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第14話 全てを悟る元秀才と全てを失う幼馴染

 まさか、自分が学年で最下位を取るだなんて思ってもみなかった。

 テスト後の授業で次々と返ってくる絶望的な点数。

 相談しようにも、あまり機嫌の良くない李緒君。

 ウチにとってここ数日は、日々お祈りをするだけの地獄だった。


 そして今日、そのお祈りの意味もなかったことがわかる。

 手渡された成績表に書かれていたのは堂々たる学年最下位。

 流石に予想外の順位に、一瞬ショックより動揺が勝った。


「……クソ。こんな問題なんで間違えたんだ僕は」


 放課後、ウチは李緒君の家に上がっている。

 何度か入った部屋だけど、今日は一段と教材が散乱していて汚い。

 ウチの事なんかお構いなしに復習をする彼に、なんとなく大嫌いな幼馴染の顔が頭をよぎった。


 そういえばアイツ、どんなに成績が落ちてもウチのやり直しを優先して教えてくれてたっけ。

 少なくとも、こんな風にウチを放置することはなかった。


「あのさ李緒君……」

「……」

「補習の勉強、付き合ってくれないかなっ?」

「……」


 精一杯可愛く聞こえるようにお願いしてみたけど、彼の反応はない。

 と、不意にペンを置いてこっちを見た。


「お前、僕が教えてもまともに聞きもしないじゃないか」

「え」

「第一、僕が勉強を見てやったのにどうして最下位が取れる? はっきり言ってお手上げだよ。自分でどうにかしてくれ」

「……なにそれ」


 吐き捨てるように言って再び自分の勉強に戻る李緒君に、ウチは目を丸く見開く。

 知らない。

 こんな人知らない。

 

 ウチの知ってる李緒君は頭が良くて優しくて、常に余裕のあるイケメンだったのに。

 誰だこの男は。

 みっともなく成績を落とし、顔を歪めて、ウチに八つ当たりをしてくるこのクソキモ男は誰なの。


「アンタのせいでしょ」

「……え?」

「アンタのせいだって言ってんの! アンタが馬鹿で低能の雑魚だからウチに勉強を教えることもできなかったんじゃんっ! 自分の教え方が悪いのに、なんでウチのせいにするの!? このドクズ早漏やろー!」

「ッ!?」

「筑紫だったらウチを最下位になんかさせないっ! 結局今回のアンタはあの無能ガリ勉以下のクソザコウジ虫だってこと! 成績だってアイツ如きに負けたくせに!」


 ウチは知っている。

 今回のテストであの憎き幼馴染が首位に君臨していた事。

 それと、アイツが仲良くしていた雨草凪咲もずっと李緒君に負けてたくせに、生意気にも逆転していた事。


 ウチが言い放つと、李緒君はピクリと反応した。

 そして、見た事もない形相で聞いてくる。

 その顔は、怒りというより驚きと畏怖を孕んでいるように感じた。


「お前、これまで枝野筑紫に勉強を習ってたのか?」

「え? う、うん。そう言えばあんまり言ってなかったね。アイツ、自分の勉強すらロクにできてないくせに毎回テスト前はウチ専用の対策問題を作ったり、テスト後は一々ウチの解答用紙をじろじろ眺めてぶつぶつ言ってたから。あ、そうそう。アイツってクソ貧乏だから対策問題も全部手書きなの! だっさいよね!? キャハハッ。でさ——」

「もういい」

「——え?」


 アイツが如何に要領が悪くて馬鹿だったかを語ろうとしたのに、何故か止められた。

 首を傾げると、李緒君は書いていたノートのページを破って、ぐしゃぐしゃに丸める。

 そのまま頭を抱えた。


「はぁ……。そういうことか。道理で」

「え、なに?」

「お前、本当に脳が根っから腐ってるんじゃないのか? 自分で言っていてわからないのか?」

「は? 何の話?」


 目の前の彼氏が何を言っているのか理解できなくて、ウチは困惑する。

 李緒君と話していると定期的にこうやって会話が成立しない。

 困ったものだ。

 せっかく頭は良いのに、肝心の相手に伝える能力が低い。

 言語化能力の低い人との会話は疲れちゃう。


 とかなんとか思っていると、ついに李緒君は首を振って言った。


「もういい。出て行ってくれ」

「は? まだ話終わってないじゃん」

「終わってるよ。色んな意味で。それと、金輪際僕に関わらないでくれ」

「……ださ」


 またこいつ、八つ当たりしてきてる。

 きっと成績が落ちたのをウチのせいにして、衝動的になっているんだ。

 正直、今回の件でウチも李緒君にはかなり幻滅した。

 だけど、それじゃ困る。

 こうなった以上、補習や再テストに合格できるように、責任を取ってもらわないと。


「つ、筑紫の方がウチに勉強教えるの上手かったって認めるわけ? プライドとかないのっ!?」

「……はぁ。そこまで言うなら、また枝野筑紫に勉強を習えば良いじゃないか。彼なら君のその何も詰まって無さそうな半分腐敗した脳みそでも、きっと赤点を回避できるようにさせてくれるさ」

