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第10話 えっちなお礼の準備

 お屋敷って、本当にこの世に存在したんだ。


 レイサの家に着いて、真っ先に抱いた感情はこれに尽きる。


 逃げるようにファミレスを出てから、俺達はレイサの家にお邪魔した。

 まず壮観だったのは外観だが、広大な庭を通り抜けて玄関に入ると、そこから先はさらに別の世界だった。

 激安木造アパートに母親と二人で暮らす俺には、縁のない場所である。

 煌びやかなシャンデリアに照らされる客間に通されてすぐ、そう思った。


 その後、家の使用人さんから手厚いおもてなしを受けた。

 すぐに湯に案内され、疲れを癒す。

 まさかお風呂は男女別に二つもあって、それにも驚愕だった。

 

 風呂を出ると今度は夕飯だった。

 ファミレスにいたのにジュースしか飲んでいなかったため、ご飯をいただくことになったのだ。

 ここで食べたものの記憶は、正直もうない。

 あまりにも豪勢で贅沢な味だったのは覚えている。

 どうやらこの家には専属のコックまでいるらしく、流石はお菓子メーカーの七村だからか、食べ物には一段と気合が入っているように感じた。


 とまぁ、そんなこんながあった後に、今は部屋に通してもらっている。

 何でも勉強部屋らしく、大きな机に何脚か椅子もある。

 まるで図書室のような空間だ。


「なんだか、夢みたいな場所ですね」


 凪咲の言葉に、レイサは嬉しそうに笑った。


「そう言ってもらえると嬉しいナ。ツクシーもどうだった?」

「え? いや。正直凄すぎて現実か疑ってる」

「二人共大げさだっテ~」


 ふわぁとあくびをする部屋着姿のレイサ。

 俺と凪咲も二人共屋敷の服を貸してもらっているため、全員ラフな格好だ。


「屋敷にはよく友達を招くのか?」

「ウウン、二人が初めて」


 首を振るレイサに少し意外に感じた。

 友達が多くフットワークも軽そうなのに、案外人を招く機会は少ないらしい。

 まぁただ、こんなに至れり尽くせりだと屋敷にもそれなりに準備がいるはずだ。

 そう簡単に呼ぶようなものではないのだろう。


 と、そんな事を考えているとレイサがぶつぶつ文句を言い出した。


「ってかミカ、どこに行ったンだろ」

「ミカ?」

「あぁ……ウン。うちのメイドの一人だよ。アタシに怒られると思って今日は帰ってこないかもネ」


 俺にはよくわからないが、その言葉を聞いて凪咲は微笑む。

 二人に通じる、俺の知らない何かがあったのだろうか。


 まぁいい。

 ともあれ、せっかく今日はこんな機会を貰ったんだ。


「よし、勉強するか!」


 俺はそう言って、早速荷物の中から教材を取り出し、机に並べる。

 さて何から始めようか。

 凪咲に英語を教えるか、レイサに数学を教えるか。

 お、それとも少し早いが凪咲に国語の読解を教わるのもいいな。

 楽しみでついソワソワしてしまう。


 しかし、そんな気分なのは俺だけだったらしい。

 レイサはジト目で苦笑する。


「どれだけ勉強したいノ?」

「え、いや。だってそういう時間だろ?」

「それはそうだけどサ。仮にも学校の美少女二人と部屋着で密室だよ?」

「み、密室って」

「……実はこの部屋、外からは開かない特殊な鍵で」

「マジ?」

「嘘デェース!」


 悔しい。

 男子高校生の純情を弄ばれた感覚だ。

 煽り顔のレイサが何とも腹立たしい。

 

「まぁまぁ、今度この前の小テストのお礼はしてあげるからサ」

「それ本気で言ってたのか? 別にいいって」

「イヤイヤ! こういうのはちゃんとしとかないと、後々トラブルの種になるンだから」

「それはそうかもしれないけど、お前の”お礼”はなんか含みを感じるんだよ」


 含みと言うか、いかがわしさというか。

 正直少しドキッとしてしまうから切実にやめて欲しいというのが、我が童貞スピリッツの血の叫びである。


 そんなことはつゆ知らず、レイサは凪咲に近づく。

 そして肩に触れながら、ニヤニヤ言った。


「そう言えばナギサ。ツクシーへのお礼として勉強を教えてあげるとか言ってたケド、まさかそれだけとは言わないよネ?」

「え?」


 困惑する凪咲。

 そんな彼女の華奢な肩をレイサは抱く。


「もっと身体を張った、なんていうか……エロいヤツをですネ」

「え、えっちなお礼、ですか……?」

「いや俺の方見ないで。何も強要してないから」


 頬を染めながら上目遣いに聞かれて、俺は全力で首を振った。

 今日頭に入れた暗記単語が二桁単位で飛んだ気がしたが、諦める。

 ガリ勉の俺がそう思うくらい、ここは否定しておきたかった。

 流石に学年屈指の清楚美少女にそんな想像をさせるのは、俺の精神が耐えられない。


 レイサを睨むと、彼女は素知らぬ顔でそっぽを向いた後、すぐにケラケラ笑った。

 紛うことなきクソガキムーブに、頭を抱える。

 前から思っていたが、ちょくちょく言動がエグい。

 帰国子女だからオープンな海外の習慣が染みついているのだろうか。

 いや違うな。

 こいつの場合、根っから人を揶揄うのが好きなだけだろう。


「か、考えておきます」

「いやいやいやのーのーのー。本当に大丈夫です。間に合ってます。ありがとうございます」


 最後におかしな言葉が漏れた。

 聞いてから凪咲は目をパチクリさせた後、そのまま赤い顔で微笑む。

 こんなはしたない会話に参加させられたのに、怒る事もなく笑って済ませてくれる凪咲はまるで天使のようだ。

 流石は学校随一の癒し枠と言ったところである。


 と、冗談を言い過ぎてヒートアップしてしまった。

 やけに熱い体に下敷きで風を送る。

 とっくに風呂上がりの熱気は冷めたはずなのに、不思議だ。


 なにやら視線を感じて前を向くと、レイサがじっと俺の顔を見ていた。

 普段にこやかな笑みを浮かべる彼女の真顔に、つい驚く。


「な、なんだよ」

「イヤ、アタシの作戦ミス。……なンでアタシは自ら墓穴を掘るのか。これじゃァ初心なナギサのグッとくるポイント加算しただけじゃん。バカかアタシは」

「な、なんて?」

「なんでもないッ!」


 やけに長文が聞こえた気がしたのだが、何だったのだろうか。

 呪詛? 怨嗟? どっちにしろロクでもない。

 怖いのでここは追及しないことにしておこう。


「あの、そろそろ勉強の続きをしませんか?」

「「はい。そうします」」


 凪咲のそんな声で、俺とレイサは頭を下げるのであった。

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