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第13話 これからとカコ

 俺達が教室に戻ると、拍手が起こった。

 何事かと目をパチクリさせていたところ、次々に「一位おめでとー」という声が聞こえ、この祝福が自分に向けられたものだとようやく実感した。

 正直、心底驚いた。

 入学してから数ヶ月このクラスの一員として過ごしたが、俺への風当たりは若干強めだった。

 あまり好意的とは思えない態度に曝されてきて、急にこの扱い。

 嬉しさや気恥ずかしさの前に、困惑が勝つ。


 だがしかし、よく見ると拍手をしてくれたのは一部の生徒だけだった。

 それ以外の奴はいつも通り俺を遠巻きに見て話したり、コソコソ笑ったりしていた。

 まぁそんなものである。

 むしろ安心した。

 

「流石だよ枝野君。あの高木君に勝っちゃうなんて!」

「そうそう。一緒に勉強してた雨草さんも高木君に勝って2位だったし、一体どんな勉強をしてるの!?」

「私にも教えて欲しい~」

「オレもオレも! 次のテスト前は頼むわ!」


 女子に羨望の視線を向けられ、興味津々に質問され、他の子には勉強を教えて欲しいとお願いされて、男子から肩を叩かれる。

 と、そこでレイサが出張った。


「ハイハーイ。アタシ達が先客なのでダメでーす」

「ずるーい」


 一緒に教室について来ていた凪咲もこれには苦笑いだ。

 自分の席に戻ると、凪咲が微笑する。


「なんだか、お祝いムードですね」

「テストの結果が張り出されるシステムと、うちの生徒の成績への関心度、それと教員たちの熱意の賜物だな」


 見ると黒板には担任と思しき人間の『枝野1位おめでとう! これからもこのクラスの模範として精進されたし』というメッセージがあった。

 先生の間ではどこの生徒が一位を取るかでマウント合戦があると聞いたことがあるし、随分機嫌が良いのだろう。

 そう言えば入学当初もこんな感じで3位を褒められたっけ。

 だが特別扱いは苦手だ。

 周りの目が怖いから。


「雨草さんは良いのか? 他の友達と成績の見せ合いしなくて」

「ふふ、わかるでしょう? 私達がそんなことをしたら自慢にしかなりませんよ」

「確かに。僻まれるだけだわな」


 成績上位者の悩みとして、同じレベルで勉強の話をする相手が少ないことだ。

 そもそも先ほどのテスト結果を見る感じ、4位から下はまた少し差があった。

 俺や凪咲や高木は、かなり抜けている部類だったのだ。

 そんな状態では、同じ悩みを共有するのは難しい。


 教室後方で友達に囲まれながら胸を張っているレイサが、少し羨ましい。

 あいつくらいの成績だったら、嫌味にもならずに自慢しまくれるだろう。

 他の友達と競い合いをして楽しむこともできる。


「まぁただ、暢気な事を言ってもいられない。次は月末の模試だ」

「……海凰大学の医学部を受けるんですよね?」

「あぁ。そこが一番保証が手厚いから」

「……決めました」


 凪咲は拳を握り、珍しく闘志の籠った視線を俺に向けてきた。


「私も、海凰を受けます」

「えっ!?」

「ふふ。勿論医学部ではありませんが、難易度的にはそれでも厳しいです。目標は高い方が良いですからね。それに」

「……?」


 首を傾げると、凪咲は俺を正面から見ながら言った。


「海凰大学にはあなたがいるから。それだけで頑張れます。もっと、一緒に居たいから、付いていけるように……、あ」


 気まずくて目を背ける俺に、凪咲は慌て出した。

 視線を戻すと、顔を真っ赤に染めながらブンブン手を振っている。


「ご、ごめんなさい! ちが、違うんです! そそそそそそそういう意味で言ったわけじゃなくてぇ! うわぁぁぁぁぁぁっ!」

「落ち着け! 聞いたこともない大声出てるぞ!?」


 バグった凪咲に俺も焦ってきた。

 どうしよう、いつもどこか落ち着いている人間のこんなにパニックになったところを見ると、こっちまで慌ててしまう。

 えっと、こういう時は深呼吸か。

 ひっひっふー——ってそれはこのタイミングじゃダメだ!

 なんか含みが生じてしまう。


「ナーニ抜け駆けしてるノ?」


 とかなんとかポンコツ二人でやっていると、ジト目のレイサがやってきた。

 やけに怖い視線で見つめるブロンド帰国子女に、凪咲は落ち着きを取り戻したようにハッと我に返る。


「いえ、そういうわけでは……。というか、遅いですよ」

「逆ギレですか~? そういうのイケないンだよ?」

「え、枝野さん」

「レイサさん。そう突っかかるな」

「そっち味方するンだ。フーン?」


 なんだか不機嫌なレイサに首を傾げると、彼女は諦めたようにため息を吐いた。

 そしてその後、小声で言った。


「ツクシー、周サンの話聞いてないよネ?」

「果子がどうかしたのかよ」


 そう言えばすっかり忘れていた幼馴染の名前だ。

 俺の問いにレイサは少し真面目な顔を見せる。


「……今回の試験、最下位だったって。しかも赤点三つ」

「は?」

「え、周さんってそんなに成績悪かったかな」


 同じクラスの凪咲がそんな事を言うが、俺はもっと驚いていた。

 何故なら、アイツに今まで勉強を教えてきたのは俺だったから。

 できるとこできないとこ、思考できる範囲や理解力、集中力まで知り尽くしている。

 そして前回まで、学年の大体半分くらいの順位だったことも知っている。

 何があったらそんな事になるんだろうか。


「本当の話か?」

「多分ね。泣いてたってみんな言ってたし」

「……そうか」


 俺は劇的に成績を伸ばし、アイツは逆に成績を落とした。

 この間に俺たち二人に起きた事と言えば、アイツが俺を裏切って俺から離れたことくらいだ。

 俺はアイツに邪魔されず、アイツは俺に勉強を教わることがなくなった。

 

 正直、何がどうしてこうなったのか、考えずともわかる。


「……まぁ、どうでもいいな」

「アハハ」


 どうせ俺には関係のない話だ。

 勝手に知らないところで堕ちていけばいい。

 多少ショックなのは、これまでの俺の労力が無駄だったのかという喪失感だけである。


 まぁでも、今の俺にはそれ以上に抱えきれない程たくさんのモノがある。

 それをくれたのはこの二人だから。


「じゃあいつものファミレスにでも行くか。まずはレイサさんの答案のチェックからだな」

「エッ!? ガチでカテキョーじゃん。全部見せるのは普通にイヤなんだケド……」

「ズルいですレイサさん。私だって見てもらいたいのに」

「ナギサ、アンタアタシにだけどんどん当たり強くなってない?」


 窓から差し込む夕日を見ながら、思う。

 

 ほんと、なんでこの二人といるだけで成績伸びたんだろうな。

 コントを聞きながらつくづく感じるのであった。

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