第21話 幼少アルバムに見る幼馴染との腐れ縁
朝から十二時間も勉強をすると、人間は人相が変わるらしい。
待ちに待った週末日曜の午後五時前、俺は自宅の鏡を見て顔を引きつらせていた。
今日はレイサと凪咲の三人とで、俺の家で打ち上げ会をする。
目的は頭を空っぽにして遊び、リフレッシュすること。
だがしかし、その開始時刻は彼女らが家にやってくる夕方過ぎだ。
となると、空いた午前中を使って勉強したくなるのがガリ勉の性というもの。
まぁただ、まさか早朝からぶっ続けで勉強するほど馬鹿だとは、自分でも思わなかった。
若干キマッた目とその下に残るクマも相まって色々マズい。
必死に洗顔をして、なんとか健康的な肌艶に戻す作業は虚無そのものである。
「いやいや。物は考えようだ。朝勉強した分、気兼ねなく楽しめるからな。むしろ朝勉はバフまである。うん」
夕方まで勉強していて、もはや朝勉とは?というツッコミは受け付けない。
必死な言い訳をボソボソ唱えながら、俺は二人を待つ間準備をした。
今日はレイサの要望通り家焼肉をするため、棚からガス式網焼き器やその他諸々を出してくる。
ついでに、飲み物や野菜の用意も少し済ませながら、レイサたちに肉を買ってきてもらう判断は正しかったなと痛感した。
これは貧困層には手痛い出費だ。
仮に割り勘でも肉まで買っていたら給料日前の今、家計は火の車だっただろう。
すでに二人は近所のスーパーで買い物をしているらしく、連絡時刻から考えるともうそろそろうちに到着してもおかしくない。
なんて考えていたからか、丁度インターホンが鳴った。
玄関を開けると、そこには見慣れない姿の美少女が二人立っている。
「お邪魔ー!」
「こんにちは。お邪魔します」
お嬢様と清楚美少女という事で、二人とも行儀よく靴を揃えて家に上がった。
感心するのと同時に、俺は少し二人の格好を凝視してしまった。
凪咲はイメージ通り、清楚な雰囲気の紺のワンピースに暖色のカーディガンを重ねたコーデだったが、レイサは対称的にかなりカジュアルなコーデだ。
ジージャンにショートデニム、そして玄関先に脱いで置かれたブーツという、アクセント強めなアイテムたち。
そしてピアスやネックレスなどのアクセサリーからは、しっかり高級感というか、お嬢様な雰囲気も感じる。
なんとも、少し意外な格好に感動した。
「アレ、初めて見る私服姿にドキドキしてる?」
「あ、ごめん。見過ぎたな。ちょっと意外で」
「フフン、私服はギャップウケ狙ってなんぼだからサ」
「なるほど、私も次は少し冒険してみます」
「イーヤイヤ、ナギサはそのままでいいから! 一緒に遊ぶ男子の心臓がいくつあっても持たなくなるッテ」
確かに、言われて今のレイサの服装を凪咲に当てはめて想像してみたが、破壊力が凄くて現実で遭遇したら卒倒しそうだ。
ファッションにも色々あるらしい。
「手狭だけど、どうぞ」
ウチの間取りは2DK。
そのうちダイニングキッチンの方へ通したのだが、レイサはチッチッと舌を鳴らして笑う。
「イヤ、まずはツクシーのお部屋鑑賞でしょ。アルバムドコー?」
「……あれマジで言ってたのか」
いつぞや、俺の家に来たらアルバムを見たいと言っていたが、冗談ではなかったらしい。
二人が買ってきた肉を冷蔵庫に片付けた後、仕方がないので自室に通す。
「オー、マジ勉強部屋だ」
「凄い、洗練されてますね」
「ただ物がないだけだよ」
俺の部屋には勉強机とベッド以外ほとんどのモノがない。
娯楽の王道であるゲームは、古い機種が押し入れの中にある程度だし、本は基本的に図書館で借りるスタイルだから部屋には置いてない。
そもそも活字が苦手だったため、昔からあまりコレクションしてきてもいない。
中学頃から読書を習慣づけようとしたのも、国語の成績を上げるための手段に過ぎなかったからな。
「アタシの部屋と大違いだワ。ゲームとか置いてるから、すぐ気が逸れちゃうんだよナ」
「わかります。私もその……部屋に漫画を置いているので勉強中によく読んでしまって、大体数冊読んだ後に後悔するんですよね」
