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第2話 帰国子女の距離感がヤバい(語彙消失)

「枝野クンって頭良いんだよネ!? 良かったらアタシに数学教えてくれないかナ!?」


 俺の灰色の世界を突き破ってきたのは女子の大声だった。

 顔を上げようとしたところに真っ先に視界に入ってくる、目を見張るようなブロンドヘア。

 それは美容室で染めたようなものではなく、生まれつきのものだから傷んだ様子もなく透き通って見える。

 正直、その髪から誰が話しかけてきたかは分かった。

 だがしかし、信じられなくて恐る恐る視線を上げていく。


 窮屈そうに制服を押し上げる胸を越えて、ようやく彼女の澄んだ青い瞳と、目が合った。


「な、七村・フレイザー?・レイサさん……?」


 帰国子女である七村・F・レイサさんが何故か目の前に立っていた。

 俺の反応にツボったのか、彼女は手を叩く。


「お堅いなァ! レイサでいいよ!」

「え、あ、おう。……でもなんで急に」

「明日の数学の小テストで点取らなきゃいけなくてサ! でもアタシ、勉強苦手だし? ってところに最近枝野クンが暇そうなの見てたから、声かけてみました!」


 言われて気づいた。

 そういえば普段は別クラスの果子が、事あるごとに話しかけに来ていたっけ。

 まぁそのほとんどが勉強の邪魔か、言い返さない俺を揶揄っていただけだったが。

 この前の事があって、アイツが俺を心底嫌いだと分かった。

 要するに、本当にただ俺を馬鹿にして遊んでいただけだったのだ。

 ともあれ、ここ最近やけに静かだと思ったらそういう事だったか。

 あれ以降果子との接触はない。


 ぼーっと考える俺に、レイサはグイッと距離を詰めてくる。


「どした? お腹でも痛い? 取り込み中?」

「あ、いや。考え事」

「ほう。このアタシを目の前にして無視とはいい度胸ですナ」

「ご、ごめん。っていうか、何? 小テスト?」


 そう言えば明日の数学の授業では小テストを実施すると言っていた。

 俺としたことが、そんな重要な予定すら抜けていたらしい。

 焦る俺を他所に、目の前のレイサはもっと深刻そうに顔を歪める。


「マジお願い!」

「うーん」


 そうは言われてもなぁ。

 渋ったところ、こんな美少女にお願いされて断る理由なんかないだろうと、教室の男子達が殺気付くのが分かった。

 だがしかし、今の俺は成績不振もいいところだ。

 正直人に教える余裕もなければ、器でもない。


 対して、目の前のレイサはそんな俺とは違う。


 七村ななむら・フレイザー・レイサ。

 家は大手お菓子メーカーの生まれで、社長の弟だか何だかの娘だったはずだ。

 どのみち、大金持ちには変わりがない。

 パティシエの父親とパリから連れてきた奥さんの元に生まれ、去年まで海外に住んでいたと、それこそ果子から聞いたことがある。

 

 特筆すべきはこの容姿とコミュ力。

 金髪碧眼の浮世離れした見た目に、日本人らしく馴染みやすい可愛いらしい目鼻立ち。

 そして出る所は出て、引っ込むところは引っ込んだ完璧なプロポーション。

 負のオーラを放つ今の俺に話しかけてこられる強靭なメンタルと、社交の場や海外で培ってきたコミュ力を併せ持ち、友達も多い。


 そう、友達も多いのだ。

 何故そんな奴が俺に手を合わせて懇願してくる……?


 目の前で床に膝をつこうとしているレイサに、俺は我に返る。


「な、ななな何してんの!」

「土下座したら教えてくれるかと思って」

「そんな事しなくても教えるから! やめてくれ!」


 ぶっ飛んだ行動に度肝を抜かれた。

 本当にやめて欲しい。

 そんなことされたら、後日校内で『ガリ勉陰キャがレイサさんに土下座させた』などと広まるに決まっている。

 今以上に居心地が悪くなるのはごめんだ。

 

