4.虹を架ける手
大抵の石詠には、懇意にしている職人がいる。石詠が石を見て感じた通りに。一方で持ち主の希望通りに。そのバランスを取りながら加工を施していくには、石詠との意思疎通が欠かせない。
「こんばんはーっ。あ、深月さんもいらっしゃい!」
汐の連絡から数分。店に飛び込んできた青年は人懐っこく笑った。知らない人が見れば、にこやかな接客担当と物静かな職人で逆に見えるかもしれない。青年は汐と交代で、隼人の正面に腰を下ろした。
「こちらが今回担当する職人です」
「初めまして、戸田篤士と申します……職人といっても、まだまだ見習いなんですけどね」
日々の作業で荒れた指で、篤士は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「確かに若いですが、腕は確かです。ご安心ください」
石詠の中でもかなり若い汐で25歳。さらに年下である篤士は20歳。15歳の頃からここに通い、高校を卒業して石ノ小路の裏手にある工房で住み込みで修業を始めて2年になる。汐が気を許している数少ない人物の1人だ。
「その石が今回の水晶ですね。少し見てもいいですか?」
「あ、はいっ。お願いします」
水晶を手に取ると、篤士の瞳は子供のようにキラキラと輝いた。
「今回の件、彼以上の適任はいないと思いますよ」
「と、いうと?」
「彼、魔術はからっきしなんです。でも誰よりも石が好きで、根性もある」
「いやぁ、ははは……」
職人のほとんどは、加工を魔術で行っている。手を加えるのは、最後の仕上げくらいだろう。手がボロボロになっている職人なんて、何人も居ない。そんな中、篤士は初めから仕上げまで全て手作業で行っているのだ。
「だからこそ、何のしがらみもなく自由に加工ができるんです。その石の魅力を、より引き出せるように」
石詠は石を見て、どうすれば力を引き出すことができるかを第一に考える。その形が持ち主の希望と合わないことも少なくない。
「そっか、それで適任なんですね」
魔術的価値や金銭的価値。そんなもの、篤士には関係ない。自分がいいと思ったものを作る。
だからこそ、汐は篤士にほぼ全てを任せているのだ。ましてや石が望む姿にしてやりたいというのが今回の目的なのだから、これ以上の適任はないだろう。
「綺っ麗だなぁ。虹もばっちり入ってるし」
当の本人夢中で水晶を眺めた後、カタログをめくった。
「この水晶なら、この形のブレスレットはいかがでしょうか。少し形を変えてこうすれば、虹も残せますよ」
「……いいかも」
隼人は呟いた後、驚いたように口に手を遣った。
「すごい。俺、最初は加工するつもりなんて全くなかったのに」
「へへっ、よかったです」
あぁでもない、こうでもない。細かいデザインを決めている時間が、一番楽しい。隼人は水晶を預け、晴れやかな顔で店を後にした。
「悪かったな、こんな時間に呼び出して」
2人の話し合いは盛り上がり、閉店時間はとっくに過ぎてしまっている。
「全然!こんないい水晶に出会えたんだから、むしろ感謝だよ。今から研磨したいくらい」
うっとりと水晶を見つめ、篤士は浮ついた声で応えた。
「ちゃんと、睡眠はとってくださいね?」
深月の言葉に、篤士はバツが悪そうに肩をすくめた。熱心な分、寝食をおろそかにすることがあるのがこの子の悪いところだ。
「ま、ちょうど1件終わったところだから、明日からにしようかな」
「えぇ、それがよろしいかと」
よろしくな、と水晶に笑いかけ、ご機嫌で篤士は工房へと戻っていった。
「出来上がりが楽しみですね」
「あの調子じゃ、さっき決めた完成予定よりだいぶ早く仕上がりそう」
「ふふ、そうかもしれませんね」
2人の予想通り、1か月の予定だったブレスレットは2週間程で完成してしまった。太めのチェーンに揺れる水晶の中心では、変わらず虹が煌めいている。
今回のことで石ノ小路を気に入ったらしい隼人は、定期的に足を運ぶ常連となる。その腕にはいつも、誇らしげに虹を架けて。