「アハハ! ナギサでもそういうのあるンだ! なんか安心したー。勉強できる人も普通に同じ高校生なんだなッテ。……ツクシー以外」
「おい。人を化物みたいに言うんじゃない」
失礼な奴だ。
いや、朝から12時間も勉強していた時点で俺はおかしいが、だからと言ってオチに使われるのは心外である。
それにしても、確かに凪咲の話は少し驚いた。
家で無限に集中して勉強してそうだったからな。
思えば凪咲について、俺はあまり踏み込んだことを何も知らない。
勉強机の棚に並べているノートをじっと眺める凪咲と、部屋中をうろうろ歩き回るレイサ。
と、レイサはあっという間にお目当ての物を見つけたらしい。
目ざとくタンスの上の棚からアルバムを発見したようで、それを掲げて笑みを漏らす。
「ヨーシ! ツクシーの弱みを握ったドー」
「どこのド畜生だ。ってか、別に見てもいいよ。変なもんは入ってないし」
「アレ、そうなんだ。じゃあ遠慮なく、拝見させてイタダキマス」
「どうぞ」
なんだか奇妙に畏まったやり取りをした後、レイサは座って床でアルバムを開く。
これは小学校の頃の写真が入っているアルバムだ。
気になったのか、レイサの隣に凪咲もしゃがみ込む。
「エ! これツクシー!? 目がきゅるきゅるしてる!」
「本当ですね! いつもの鷹のような目とは違ってこれも素敵です」
「褒めてるのかそれ」
鷹のような目とは一体何なのか。
ただ目つきが悪いと言われただけな気がして釈然としない。
実際、かなり目つきは悪いが物は言いようである。
「こっちは運動会だネ」
「バトン持って走ってる……! 可愛い」
「おにぎり食べながらピースしてるヤツもなかなかイイ味出してる」
「ふふ、枝野さんの昔の姿、思ったより可愛らしくてほっこりしました」
「そりゃどうも」
言われているこちらの身としては、ソワソワが止まらない。
同級生の女子二人に過去の写真を見られる謎の緊張感に、褒められて居心地が悪い感触、そして満更でもない自分に対する猛烈な恥ずかしさ。
感情が行ったり来たりでめちゃくちゃだ。
とかなんとか思っていると、レイサがとある奴の顔を指して笑う。
「この子も可愛いネ! いっぱいツクシーと写ってる!」
「美人さんですよね。仲も良さそう」
「……それ、幼馴染の果子だよ」
「ア」
気まずく答える俺にフリーズするレイサ、そっぽを向く凪咲。
未だ喧嘩別れのようになっているため、話題に出しづらい例の女である。
小学校以来俺と果子は基本ずっと一緒にいたため、勿論こういうアルバム等の思い出でも俺に干渉してくる。
レイサは空気を和ませようと、一枚の写真を指した。
「で、デモサ。この写真のツクシー、なんかすごく楽しそう」
「小一の頃の芋掘り体験か。懐かしいな」
小学校一年生の時、遠足を兼ねて芋掘りに行った。
その時も写真の通り、俺と果子は二人で絡んで遊んでいたはずだ。
だがしかし、今思い返せばあの時から何かおかしかった。
写真では満足そうな俺と、にんまり笑みを浮かべる果子が密着して写っている。
ただ、記憶が正しければ、この日は俺は一生果子に土をかけられて嫌がらせをされていたはずだ。
子供の悪戯だが、最近のアイツを知っているからこそ、もはや当時から片鱗があったのだと思ってしまう。
アイツは毎回嫌がらせをした後、涙目の俺にハグしながら「つくし大好き!」なんて言っていた。
実際、今と違ってあの頃は俺が本気で嫌がればやめてくれていたし、アイツにとっては軽い悪ふざけだったのだろう。
だが、もう今になるとそれも笑えない。
最近俺の中で、テストの成績や日常の満足度のおかげか、果子に対する感情が怒りから憐みへシフトしかけていた。
しかしこれを見て、やっぱり首を振る。
あれは自業自得だ。
一回痛い目を見て、しっかり学んで欲しいと切実に思う。
「ア。この海の写真、なんかイケないもの写ってない?」
「……あわわ」
「ん? ……あ」
なんて考えていたが、とんでもポロリ写真のせいでそれどころではなくなった。
ゲラゲラ笑うレイサと、顔真っ赤にする凪咲とをなだめるのに時間を要したのは言うまでもないだろう。
こんな写真を誤って混ぜていた母を、俺はしばらく恨んだ。




