第20話 生気のない幼馴染を横目に
「うわ……。肩いてぇ」
昼休み。
普段と違ってレイサがいなかったため、それを待つために自分の机でぼーっとしていたのだが、どうやら窓からの陽気に当てられたらしく、居眠りを決めてしまったようだ。
最近は睡眠時間を前より多めに確保できているとは言え、基本的に他の人間と比べたら起きて勉強している時間が長い部類だろう。
そんなわけで眠い目を擦るのだが、おかしな体勢で寝たせいで首肩腰が悲鳴を上げている。
憂鬱な気分で目を覚ました俺は、違和感を覚えた。
なんだか生暖かい視線を感じて振り返ると、そこには二人の美少女がにやにや笑って立っている。
「爆睡だったネ」
「ふふ、珍しいものが見られました」
「居たんなら声をかけてくれよ」
時計を見るに、大体15分くらい寝落ちしていたらしい。
いつから居たのかは知らないが、見られていたと知って顔が熱くなった。
「よし、じゃァツクシーも起きたし、恒例のお昼タイムにレッツゴー」
レイサの雑なコールで、今日も昼食兼勉強会が始まる。
◇
「九月も中旬かー。もうそろそろ文化祭だネ!」
「そういえばそんなのもあったな。模試に気を取られて忘れてたわ」
「普通は模試よりそっちの方が重要イベントなんだケド……?」
相変わらず学校行事等に興味のない、俺のガリ勉生態にジト目を向けてくるレイサ。
確かに言われてみれば、もうそんなシーズンである。
うちの高校は一学年400人で割とマンモス系であるため、それなりに大規模な文化祭が開かれると噂だ。
「毎年結構な催しが開かれるらしいからな。俺もそんな話を風の噂で聞いたよ」
「イヤそれ絶対アタシが教えた話! 多分全然風とかじゃない物理的な共有だと思うワ!」
「お、上手いこと言うな」
「まァネ。……じゃないよ!」
以前やったようなやり取りだ。
いつも以上に騒ぐレイサに、俺も凪咲もケラケラ笑う。
俺の情報源は全てレイサであることを、たまに忘れてしまうんだよな。
それはそれとして、文化祭か。
正直、俺としては授業がない行事日というモノに何の意味があるのかよくわからないが、学校自体は準備やらでお祭り騒ぎの片鱗を見せつつあった。
連続して開催される体育祭も合わせて、三日か四日程度の長期開催。
その前も授業が体育祭の練習や文化祭の準備に変更されることもあるだろう。
うーん。
やはり楽しみより、その期間に授業が減る事への不安の方がデカいな。
と、そんな俺とは裏腹に、ガリ勉仲間の凪咲は珍しく表情を明るくさせていた。
「私、文化祭楽しみだったんですよね」
「だよネ! やっぱツクシーが変なんだよ」
「悪かったな。まぁでも確かに、今年入学したばっかだから、どんな感じなのか少しくらいは俺も興味あるよ」
俺の言葉に、凪咲は英語の参考書を閉じて手を合わせる。
そして小首を傾げた悩殺ポーズで、聞いてきた。
「それなら、文化祭は良かったら皆で一緒に回りませんか?」
「それいいな。当日どうしようかと思っていたし、一緒に回れたら楽しめそうだ」
俺がそこまで文化祭に興味がなかった理由の一つとして、どうしても自分に一緒に回る友達が少ないことがあった。
友達がいない終日ぼっちの数日間なんて、せっかくのお祭り騒ぎも台無しだろう。
蚊帳の外感に周囲との温度差で風邪引きそう。
だけど、二人が一緒に回ってくれるならその懸念もなくなる。
凪咲の申し出は、俺としてもテンションの上がるものだった。
しかし、レイサは苦笑する。
「アー、ゴメン。アタシ、もう他の友達と回る約束しちゃってるワ」
「そ、そうですか……」
流石は友達が多い帰国子女だ。
俺たち以外とも勿論付き合いがあるだろうし、そういうこともあるだろう。
申し訳なさそうに言うレイサに、しゅんと肩を落とす凪咲。
そして彼女はそのまま俺を見つめ、困ったように眉を寄せて笑った。
「じゃあ当日は二人で回りましょうか」
「あ、あぁ」
寂しそうな顔で言われると、断れなかった。
というのも、正直凪咲と二人で文化祭を回るのは怖い。
ただでさえ男女二人きりでいると文化祭デートだと思われかねないのに、相手はこの男子人気屈指の癒し系清楚美少女だ。
レイサを交えて三人で勉強会をするのとではワケが違う。
「ギヤアァァァァァアン! ヤバヤバダメダメダメ!」
なんて懸念をしていたところ、レイサがドンッと肘をテーブルについて頭を抱え始めた。
突然のバグに、俺も凪咲も呆気にとられる。
「れ、レイサさん……?」
「……クッ、またアタシはアホなミスを」
「え?」
恐る恐る聞くと、ボソボソ何かを呟き始めるレイサ。
肝心の中身が聞こえない分、さらに気味が悪い。
と、すぐに顔を上げ、目の前にいる凪咲に身を乗り出した。
「ゴメン、さっきの嘘。一緒に回ろう!」
「え? ……は、はい」
「ってことでツクシーもよろしく!」
「やけに情緒不安定だな! 変なもんでも食ったか?」
言っていることがさっきと180度異なって、なんだか心配になってきた。
