第15話 打ち上げの概念が分からない人々
テストの結果が返却され、俺達はいつものファミレスでテスト用紙をテーブルに並べていた。
目の前には緊張の面持ちのレイサがいる。
それに対し、俺の隣では凪咲が彼女の現代文と古典の答案用紙を凝視していた。
そして俺もレイサの数学の答案用紙を見ている。
「凄い。教えたところは全部できてるな」
「でしょ!? 凄くない!? アタシもやればできる子だったんだよネ~。もっと褒めてくれてもイイよ! にひひ~ッ」
「うんまぁ、それ以外は全くできてないけど」
「上げてから落とすノやめてくれない?」
レイサは五教科の平均が約58点。
点数的にはそれなりだが、しかし平均点には若干及ばない。
今回は全体的な難易度は高かったものの、意外に平均点自体は高かったため、満足な数字とは言えないだろう。
というのも、基礎問題が結構な比率で出題されていたのだ。
みんなそこは点数を落とさないため、上位の応用問題以外大して差がついていない。
今回のテストで俺・凪咲・高木と、その下に大きな差があったのは実はこの絶妙なバランスのテスト作成が原因である。
そして、丁度レイサに教えたのが基礎問題だったため、奇跡的に噛み合って彼女は点数が伸びた。
俺はレイサの数学の解答用紙の、真っ白な最終大問を指しながら言う。
「今回は何故か少なかったが、普通はこのレベルの大問がもう一つはある。そして、レイサさんはここが全問空欄だ。……一応聞いておくけど、時間が間に合わなかったのか?」
「ウウン。何にもわかンなかったダケ」
「じゃあ手放しで喜ぶのは危険だな。……いや、まぁでも、教えたところがほぼ全部合ってるのは勉強の成果だから。素直に凄いと思うよ」
デリカシーというモノを覚えてきたので、最後にちゃんと本心からだが褒めてみた。
すると、面白いくらいにレイサの表情が明るくなる。
「だよネ!? はァ~、学年一位に褒められると嬉しいワ~」
「それにしても、じゃあなんで今まで赤点女王なんかやってたんだ? 勉強すればできるのに」
「オイ。好きで赤点取ってたワケじゃないンですケド? ってか何その二つ名!?」
喜んだり怒ったり忙しいレイサに思わず吹き出した。
と、そこに凪咲がプリントを置いて口を開く。
「枝野さんの教え方が上手だったんですよ。私も無事に英語の成績が伸びましたし。……9割近く取れたのなんて、生まれて初めてです」
「いや別に俺は大したことはしてないよ。二人が頑張っただけだろ?」
だってそう、俺は知っている。
どれだけ教えてもやらない奴はやらないし、身に付かない。
俺がいくら対策を講じても、本人にやる気がなければ意味がないのだ。
今回最下位を取ったらしい女が、ずっとそれを証明していた。
ヨイショされ過ぎて気恥ずかしいので、俺は頬を掻きながらアイスコーヒーを飲んだ。
なんだか慣れない苦みに、感慨に耽る。
最近はよく眠れていたので、そう言えばカフェインを摂取する機会が減っていた。
前は睡眠を削って勉強ばかりしていたため、家でも毎日飲んでたっけ。
とかなんとか考えていると、レイサが聞いてくる。
「ってかサ、勉強会は良いけど、フツーに打ち上げはしないノ?」
「え、なにそれ」
「イヤイヤ、テスト後はよくするじゃん? みんなでオツカレサマーって言いながらご飯行ったりカラオケ行ったり」
「……そうなの?」
「さぁ?」
レイサの言葉を聞いて凪咲に問うてみるも、彼女も俺と同様に首を傾げるだけだ。
そうだよな。
そんな会知らないよな。
そもそも俺には誘ってくれる友達すらいなかったし当然だ。
微妙な雰囲気になったところで、レイサが焦り始める。
「ま、まァそういう人もいるよネ」
どうやらこの反応を見るに、俺達がイレギュラーな人種らしい。
やはり勉強とは孤独なのだ。
正直、こうやって集まってテストのやり直しをしている今ですら、俺的には結構楽しいからな。
しかし少なくともレイサはそうではない。
確かに、余程のガリ勉でもない限りは勉強に対して楽しさなんて感じないだろう。
「じゃあやりましょうか、打ち上げ」
凪咲の言葉に、レイサは目を丸くする。
「いいノ? せっかくの時間を勉強じゃなくて遊びに使って」
「……私も、そういうのに興味があっただけです」
「つ、ツクシーは?」
「うーん、良いんじゃないか?」
個人的にも、割と肯定的に感じていた。
というのも、正直今自由な時間を与えられても、テストの余韻が抜けなくてまともな勉強なんかできる気がしなかったからだ。
いつもテスト後は自分が間違えた問題を並べて、『ここが合ってたら平均○○点だったな』とか意味のないことを考えてしまう。
そんな事に時間を使うくらいなら、切り替えて遊んだ方が良い。
あと、今回のテストでわかったが、適度に他人と話して楽しい毎日を送っていると、精神的負荷が軽減する気がする。
今回は本当に驚くほど落ち着いて解けたのだ。
それに、これが一番の理由だが、俺だって友達と打ち上げをしてみたい。
一日くらい遊んでも罰は当たらないだろうし、良い息抜きになってその後また集中できそうだ。
と、俺の返事にレイサは眩い笑みを浮かべて身を乗り出す。
「じゃあ何する!? ご飯? カラオケ? ア、それかどこか遊びに行く!? ラウワンとか!」
「ど、どうなんでしょう。経験がないので」
「そうだよな。いざ遊べと言われても遊び方が分からん」
「ですよね。……ふふ、小学校の休み時間に一人でクロスワードを解いていたら、先生に心配されたのを思い出しました」
「あ、なんかわかる。俺も中学の頃は昼休みにずっと本読んでて先生にメンタルケアされたことある」
「チョ、悲しい意気投合しないで!? これから覚えていけばイイって! アタシが楽しいコトいっぱい教えるからサ!」
凪咲の家は知らないが、俺は自宅に娯楽もないからな。
最近は食事中にアニメやドラマを見る以外、たまにYouTubeで暇潰しをするくらいの生活だ。
あとは極稀に漫画や小説を読むことくらいだろうか。
どのみち、外で遊ぶことはない。
あれでもないこれでもないと考えるレイサに、俺と凪咲は顔を見合わせて笑った。