れるところまで成績を上げたな」
「アハハ、一応頭のデキは良い方だったカラ」
「本当に凄いと思います」
「エー、褒めても何も出てこないッテ」
「財布の口開けながら言われましても」
「ハッ!」
天然ボケっぽいところはあるが、普段の妙に勘がいいところなど、地頭が悪いわけではないんだよな。
それに語学が得意考えれば、英語も今後次第ではどうにでもなる気もする。
フラットな状態からこの学校に入れるところまで、人がどのように成績を伸ばすのか、俺は中学時代に間近で見てきた過去があった。
だからこそ、彼女の努力もわかる。
まぁ入ってからは赤点女王に化けたようだから、継続が如何に重要かは自明だな。
「それにしても、海外かー。まだ行ったことないんだよな」
「ツクシーもいつか行くんでしょ?」
「確かに」
医者を目指すなら海外研修だってあるだろう。
日本以外の国に触れる機会は今後絶対にある。
と、そこで凪咲も口を開いた。
「私の兄も今海外にいるんですが、たまにくれる現地の写真を見ていると、私もいつか行ってみたいですね」
「お兄さんがいたのか」
「はい。少し歳は離れていますが、幼少から仲が良いんです。優しくていつも私を想ってくれる自慢の兄です」
「ン、海外って出張とか?」
「いえ……大学です。私と違って兄は出来がいいので」
苦笑する凪咲に、ずっと感じていた彼女の違和感の正体に少し近づいた気がした。
一般的に成績の良い彼女が、それをコンプレックスに思っている事や、時々表情を暗くする家庭事情に疑問があったが、なんだかしっくりくる。
なるほど、兄が出来が良いパターンか。
それはそれでメンタルが削られそうだ。
「イヤイヤ、ナギサでデキ悪いとか言ってたら、ツクシー以外の生徒全員泣いちゃうカラ。まぁ、自分の中の拘りがあるのは大事だケド、ナギサも十分凄いからサ。自信持ってよ。そもそもこのアタシに国語で赤点を回避させてるンだよ?」
「確かに、そう考えると私も凄いのかも」
「本当だな。雨草さんも十分誇っていい」
「……自分で言ったケド、そこで納得すンのやめてネ!? さっきはアタシのコト褒めてたくせに!」
オチが付いたところで、三人で噴き出す。
なんだかんだうちは上位の進学校。
集まるのもみんな一癖二癖ある、頭自慢ばかりという事だ。
「海外、俺も行ってみたいな」
近所の国ならまだしも、英語圏となるとそれなりに旅費もかかる。
留学に興味もあるが、それよりは今は目の前の勉強に集中したい。
そんなわけで海外旅行の機会はないが、行ってみたいのも事実である。
俺の言葉にレイサは言った。
「じゃァいこーよ」
「軽いな」
「まぁアタシは頻繁に行き来してたからネ」
「ふふ、確かに良いかもしれません。今のうちに海外の文化に触れるのも知見を深められそうです。例えば世界史の知識を現地で学んだりとか」
「そうは言っても旅費はタダじゃない」
「夏に向こうに数日戻るんだケド、じゃァその時一緒に来る?」
思ってもみない提案に、俺は目を丸くして考える。
フランスと言えば、確かに世界史の学習には助かるか。
そもそも旅行は旅行で楽しめそうだ。
この二人と一緒なら勉強する時間も確保できそうだし、願ったり叶ったり。
いやいや、ダメだろ。
流石に世話になり過ぎだ。
俺は首を振って苦笑する。
「まぁ考えとくよ」
「ンフフ、チョット早めのハネムーンみたい……」
「じゃあ私はお邪魔ですね」
「ハッ!? ……口に出てた?」
「さぁどうでしょう」
「な、ナギサも居ていいから! 冗談だし冗談だし冗談だからァ!」
なんだかよくわからない会話をする二人を見ながら、俺は残りの肉を頬張った。