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第19話 出張る暗躍メイド

「クソ、マジでアイツ余計なことしかしねーな」


 俺は一人でそんな悪態をつきながら階段を上っていた。

 というのも、高木の要件に付き合っていたせいで休み時間が終わってしまったのだ。

 既に四限の古典の授業は始まっており、最悪。

 なんならこの時間は5クラスを混ぜて習熟度別に教室が分かれているため、一旦教科書を取りに他の習熟度クラスの授業中に入らなければならない。

 授業には遅刻するし、他クラスから白い目を向けられるわけだ。

 ここまで計算ずくの嫌がらせなら大したものである。

 流石秀才、高木李緒。


 なんて嫌味に考えながら俺は自分の教室を前に一旦深呼吸する。

 俺の所属する一組は習熟度で言うと一番上のクラス。

 夏休みまでの成績でクラス分けが行われているため、俺はここではないグレード2のクラスに割り振られている。

 

「すみません。教科書を取りに来ました」

「ん。早くしなさい」


 不機嫌な教師に断りを入れて自分の席に行くと、そこには凪咲が座っていた。

 どうやら丁度俺の席で授業を受けていたらしい。

 見ず知らずの生徒じゃなくて安心する。


「悪い雨草さん、ちょっと引き出しの中漁らせて」

「はいどうぞ」


 にこやかに椅子を引いてくれる凪咲に心から感謝しつつ、用事を終わらせ、そのまま教室を後にした。

 全く、面倒な手間取らせやがって。

 教室の前方にいた高木の意地悪い笑みがさらにムカつく。

 何でアイツだけ授業に間に合っているのかという点にも腹が立つな。


 とかなんとかあって、ようやく自分の習熟度のクラスに合流。

 空いている席に座るスタイルなので、俺は教室後方の女子の隣に腰を掛ける。

 

