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「まさか所轄に莉夏が、引越して来るとはね〜」
タワマンの窓から東京湾を眺めながら春が感慨深くうなづく。
大学1年で同じ女子寮だった事から、秋津莉夏の奈良の実家の相続に巻き込まれて〜
殺人事件まで起きて〜命からがら2人で東京の大学に戻った昔が懐かしい。(「秋津島」より)
「私は4年の夏休みの心霊体験の方がショックだったわ〜アレからもうあんな体験してないし!」(「蜻蛉洲」より)
莉夏がクスクス笑う。
あれから何年が過ぎたろう。
すっかり大人の美しい女性となった莉夏は、艶やかな巻き髪が小さな顔の周りを彩り
ジョーゼットの花柄ワンピースにダイヤのイヤリングがとても良く似合う本当のマダムになっていた。
「投資会社でずっと株やってたのは知ってたけど
まさか独立してディーラーなるとは思わなかったよ!」春がレインボーブリッジが目の前に見えるタワマンの窓横のカッシーナのソファに勢いよく座る。
「顧客用のソファだよ〜
もうちょっと優しく座ってよ。」莉夏がたしなめる。
「このタワマンも賃貸じゃなく買ったんでしょ?
スゴいよ!」
やはりアチコチ動き回って春は調度品をいじり倒している。
「フリーになったからね。客の信頼得るためにも
住むとこや家具や身だしなみは大事なんだよ。
まあ、投資だよ、これも」腕を組んで莉夏が不敵に笑う。
「そろそろバーも開いたからラウンジ行こうか?」
夕暮れの東京湾を眺めながら莉夏に促された。
ディーラーとは、株の専門家で詳しくない客の代わりに資産を株で増やす人だ。
今までは会社員として働いていたが、信頼してお金を預けてくれる客も増え、
晴れてフリーのデイトレーダーになったのだ。
タワマンには最上階にラウンジがありお酒なども提供されている。
そこで顧客と投資先等を相談する事もできる。
東京湾の夜景を一望できるラウンジは、帝国ホテルの
内装を手掛けるデザイナーによりアンティーク家具と前衛アートを融合させた絢爛な空間になっている。
「すごいね〜こんなとこで東京の夜景見てたら成功者って気分なるだろうね〜」春がソファに深くもたれて
足を組んで浸っている。
「ふふっ、それも大事な仕掛けなのよ。」ラウンジのバーには専用のワインセラーがありそこから出してきた
年代物のワインを春のグラスに莉夏が注いでくれる。
こんな夜景と豪華なラウンジで人が思わず振り返るような美人にもてなされたら…
「そりゃお金詰むよね〜おじ様たち…」春も思わず納得する。
「でも怖くない?失敗する事もあるでしょ?
ほら、リーマンショックとかあったじゃない?」春は詳しくないながらも聞く。
「株はね〜上がり下がりするもんなんだよ。
それを危機と感じるか?チャンスと考えるか?
それも顧客と一緒に乗り切っていくのが、この仕事なの。」莉夏は美しく学生時代取り巻きの男達に囲まれて
慢心して女を武器にするような人間ではなかった。
若い時は頭の良さが美貌でかすんでたが、今は怜悧で切れ者らしい貫禄すらある。
「春だって成長したじゃん!
今は港湾署の刑事でしょ?スゴいじゃん。
警察学校落ちまくってたのに!」莉夏が意地悪く笑う。
「ああ〜それ言わないで〜神奈川も大阪も落ちて、本当警視庁落ちたら、どうしょうかと思ったよ!」
昔を思い出して頭を抱える。
「でも入ったら、後は身体能力だからね!
山で熊と戦ってきた私には人間なんか全然怖くないよ!」春の発想は間違ってるが、警察は適性が合ったようだ。
「スゴい部署なんでしょ?警察の中でも特に危険だと聞くけど?
何だっけ?ソタイ?」莉夏が眉間にシワを寄せて聞く。
「組織犯罪対策課だよ〜大丈夫だよ〜飛び道具持ってる可能性ある
人達相手だからちゃんと武装していくし。
所詮人間だからね。
熊ほど情け容赦ない訳じゃない。」やはり春は間違っている。