第12話 テスト結果で身の程を思い知る元秀才
情けない話だが、俺には既に負け癖が染みついていた。
高校に入学してから下降の一途を辿る成績、毎日のように幼馴染に馬鹿にされる生活、そして極めつけのファストフード店での果子の裏切り。
元々医者を志した理由だって父の死というマイナスな出来事が発端だし、家は裕福でなく我慢することも多い人生だった。
そういう全ての負の連鎖によって、今日の俺は日和りがちな性格になっていた。
「……ようやく、か」
実力考査の数日後だ。
今日は放課後にテスト順位の返却と共に、上位10名の張り出しが行われる。
担任から成績表を貰った後、俺は自分の席で深呼吸をした。
今手渡された成績表は勿論、別に先日返されていたそれぞれのテスト結果も見ずに徹底していた俺は、いよいよ運命の時に覚悟を決める。
「行こっか」
「あぁ」
すっかり仲良くなったレイサに言われ、俺は席を立った。
テストの結果は、全体発表の時に全て確認しようと心に決めていた。
目指すのは学年一位。
トップ10位にも入っていなければ論外だという、自分なりのけじめの末にテスト結果は全体の張り出しの方から確認することにしていたのである。
しかし、ようやく来たその時に不安と期待とで落ち着きがなくなる。
俺は気分が悪くなりながら、人混みの廊下に顔を出した。
と、何やら俺を見て騒めく生徒たち。
そして顔を見るなりヒソヒソ話出す群衆。
なんとなく、何かが起こっていると察せられる状況にレイサと顔を見合わせる。
わざわざ俺と同じタイミングで張り出しの確認をしてくれる彼女には、仲良くなったきっかけから日々の事まで感謝が尽きない。
なんて感慨に耽っている場合ではない。
わき目もふらず成績開示表の正面に行くと、早速目をかっ開いて張り出し用紙を見た。
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二学期実力考査上位10名成績開示
1位 枝野筑紫 国162 数197 英189 理100 社98 計746/800点
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見た瞬間、膝から崩れ落ちた。
点数は見ていなくとも、解説は聞いていたわけで、内心自分がどのくらいの点を取っているのかは予想がついていた。
その上で、正直自信もあった。
だがしかし、実際に目で見て、実感する。
「俺が、一位だ……!」
「ツクシー、やっぱ天才だよッ! 流石アタシのカテキョー!!」
ガッツポーズをする俺に、レイサが大はしゃぎで騒ぐ。
本当に、嬉しかった。
報われた気がした。
これはここ数週間の最近の話ではない。
高校に入学してから舐めてきた苦汁の味が、一気に良いものだったように感じる。
苦しかった努力の日々が、ようやく一つの形になった気がした。
と、そこに新たに人影が現れる。
優雅に歩いて来る、ショートボブの髪の美少女だ。
ここ数日毎日何時間も机を共にした顔に、俺は緊張状態から安堵を覚える。
凪咲は、苦笑しながら俺に言った。
「負けました。今回もギリギリ1位は取れませんでしたね」
「……二位だったのか」
「はい。どうやら私はそういう宿命にあるのかもしれません」
凪咲と言えば、この前までは高木の下につけていた2位の秀才だ。
あれだけ勉強したのに今回も1位を逃したともなれば、心にくるだろう。
俺は若干気まずくなりながら、そんな事を考えて。
はたと、別の結果を悟った。
当初の目的が達成されたことを理解して目を見開く。
「勝ったのか?」
「はい。枝野さんも私も、あの人より上です」
言われて俺は、自分のとこまでしか見ていなかった成績開示用紙の下に目を向ける。
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2位 雨草凪咲 国182 数168 英172 理100 社100 計722/800点
3位 高木李緒 国148 数188 英186 理96 社82 計700/800点
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見ると、敵視していた高木は3位まで順位を落としていた。