「おー、枝野君じゃーん」

「……?」


 席に座るや否や、フレンドリーに話しかけられた。

 おさげにニキビ跡が残るやや芋臭い風貌とは真逆に、まるでギャルのような軽いノリ。

 目をパチクリさせていると、その子は授業なんてフル無視で名乗ってくる。


「あたし西穂ミカ。レイサの友達だよー」

「あ、あぁ。よろしく」

「ん。どもども」


 高速でシャーペンを回しつつ、ミカはヘラヘラ笑った。

 授業中だと言うのに、先生の話を聞く気もなさそうに彼女は続ける。


「いやー、今話題の天才生徒の隣なんて光栄だなー」

「別に、ただ空いてたから座っただけなんだけど」

「ん? マジ? あたしに興味あるわけじゃないんだ? ウケる」


 何が面白いのかわからないが、お気に召したらしく笑うミカ。

 正直ペースが掴めず、困惑している。

 なんだこいつ。

 なんで授業中にこんなにべらべら話しかけてくるんだよ。

 当然だが、今も先生は普通に解説をしているし、板書もどんどん進んでいく。


 座る席を間違えたと、俺は早々に後悔した。

 他にも空いている席はあるため、そっちに座ればよかった……。


 しかし、不思議なもので、この女子の声は何故か周りには聞こえていないらしい。

 普通に話しかけているように見えて、周囲の邪魔にはならないように配慮しているのか。

 いやいや、じゃあ俺の邪魔になっている事も考慮してくれよと首を振る。

 マジで何なんだこいつ。

 まさか、高木の差し金だろうか。

 俺の苦手科目の授業を妨害し、点数を下げる計らいか。

 こうなってくると全部アイツの嫌がらせに思えて仕方がない。


 なんて考えていると、ミカはニヤリと口角を上げて聞いてきた。


「で、どっちと付き合ってるの?」

「……は?」


 唐突な質問に、意識の半分で聞いていた授業が飛ぶ。

 ミカと違って声がデカい俺は、そのまますぐに「私語はやめてください」と注意された。

 理不尽な先生に解せないが、そんな事より問題は隣の女だ。

 彼女は俺の反応が面白いようで、かなりご満悦である。


「レイサと凪咲ちゃん、どっちとも仲良いじゃん? そういう関係ではないの?」

「……当たり前だろ。恐れ多い事言うな。洒落にならん」


 冗談でもやめて欲しい。

 そんな噂が立てば俺は命の危機まで覚える。

 ただでさえ凪咲と仲良くしている現状に、男子達は息巻いているというのに。


「ふーん。でも付き合えたら嬉しいんでしょ?」

「……何言ってるんだよ」


 正直考えてもみなかったことだ。

 人間としての魅力に差があり過ぎて、対等に彼女らと付き合おうだなんて思い至りもしない。

 友達でいる今がそもそもおかしいのだ。

 彼女たちも、俺が勉強ができるからそれがきっかけで話すようになっただけだし、俺におかしな気を起こしたりはしないだろう。


 俺の真顔の返答に、ミカは意外そうに目を丸くする。


「でも好みはあるでしょ? どっちが本命になり得る?」

「……さっきから、何なんだ本当に」


 いやに詰めた質問にいい加減ムカついてきた。

 ずっと授業を妨害されているのも気に障る。

 それに、レイサの友達と言うのなら、彼女を茶化すような態度が個人的に気に入らない。


 と、俺の怒気に気付いたのかミカは手を合わせて謝ってきた。


「ごめん。もー聞かないよ」

「あ、あぁ。なんか俺も怒って悪い」

「ううん、レイサのこと大事に想ってるのが知れたから大丈夫。図るような真似してごめんねー」


 そこから、ミカは一切話しかけてこなかった。

 軽快なペン裁きでノートを取る音だけが、やけに耳に残る授業時間。


 なんだか不思議な女だ。

 レイサの事は気にかけているようだし、今のは俺が変な気を起こしてないかを確認するためのムーブだったのだろうか。

 わざと鎌をかけて、下心の有無を確認したのかもしれない。

 そう考えるとしっくりくる。

 どのみち俺にとってはお節介だがな。





 授業終わり、俺は絶望していた。

 隣の女の話が気になり過ぎて、柄にもなく授業にほとんど集中できなかったのである。

 どうしよう。

 放課後に凪咲に聞いてもいいが、クラスが違うから授業内容を全部抑えることはできない。

 となると先生に怒られるのを承知で、聞きに行くしかなさそうだな。


 渋い顔をして考えていると、机にルーズリーフが置かれた。

 見ると、物凄い書き込みの板書+メモの、超有益ノートである。


「授業邪魔したお詫びー。それあげるから勉強頑張ってねー」

「も、もらえないよこんな貴重なノート」

「いいって。これで枝野君の成績が落ちたら罪悪感湧くし、そもそもあたし、別に自分のノートは取ってるから」


 やけにペンを走らせていると思ったら、そうだったのか。

 二人で話しながら、教室を出る。


「じゃあ遠慮なくもらうぞ」

「どぞー。……あ」


 急に固まったミカに、俺は彼女の視線を追った。

 そこにはレイサが立っていた。

 過去一番、見た事もないくらい目を丸くして口をあんぐりと開けた帰国子女が、そこにいた。


「じゃ、あたしはこれで」


 言ってすぐにレイサとどこかへ消える二人。


「なんだったんだあいつ……」


 俺は首を傾げながら、そのままもらったルーズリーフに再度目を落とす。


 西穂ミカ、か。

 正直、順位表で見かけたこともなく、別クラスだから初めて関わったが、要注意である。

 授業の前半をほぼ流してこれだけ要領良くまとめられる能力は、彼女の成績のポテンシャルを警戒せずにはいられない。

 きっと、狙えばすぐに上位に上がって来るだろう。

 俺は彼女のルーズリーフを見ながら、そんな事を思った。





【レイサの視点】


「あ、ああああアンタ何してんノ!?」

「授業を受けて、偶然隣の席になった枝野筑紫とお話をしただけですが」

「それがヤバいって言ってんノ! なんで暗躍メイドが表に出てくるノ!?」

「暗躍メイドって……。レイサ様、深夜になろうアニメを見るのはお肌に悪いからやめてくださいとあれほど言ったじゃないですか。中二病は勘弁してください」

「話を逸らすナッ!」


 人気の少ない体育館横のトイレ。

 アタシは授業後の昼休みすぐ、そのままミカを連れて入った。

 そして肩を掴んで正面から睨む。

 

「れ、レイサ様……そんなに見つめられたら——」

「ナニ? 興奮する?」

「先取りはやめてください。シラケます」


 アタシの手を払うと、ミカはため息を吐いた。


「レイサ様が探れとおっしゃったんじゃないですか。『今のツクシーの中のアタシとナギサの優劣が知りたい。タスケテミカえもん~』と」

「絶対言ってないし、妙に片言なのはアタシへの当てつけ?」

「そんな。愛情ですよ。大好きです」

「アタシもだよ。で、そんな事はドーデモいいノ!」


 話が進まないから強引に黙らせる。

 そしてアタシはそのまま、両手を弄りながら尻すぼみに声を絞り出した。


「つ、ツクシーにバレてない?」

「レイサ様は日和り過ぎなんです。雨草凪咲と枝野筑紫の接触を止めた時と違って、今回は私の独断タイミングです。確実にバレません」

「で、でもミカが探ってたって、ツクシーがナギサに言う場合は? アノ子はミカとアタシの関係に気付いてるしヤバいじゃん」

「それも大丈夫です。かなりお二人の事を大切にしているようなので、彼の性格的にそんな話題は振らないかと」

「し、信じるからネ」

「私はレイサ様専用の万能メイドです。どうか心配なさらず」


 この子はいつもどこか冗談めいている。

 馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。

 とは言え、頼りっきりなのも事実だ。

 今回に関しては、正直もう少し隠密に彼の気持ちを確認してくれればよかったのに。

 日和っていると言われたけど、たまにはこういう強引な押しも必要なのかな。

 恋愛って本当にムズカシイ。


「で、アタシとナギサのどっちが好きだって?」

「ふふ、ご自分で聞いてみては?」

「なんなのホントにー!」


 アタシは、いつもメイドに振り回されている気がする。

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