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8.少女の相棒はアメシスト(上)

「何するんだよ篤士兄ちゃん!」

「自己紹介するんだから、顔隠してちゃダメだろ」

「だ、だからっていきなりフード取ることないだろ!」

「女性の方、だったのですね……」

ようやく脳の処理が追いつき、言葉がこぼれた。フードに自分を老人だと誤認させる魔術でもかかっていたのだろう。深月の声に少女は飛び上がり、篤士の後ろへと回り込んだ。

「なぁこ、ちゃんと挨拶しな」

「……」

「ごめんね深月さん、こいつちょっと人見知りで。桜庭撫子さくらば なでしこ、通称なぁこだよ。よろしくね」

「桜庭様、ですね。改めてよろしくお願いいたします」

精一杯穏やかに声をかけたが、篤士の後ろからは毛を逆立てた猫のような視線が返ってくる。

「妙だとは思っていたんです。田代からはお年を召した男性だと伺っていたのに、戸田様は幼馴染だと仰っていたので」

「昔から人前が苦手で。石詠になってからはいつもこうなんだ。実際は俺の2つ年下、18歳だよ」

「言わなくていいから!」

撫子は小さく叫ぶように声をあげて、篤士の袖を掴む手に力を込めた。長い髪と整った顔立ちで大人びて見えるが、その表情は年相応。むしろ少し幼く見えるかもしれない。

「そうとは知らず、先程は失礼いたしました」

「……別に」

撫子は素っ気なく顔を背けた後、ハッと何かに気づいたように篤士を見上げた。

「まさか……篤士兄ちゃんが呼び出したとこにこの人が来たのって、あの塩野郎の差し金!?」

「し、塩野郎……?」

「石ノ小路の、いけ好かない塩対応野郎に決まってるだろ!」

「決まってるだろ、と言われましても……」

汐のことを言っているのだろうが、そんな呼び方は初めて聞いた。そもそも、汐のことをここまであからさまに嫌う人自体、初めて見たかもしれない。

「そんな言い方はやめろって言ってるだろ。汐さんにはお世話になってるんだから」

「知らないよ。兄ちゃんもこのお姉さんも、あの塩野郎に騙されてるんだ」

「——騙している?神崎様が、我々を?」

「“様”なんてつける必要ないよ、あんな奴」

撫子は忌々し気に吐き捨てて、自身の黒水晶に手を遣った。

「だってアイツ、紅水晶持ちだろ。周りが自分のこと好きになるように魔術を振りまいてるんじゃないの。あぁ、気色悪い」

癖の強い“山小屋”との初対面だから、とにかく穏便に。気を付けていたはずなのに、気づけば口が動いていた。

「聞き捨てなりませんね」

大人げないと言われてもいい。初めて出会った頃はまともに目も合わせてくれなかった彼が、今では立派に石詠を務めている。成長を見守っていた草が花開けば、誰だって愛着を持つだろう。

「確かに、彼は他人の感情に干渉する魔術が得意です。ですがそれはあくまで相手の敵意を抑えるためのもの。決して洗脳じみた真似をするような方ではありません。今の言葉は取り消してください」

一歩踏み出すと、撫子は怯んだように篤士の後ろに頭を引っ込めた。

「汐さんはいい人だっていつも言ってるのに。ほら、謝りな?」

「……わ、わかったよ。……ごめん、なさい」

渋々、そっぽを向いたままの謝罪は、静かな夜にようやく聞き取れるくらい弱弱しいものだった。

「結構です。それでは——ご本人にお越しいただきましょうか」

「——えっ?あいつ来てんの?」

「いいえ。今から呼ぶのですよ」

少し、お話が必要だ。携帯を取り出して、汐のメッセージ画面を呼び出した。帰ろうとする撫子を篤士になだめてもらい待つこと数分。影から浮かび上がるようにして、汐が現れた。

「どうしたの、急に」

移動の魔術は高度で消費魔力も多いため、普段使われることはほとんどない。それでも汐ほどの石詠であればこの程度朝飯前なのだろう。

「お待ちしておりました。神崎様」

「お疲れ様。無事そいつと会えたみたいだね」

「えぇ。ご紹介いただきありがとうございました」

「別に。オレはただ篤士に話を振っただけだし」

「余計なことを……」

撫子は汐を睨んでわざとらしく鼻を鳴らした。

「お前がまともに人と話せてれば済んだ話だろ」

応戦する汐は、不思議とどこか楽しげだ。

「それで?何でオレが呼ばれたの。何かトラブル?」

「いいえ。——ここからは、個人的なお話になります」

眼鏡を外し、髪をほどく。汐に歩み寄り、手を伸ばした。でこを弾く鈍い音は、静かな夜によく響いた。



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