「マジ? 教えてくれるノ!? ヤタッ」

「そ、それは別にいいけどさ。何で俺なんだよ。レイサさん友達も多いだろ」

「んー? 枝野クンが頭いいってのは入学式直後の実力テストの時からわかってたからネ! 今日も数学の時間、当てられてすらすら答えてたし」


 うちの高校は、成績の張り出しが上位10位まで行われる。

 その中で最初のテストで俺は3位にランクインし、張り出された。

 その後教室で先生に名指しで褒められたっけ。

 結果としてそれが鼻に着いたらしく、以来俺の教室内での風当たりは強い。

 幼馴染に裏切られた今、四面楚歌になっている。


 嫌な事を色々思い出してしまった。

 我ながら地雷が多過ぎて嫌になってきたな。

 

 勉強を教えると言ったのが嬉しかったのか、レイサは俺に耳打ちしてきた。


「……お礼もしちゃうよ?」

「ひっ!」


 こそばゆくて立ち上がる俺。

 それに対し、レイサは後ろに手を組んでニヤニヤしながら詰めてくる。


「フッフッフ、お楽しみが待ってるよ~?」

「や、やっぱ無理!」


 怖かった。

 目の前の女が何を企んでいるのかわからなくて混乱した。

 ただのスキンシップにしては、あまりにも距離が近い。

 視線が嫌でも胸の方に行ってしまうのだ。


 教室でもみんな俺達の方を見ており、既にヒソヒソ陰口を言われている。

 これはマズいと判断したため、俺は。


「お、お腹痛いからトイレ!」


 テキトーな嘘をついて教室を飛び出ることにした。





「で、いつ教えてくれるの?」

「ぎゃあ!」


 授業開始のチャイムが鳴るまで粘った後、トイレから出るとぬっと横から声をかけられて悲鳴を喘げてしまった。

 向くと、ジト目のレイサが立っている。


「嘘ついたでしょ? さっきお腹痛くないって言ってたから、その時の発言かトイレに入ってた今の行為がアタシを避けるための嘘だったかの二択なんですケド?」


 俺はキスでもするのかという距離で言ってくるレイサの肩に触れ、そのまま引き離す。

 そして下手な苦笑いを浮かべた。


「は、はは。頭良いんだね。名推理だよ。だ、だったらその頭で数学も勉強すればいいんじゃないかな。じゃあ俺はこれで——」

「いやさっき教えてくれるって言ったよネ?」


 逃げようとしたが、回り込まれてしまった!


「ひぃぅ」


 ドン!と壁ドンされて変な声が出た。

 詰められて、完璧に逃げ場を失くす。

 俺はため息を吐き、観念して正直に言う事にした。


「怖いんだよ。距離の詰め方が」

「アハハ! よく言われる」


 豪快に笑うレイサを後目に、じゃあ直せと内心思う。


「普通にお礼するとか言われたら、勘違いするだろ? そういうのが色々怖くてだな……」

「それって……もしかして期待しちゃったってコト?」

「べっ、別にそういう意味じゃねーよ。ただ普通に、勘違いしてもおかしくないような事を言うなってだけでだな」

「フーン、ま、アタシはどっちでもいいんだけどネ。それはそれとして、なんか意外」

「え?」


 言われて首を傾げると、レイサは咲いた向日葵みたいな笑顔を見せた。


「思ったより、普通に会話できるんだネ!」

「コミュ障陰キャで悪かったな」

「ってか、じゃあ今日の昼休みでいい?」

「大丈夫だよ」


 とんとん拍子で勉強を教えることが確定してしまい、自分でも笑みがこぼれる。

 そういえば、他人とこんなに明るく会話をしたのはいつぶりだろうか。

 勉強ばかりで視野が狭くなっていたようだ。

 こういうのも、悪くない。


 いや待てよ?

 勉強……?


「そういえば授業中じゃねーか!」

「気付くの遅いネ」

「誰のせいだ! ……いや、俺のせいでもある!」

「一人ノリツッコミ上手~」


 雑に褒められてちょっと嬉しい自分が腹立たしい。

 

 あぁ、なんだかな。

 成績は落ちて、幼馴染に裏切られて。

 なのに授業すらこうやって軽くサボってしまって。


 人生最悪なはずなのに、何故か少し胸が軽くなった気がした。

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