第16話 恋する乙女の裏工作
「じゃァさ、この前はうちで勉強したし、今度はツクシーの家で遊ぶ?」
レイサがそう言い、テーブルに肘をついて上目遣いで見てくる。
思い出すのはこの間の事だ。
勉強会の延長でレイサのお屋敷に泊まらせてもらった日の事は、昨日のことのように覚えている。
そこで勉強したことは勿論、初めて味わう贅沢な暮らしは夢見心地だったからな。
そう簡単に忘れられるものではない。
だがしかし、だからこそ俺は険しい顔をせざるを得なかった。
「アレ、なンかマズかったかナ?」
首を傾げるレイサに俺は苦笑せざるを得ない。
「いや、別にいいんだけど、レイサさんの家の後だと見劣りが凄いからさ。ほら、前に言ったと思うけど、うちは母子家庭で安い木造アパートだから遊ぶものもないし」
「気にしなくても大丈夫ですよ。遊ぶものがないなら、みんなで模試対策の勉強会をすればいいんですし」
「ナギサ、それ本末転倒だから」
「あ」
今回の打ち上げは気晴らしに遊ぶことが目的。
勉強会は勉強会で楽しいが、目的とは反する。
と、そんな俺達にレイサはウインクしながら言った。
「イヤイヤ、別に家での遊び方は色々あるよ? 例えば……ツクシーの卒アル鑑賞会とかどう?」
「面白そうですね!」
「でしょー? この勉強廃人のキラキラな幼少期なんて、一度見てみたいじゃァないですか」
「確かに……!」
興味津々に見てくる凪咲に、レイサはにやりと笑う。
なかなかグロい娯楽を提示してくる奴だ。
「それだと不公平だろ。俺も二人の写真を見ないとアンフェアだ」
「ン? 見たいノ?」
「くっ……」
卑怯な女である。
こんな聞き方をされたら、まるで俺が変態みたいじゃないか。
心なしか照れたような表情を浮かべる凪咲にもなんか気まずい。
図ってこの雰囲気を作っているなら、なかなかの策士と言えよう。
前から思っていたが、この悪知恵の働く頭を勉強に使えば、それなりの成績なんてすぐに問える気がするのだが。
ジト目を向けると、レイサは「お手洗い~」なんていて去っていく。
かき回すだけかき回しやがって。
「ふふ、流石ですね」
「あぁ」
とは言えなんだかんだ、少し楽しみになってしまった。
遊びを教えてくれると言っていたが、あながち嘘ではないらしい。
◇
【レイサの視点】
「はァ~。これ、マズくね?」
トイレに入ってすぐ、アタシは洗面台の鏡を見ながらため息を吐く。
映るのは日本人離れした髪色の女子高生だ。
自慢じゃないけど、結構可愛い部類だとは思っている。
だけど、相手が悪い。
「なンか日ごとにナギサとツクシーの距離が縮まってるンですケド? アタシ結構ピンチじゃない?」
アタシはツクシが好きだ。
ただ、今の状況はアタシとナギサが同じ立場でツクシのそばにいるわけで。
これだとカレ的には「お淑やかで頭のレベルも合う雨草さん超好き!」となってもおかしくない。
マズすぎる。
なんだか自分から、ナギサの可愛さを引き出すような絡みをしてしまっているのも良くない。
というかアノ子が可愛すぎるのも問題だ。
つい眉間にしわが寄ってしまうので、慌てて笑顔を浮かべる。
アタシがナギサに勝てるのは愛嬌だ。
ネガティブになるなアタシ~~。
「恋する乙女はいつの世も可愛らしいものですね」
「ッ!?」
個室になっていたはずのトイレの奥から、声が聞こえて肩がビクッと跳ねた。
間抜けな顔が鏡に映し出される中、その鏡面に新たな顔が映り込む。
「……ドコに行ってたノ」
「少々お暇を頂いて祖父母の家に」
背後に忍び寄って来ていたのはメイドのミカだった。
ナギサに正体がバレたあの日以来、ずっと屋敷で見ることはなかったが、そんなふざけた外泊をしていたとは。
振り向くと、ミカは肩を竦める。
「どうして? と問いたそうな顔ですね。お答えします。あの日帰ったら、間違いなくレイサ様に叱られると思ったから怖くて逃げました」
「アンタ、清々しいほど素直ネ。もうイイワ、過ぎた事だし」
「はい。ですからほとぼりが冷めた今戻りました」
ツッコむのも面倒くさい。
普段の外用の芋臭いおさげスタイルではなく、屋敷にいる時のように髪を下ろしているミカに、アタシはさらにため息を漏らした。
西穂ミカは、元々うちの家で雇っていた使用人の娘だ。
だがしかし、赤子の頃にその使用人夫婦が揃って事故で他界してしまい、その後ミカはうちで引き取り。
形的にはメイドとして、だけどほぼ姉妹のように育ってきた。
同い年で、アタシよりも要領のいいミカに、これまでも幾度となく助けられてきた。
正直、思う所はある。
「そんなにイヤなら、メイドなんかやめればいいのに。アタシは止めないよ?」