難易度の高いテストではあったとは言え、らしくもない点数だ。
一体何があったのだろうか。
肩を竦めてみせると、レイサも凪咲も楽しそうに笑った。
なんとも、拍子抜けだったな。
とまぁ、一通り開示用紙を眺めたので、俺はうんと伸びをする。
1位を取った。
凪咲の目的も果たした。
俺個人の借りも返した。
じゃあ、次はもう前に目を向けなければいけない。
俺はこぶしを握り、にこやかに言った。
「よし! 今まで怖くて開けなかった分、早速テストの復習をするぞ!」
「アハハ、言うと思ったー。さっすがツクシーだネ」
「ふふ、こういう姿勢を見習うところからですね。私も是非ご一緒させてください」
「アー、抜け駆けじゃん! アタシもやるー! 日本史爆死したから助けてツクシー」
日本史という単語に、俺は海外人アクセントの話し方と、その煌めくブロンド髪を改めて確認する。
「なんでお前は帰国子女なのに歴史取ったんだよ。日本史の比重多くて困るだろ。他にも地理とか選択肢はあっただろうに」
「イヤイヤ、カッコいいじゃんショーグンとか武士とか! あとこれでもアタシ、順位100位くらい上がったんだからネ? 褒めてくれてもいいんですケド?」
「それは本当に凄いな。俺も鼻が高いよ」
笑い合いながら、俺達はその場を離れる。
本当に、人生でこんなに清々しい気分になったのはいつぶりだっただろうか。
ここにあるのは、テストで成績を上げた人間たちの、晴れやかな空間だ。
人生で初めて味わう高揚感に、俺は気を引き締めようとして、失敗した。
緩む表情を強引に抑え込むのは控える。
今日くらい、喜んでも罰は当たらないだろうから。
「二人とも、ありがとう」
ただ感謝を口にした。
◇
光があれば闇も存在するのがこの世である。
「馬鹿な……。僕が、3位?」
高木李緒は絶望していた。
今回のテストにはかなり力を入れ、対策したつもりだった。
しかし蓋を開けてみれば入学後初の首位落ち。
さらに、散々馬鹿にしていたあの男にまで負けている惨状。
高木は、プライドを深く傷つけられて今にも叫びたい衝動に駆られていた。
「ねぇ、前はアレだったけど」
「うん。お似合いだよね、あの二人」
「学年トップ二人で勉強を教え合いしてたんでしょう? そういうデート憧れるよね~っ」
周りの人間の話に、高木は血走った眼を丸くする。
視界の奥で教室に消えていく枝野筑紫と雨草凪咲の姿を確認し、それがさらに強い怒りに変わった。
拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。
口の中に血の味を感じながら、高木は人生初の敗北感と、自分が彼らの眼中にもいなくなっている事に絶望した。
と、そんなところで高木は声をかけられる。
「あ、あのっ。李緒君……」
高木が振り返った場所にいたのは、ツインテールの涙目な女だった。
手には成績用紙を持っている。
「あ、あの、さ。ウチ……どうしよ。ふぇぇぇん」
「は?」
「これぇ、見てぇ」
果子から受け取った成績表を見て、高木は尻もちをついた。
これまた生まれて初めて見る悍ましい数字に、仰天したのだ。
「助けてぇ……」
「……どいつもこいつも、ゴミばっかりだ」
「り、李緒君?」
「うるさい!」
ベタベタ触れてくる目の前のドアホに、高木は悲鳴に似た大声を上げた。
すぐに自分の行動に我に返り、気まずくそっぽを向く。
「う、うぇぇぇん。なんでそんな事言うのぉぉ……。ねぇ助けてよぉ。ウチに勉強教えてよぉ。どうしたらいいのぉ?」
泣きじゃくる果子に、高木は頭を抱えた。
彼にとって今日は、人生最悪の日だった。
高木の彼女である周果子は、今回の実力考査で学年最下位を取っていた。
◇
【あとがきのただの備考】
レイサ 国126 数112 英98 理82 社43 計461/800点 278/398位
(前回から100位前後アップ)
果子 国72 数38 英48 理51 社18 計227/800点 398/398位
(前回から150位程度ダウン。数・英・社で赤点取得)
ちなみに赤点は25点未満という設定