「ひど! ウチ、これでも一応偏差値73の高校に通ってる頭つよつよ民なんですけど!?」

「……そうだ。それだって、枝野筑紫に勉強を習ったから入れたんじゃないのか?」

「それはちょっとあるけどぉ。でもアイツにできることなら、李緒君はもっと上手くできるって。なんなのさっきから。まるで自分がアイツより下みたいな言い方してさ」

「チッ」

「あ、舌打ちした! ガチサイテー過ぎるんですけど。そもそも何? まぐれで一回アイツに負けたくらいでそんなに落ち込んでんの? メンタル弱すぎでしょ。だっさ。女々し過ぎて草生えるんですけど」


 強い語気で意地悪ばかり言われて、ついカッとなってしまった。

 おかげでたくさん煽るような事を言ってしまう。

 早口で言いきって呼吸が乱れた。

 肩で息をするウチを李緒君は見ない。

 ペンを握り締めてただ俯くだけだ。


「別れてくれ。本当に」


 絞り出したような彼の声に、ウチは冷や汗をかく。

 これ、ヤバい。

 マジなヤツだ。


「じょ、冗談だからぁ。ほら、じゃあえっちシよ? 嫌なこと忘れよーよっ。仲直りえっちで好きなことぜーんぶさせたげるからぁ」


 なんとか宥めようとそう言ってみたけど、李緒君の表情は暗い。

 諦念と怒気を混ぜたような薄暗い目で、ウチの事を見てきた。


「もうそういうの、いいから」

「あ……」


 気づいた時には遅かった。

 ウチはこの日、成績と彼氏の両方を失った。


 





「どうしよ。李緒君と別れちゃったけど、ウチこれからどうやって補習の対策すればいいの? はぁ、ガチで最悪。……さいあくすぎるんだけど」


 自宅への帰り道になって、不意に涙がこぼれてきた。

 彼との喧嘩で忘れていた不安や絶望が、一気にぶり返す。

 

 補習では先生にたくさん怒られそうで怖い。

 そもそも今日家に帰るのが怖い。

 塾に入れられるのが嫌だ。

 きっとスマホも没収されるし、ママがヒステリーを起こす可能性も高い。

 そして次のテストもどうしよう。

 もう今のウチには勉強を教えてくれる人はいない。

 

「なにこれぇ……。なんでこうなるのぉ」


 筑紫と関係を切ってからなんだか運が悪い。

 この前の数学の小テストといい、ウチの成績はダダ下がりだし、逆にアイツは好調になった。

 まるでウチのせいで成績が下がってたみたいじゃん。

 それを見て李緒君も壊れちゃったし、最悪続きだ。


「うぇぇん、ブロックしてたぁ……」


 筑紫に連絡しようとして、すぐに断念する。

 そういえばこの前無視された時、怒りに任せてアイツの連絡先をブロックしてたんだった。

 

 涙を拭いながら、ウチは街を歩く。


「あれ、学年最下位馬鹿女の周果子じゃね?」

「うっわ泣いてるし」

「あんまり言うなよ。カワイソーだろ」

「ってか泣き過ぎてメイク落ちてね? なんか知ってる顔と違うわ」

「思ったよりブスだな」

「おいおい、オレは敢えて言わなかったのにー」

「「アハハッ!」」


 同級生らしい男子集団にそんな事を言われているのが聞こえて、さらに涙が止まらなくなった。

 うちの学校はかなりの成績至上主義だし、学年下位の人間は馬鹿にされる対象だ。

 もしかしたら、いじめられるかもしれない。

 そう思って絶望のどん底にまで落ち込んできた。


 こんな時、どうすればいいんだろう。

 誰も助けてくれない。

 辛い、どうしよう。


「ごめんつくしぃ……。許してぇ。また仲良くしてよぉ」


 ウチはただ泣くことしかできなかった。

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