奇行に走ったかと思えば、今度は前言フル撤回。
前からおかしな言動は多いと思っていたが、流石に今日のレイサはなんだか不自然だ。
現に、今も食べ終わったサンドイッチの包装ビニールを食ってるし。
大丈夫かこいつ。
凪咲と顔を見合わせて俺達はまた笑った。
まぁ、これが勉強漬けで壊れた人間の成長過程なのかもしれないと、そう思う事にした。
そんなことを考えながらぼーっと辺りを見渡すと、見知った姿を見つけた。
幼馴染の果子が、お盆にうどんを乗せてフラフラ学食内を彷徨っている。
しかし、一瞬誰だかわからない程に、彼女の風貌は様変わりしていた。
ツインテールは解き、顔には生気がない。
前のような笑みは失せて虚ろな視線で空いた席に向かう姿は、まるで少し前の俺自身を見ているようだった。
「周サン、スマホ解約されて塾通いになったンだって」
友達が多くて連絡網の中心にいるからか、そんな話をどこからか仕入れていたレイサ。
彼女に教えてもらい、俺は目を細める。
なるほど。
ラインのアカウントがUnknownになっていた理由もはっきりした。
やはりどうやら本気で親を怒らせたらしいな。
「でも高校生でスマホなしなんてかなり浮くだろ」
「だろうネ。高木クンとももうつるんでないみたいだし」
先ほど高木本人から別れたと聞いた俺は、果子の哀愁漂う姿になんとも言えない気分になってくる。
痛々しい。
人間、たった数日でここまで落ちぶれるものなのかと驚愕のレベルだ。
俺に「ざぁこ」なんて言っていた余裕の表情はない。
「教室でも今日はずっと勉強していましたね。普段は高木さんにずっと話しかけに行っていたのに、今日は一度話しかけても無視されていました。その後はずっと……」
高木の口ぶり的に、果子に対して本気でイラついてそうだったからな。
それにしても薄情だとは思うが、まぁ俺には関係ない。
凪咲とレイサは俺と果子の間に何があったかを知らないはずなので、それ以上踏み込んだことは言わなかった。
二人でそのまま雑談モードに戻っていく。
それに対して俺は、今の果子に前の自分を重ねて見てしまっていた。
肩を落とし、誰ともつるまずに項垂れる毎日。
頼れる人はいなく、現状の最悪な環境を自力で打開しなければいけない絶望。
さぞ傍から見れば、生気がなく見えただろう。
それはもう、情けない姿に映ったかもしれない。
だけど、だからこそやっぱりわからなかった。
なんでアイツ、そんな風な俺にあそこまで強く当たれたんだろうか。
人の心があったら、尚更あんな態度にはならないと思うのだが。
普通は落ち込んでいる身内がいたら、優しくするだろう。
考えても埒が明かないため、俺は首を振る。
今考えることは幼馴染のことでも文化祭の事でもない。
それよりまず先にやってくる月末の模試である。
「そう言えば次の模試、高木は俺を目の敵にして1位を奪いに来るらしい」
「オー、さっき教室から出て行ったノはその話だったンだ?」
「あぁ」
隣でニヤリと笑うレイサに対し、凪咲は薄く微笑んで俺を見た。
「では、またみんなで一緒に倒しましょう。何度でも」
「ウンウン。うちのツクシーがまぐれ1位じゃないってコト、証明しないとネ」
「あぁ。二人共頼りにしてるよ」
二人がいなければ取れなかった1位だ。
次もやれることはやって、アイツを迎え撃つ。
◇
昼休みの終わり際、俺はレイサに話しかけられた。
「あ、あのサ」
「どうかしたか?」
珍しくもじもじ小声なレイサに首を傾げる俺。
と、彼女は続きを話す。
「四限の時、ミカが変な話をしたみたいじゃん?」
「あぁ……。まぁ」
俺がレイサと凪咲のどっちと付き合っているか、などというふざけた質問をしてきた例の話の件だろう。
苦笑して見せると、彼女はため息を吐いた。
「ホントごめんネ邪魔して。それでなんだケド……あの件、ナギサには言わないでもらえるカナ?」
「あの件ってのは、付き合うとか云々の話か?」
「そうそう! ナギサってば結構ピュアじゃん? 多分そういうの、慣れてないと思うんだよネ」
「確かに」
言われてみるとそうだな。
自分と俺とが他者にそんな目で見られていると知ったら、動揺しそうだ。
もしかすると、俺と距離を取りたがるかもしれない。
彼女の意思で俺を避けるなら仕方のない事だが、他者からの野次馬で過剰に気にする事態は避けた方が良いだろう。
元から話す気なんてなかったが、より強く黙っておこうと思った。
頷くと、彼女は安堵したように、大げさに胸をなでおろす。
「はァ~~。話がわかって助かるワ」
「やけに心配してたんだな」
「エッ!? ま、マァネ? アタシとナギサの仲だから、そのくらいはシンパイスルヨネ」
「……?」
「じゃ! ソユコトで!」
わちゃわちゃ言って、そのまま走り去っていくレイサ。
やはり今日のアイツは何かがおかしい。
それに、普段より片言度が増していたような気がするが、気のせいだろうか。
やはり、俺にはあの人が何を考えているのかよくわからない。