序幕 呼ばれて飛び蹴り
その女が悪党に襲われたのは、美人だったからでも肢体が男好みだったからでもない。
ただちょっとした不運が重なって、今その女は悪党たちの慰み者にされようとしていた。
泣きじゃくる女の顔面を叩きつつ、複数の男たちが今かいまかと順番を待つ。その女の尊厳は今にも突き崩されそうになっていた。
「おら、騒ぐなって。人に見られてもいいのかよぉ?」
既に全裸の女にそういいつつ、悪党の一人が己のモノを女の股間に押し付ける。事ここに及び、女はすべてを諦めて脱力した。
「……待ちなさいな」
その声が聞こえたのは、襲われている女だけではなかった。鈴のようなきれいな声にびくりと体を震わせた男、その身体が女の身体から蹴り飛ばされる。暴風と共に体をぐにゃりと曲げて吹き飛び、彼方の木立に衝突して体液を周囲にばらまいた。
──否「曲げて」ではない。体を通る背骨が二つに折れ、「く」の字のまま吹き飛んだ男は近くにいた見張りごと吹き飛び絶命している。当然見張りの命も、吹き飛んだ男と共に幹に擦り潰された。
「な、なんだぁ!」
悪党たちの悲鳴。怒号に驚いた女は目を開けて、事態をようやく把握する。──シスターだ、目の前に腹までスリットが入った修道服のシスターが立っている。
己のローファーを血に濡らし、仁王立ちのまま悪党たちの視線から女の姿を消し去る。彼女の太く筋肉質な脚が、彼女の尋常ならざる脚力を物語っていた。
「弱き存在を弄んで、何が楽しいのでしょう。何が嬉しいでしょう?」
シスターの言葉に襲う側の悪党たちが震えあがる。悪党たちは知っている、そのシスターの逸話を。
闇に近しい所にたむろしている、襲われた女またも知らないわけがなかった。
乱れ廃れた世を排し、求道のまま悪党を屠る、獣のような強さを持つシスターたち。
えてして闇の住人はその名を、こう呼ぶ。
「爆脚様……」
か細い女の声にシスターは振り返る。にこりと微笑んでサムズアップし女を安心させつつ、目の前でナイフを構えたまま硬直する悪党たちに視線を向けた。
その視線は冷徹ながら勝ち気、恩情と報罰を是とする視線を悪党たちに向けていた。
「ま、前口上はここまでにして。あんたら、どこの組の下っ端?」
「るせぇ!てめぇには関係ないだろ!?」
「こーんな人目に付きそうな公園で女の子襲ってさ、警察とか怖くないわけ?はぁ、この国の治安も段々悪くなってきたわね」
シスターの穏やかな声に苛立ちと恐怖を隠せない悪党たちは、それでも彼女に斬りかかれないでいた。
違い過ぎる、実力が。いったいこの世のどこに、ひと蹴りで男の背骨をへし折り、ぶつかった男ともども命を刈り取る女がいるというのか。
──少なくとも悪党たちはそういう存在を「都市伝説」として七人知っている。目の前の女がそうというのか。だとすれば、男たちは逃げられない。
「さ、チャチャッとやりましょっか。そこな彼女。目はつぶっておきなさい」
女に振り返りウィンクしたシスターが一瞬で足を空中へ蹴り上げる。滑らかな動きで己の顎先まで足を蹴り上げたシスターはそのまま、踵を石畳へと叩き落とした。
その日、都市は局地的に震度一を計測。地震の多い国だったため話題にも上がらなかったが。
震源地となった公園には何かによって吹き飛ばされた石畳と。
飛散した石畳によって体中を打ち砕かれた男たちの死体が散乱していた。