「いえ。レイサ様の事が好きなので。おそばにいたいです」
「! ……そ、そうなンだ。えへ、えへへ」
「あと屋敷では少しレイサ様のお世話をしたら、高校生とは思えない額のお小遣いが手に入るのでやめるメリットもないです」
「感動を返せ!」
泣きそうになって損した。
と、そんなアタシにミカはグイッと距離を詰めてくる。
「それよりも、話は聞かせてもらいました」
「え、ウン。……イヤイヤ待って。大前提として、なんでここにいるノ? そもそもここトイレなんだケド? アタシ、ちゃんと鍵確認して入ったよ?」
「それは、レイサ様を待ち伏せてましたから」
「ハ?」
意味が分からないうちのメイドに混乱する。
昔からこの子は神出鬼没で奇想天外で、予測不能だ。
「今日はいつも通りレイサ様の行動を尾行していました。そして、店内での雑談も勿論把握。あ、身バレは安心してください。見ての通り変装していますので。同じ轍は踏みません」
「ほぼ全部ナニ言ってるかわかンないケド続けて」
「そして、レイサ様の尿意周期は大体わかっているので、飲み物の種類と飲んだ量を計算して、いらっしゃる一分ほど前に潜伏しました。そのままレイサ様が入って来られるよう、鍵は閉めずに奥の個室に隠れていたというわけです」
「き、きもちわるゥ」
想像のはるか上の気持ち悪さに、アタシは顔を歪める。
「ソレ、入って来るのがアタシじゃなかったら?」
「『きゃー、鍵閉め忘れちゃった☆ 恥ずかしー』って言います」
「……」
もういい、ツッコむのはやめよう。
アタシは大きく息を吐いたあと、ミカの華奢な肩に手をかけた。
そしてそのまま言う。
「話は聞いてたみたいだから説明は省くワ。この状況をナントカして」
「それは、枝野筑紫に雨草凪咲より自分のことを好きにならせようって作戦の話ですか?」
「そう!」
「レイサ様は十分魅力的ですよ?」
「そういうのいいから! ピンチなノ! せっかくこんなに仲良くなれたのに、このままじゃ目の前で寝取られるかも!」
「この場合はレイサ様のものではないのでNTR案件にはならない気もしますが、言いたいことはわかりました。でもなぁ、やだなぁ」
「さっきメイド辞めないって言ったでしょ。助けて」
「相変わらずわがままだ。そこが愛おしい」
恍惚とした表情で見られて肩から手を放した。
たまにゾッとするような事を言うから、この子は危険。
と、仰け反ったアタシにミカは頬を掻く。
「雨草凪咲には正体バレてますし、動きにくいんですよ」
「それはミカのミスでしょ」
「レイサ様の無茶ぶりのせいです。なんですか『アタシのツクシに他の女を寄せ付けないで! 壁になって!』って。私は肉壁ですか? 矢面に立たせておいて悪びれもせず」
「ご、ゴメンって」
「いいですよ。これ以上無茶を強要されたら、この前シイタケを私の皿に移してきたこと、お母様に報告しますから」
「ゴメン。ホントに反省するから勘弁して」
母に好き嫌いが伝わればただでは済まない。
食事に関してはうちの家は物凄く厳しいから。
アタシをビビりあがらせて、ミカは人差し指を立てた。
「で、本題ですが。もう少し押しましょう。現状レイサ様と雨草凪咲の枝野筑紫への距離感はイーブンと見ています」
「あ、案外マシ?」
「いえダメです。同じクラスなのに距離が縮まっていないことを反省してください」
「う、ウゥ。わかった」
「で、ですが。先程話していた打ち上げを利用しましょう」
「打ち上げ?」
「そうです。そこで……そうですね。例のお礼という切り札を使うのはどうでしょうか」
アタシが小テストの時、ツクシに交換条件に出したものだ。
結局未だにロクにお返しはできていなかったから、いい機会ではある。
だけど、肝心の内容が思いつかない。
薄く微笑むミカに聞こうとして、首を振る。
ダメだ。
こういうのは自分で考えないと意味がない。
アタシを好きになってもらわないと、意味がないんだから。
それに、カレの望むもの一つ考えられなくて何が恋する乙女だ。
「ありがと。助かったワ」
「れ、レイサ様……」
チークキスをするとミカは蕩ける様に顔を緩ませる。
そんな彼女に、アタシはにんまり笑顔を張り付けて言った。
「ウン、じゃあ要件終わったから出てってネ? もう漏れちゃうからッ!」
空気に溶け込むようにトイレを出て行ったミカ。
それを見送って胸を撫で下ろしながら、便座に腰かける。
戦いは次の打ち上げ会だ。
そこでアタシはツクシにアピールして、意識させる。
成績や可愛さでは劣るが、恋愛は駆け引き含めた総合バトルだ。
ナギサには悪いけど、ツクシの隣の席を譲るわけにはいかないから。
アタシは、今ここに決意を固めたのだった。