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2.ファントムクォーツのイタズラ(後編)

 午前の仕事は順調に片付き、追加の仕事も来ていない。悠々と昼食を済ませ、深月は石ノ小路へと向かった。気が向いたら、なんて言われたら余計に気になってしまう。

店に入ると、汐は相も変わらずカウンターで客の対応に追われていた。いらっしゃい、失礼します、をアイコンタクトで交わし、昨日と同じように席に着く。数回ドアのベルが鳴った後、待ち人はやってきた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「こんにちは。あの、昨日の石はまだ残ってますでしょうか」

「はい、大丈夫ですよ。こちらですね」

汐が取り出した水晶をみて、果穂と母親はホッと胸を撫で下ろした。

「よかった。娘が、どうしてもこの石がいいというものですから」

「だって……これがよかったんだもん」

母親の服を握る小さな手に、ぎゅっと力がこもる。

「うん。僕も、この石は君が持つべきだと思うよ」

差し出されたファントムクォーツを、恐る恐る受け取り、果穂はここにきて初めて顔をほころばせた。

「ありがとうございます。それじゃぁ、お代を……」

「——その前に、1つよろしいですか?」

果穂と反対に、汐の表情はどこか固い。どうにも気が乗らない様子だ。

「?は、はい」

石ノ小路のカウンター奥には2つの扉かあり、片方は汐の居住スペース、もう一方は小さめの応接スペースとなっている。親子を応接スペースに通し、汐の手が深月を手招いた。

「こちらは僕の担当をしてくださっている魔術管理官の倉町さんです」

「魔術、管理官……?」

石を抱えてご機嫌な娘と裏腹に、母親の顔が分かりやすく強張る。こんな反応をされるのは何度目だろう。魔術なんていう馴染みのないものを取り締まっている、よくわからない怪しい組織。世間一般の認識なんて、そんなものだ。

「ご安心ください。本日は神崎様のご依頼で参りました。お子様の、サポートに関するご案内です」

「サポート……?」

「娘さんは石詠になるほどの力を持っています」

言葉を飾るのが苦手な汐は、淡々と本題を投げた。

「えっ……うちの子が、ですか?」

当の本人は、大人たちの言葉なんて耳に入っていない様子で手のひらの相棒を眺めている。

「はい。その石をパートナーとして、石詠に並ぶ力を秘めていると思われます」

「でも、我が家は普通の家庭ですが……」

母親は信じられない、というように娘と汐を交互に見遣った。驚くのも無理はない。石詠になることができるのは、相当な実力を持つほんの一握りなのだから。

「石詠になるのに、家柄は重要ではありません。代々やっている家もあるというだけの話です」

石詠として認められるには、いくつかの方法がある。一部の学校に設置された課程を修了した者。石詠の下で修業し、技術を磨いたもの。汐は、先代のもとで修業した後者に当たる。

「深月さん、資料をお願いします」

「はい。石詠レベルの力を持つと判断された方は、特待生としての進学やその他のサポートを受けることができます」

「はぁ……」

分厚い資料に気圧され、母親の手はページをめくっては戻るを繰り返した。

「別に、石詠になることを勧めたいわけではありません。お子さんには才能があるというだけで」

果穂の手の中で幸せそうに煌めく水晶が、その証拠だ。でも、と汐は言葉を選びながら続けた。

「1つ、お伝えしておきたいことがあります」

よく通る声に、緊張が滲む。汐が本当に伝えたかったのは、ここからだ。

「石詠になる人間は、それだけ強い力を持っています。持て余して、多かれ少なかれ苦労することも多いんです」

「……失礼ですが、石詠様も?」

「えぇ、少しは。まだまだ未熟でしたから」

少しどころではないことを、昔から見守ってきた深月はよく知っている。けれど、それを口にしたところで折角芽吹いた若い才能を摘むことになりかねない。大人しく、言葉を飲み込んだ。

「一晩頂いて、娘さんにゆっくりと馴染んでいくように調整してあります」

「もしかして、昨日はそのために?」

「はい。その石が娘さんに合っているのはすぐに分かりましたから」

「それじゃぁ、昨日の男の子は……?」

母親の問いに、汐は笑いを零して果穂の手元へと目を遣った。

「あの男の子とその石の相性が良かったのも事実です。ですが、昨日のことは言ってしまえばそのファントムクォーツのいたずらですよ」

「いたずら、ですか」

「石が、娘さんを試したんでしょう。他の誰かが手にしていても、ちゃんと自分を選んでくれるのかどうか」

長い長い時間をかけて地中で育ち、採掘され、石は人前に並ぶ。大人しい果穂が自分のために声をあげたときは、きっと嬉しかっただろう。

「そのために、近くにいた相性のいい少年の目を引いて利用したんだと思います」

「そんなことが……」

「僕も初めて見ました。これだけのポテンシャルがあれば、僕の調整なんて意味をなさないかもしれません」

一晩かけて大事に大事に暴走しないよう調整を施しても、解けるときは一瞬だ。

「どうか、娘さんのことをよく見てあげてくださいね」

汐の言葉に、母親は深く頷いて娘の頭を抱き寄せた。大人たちの会話なんて分かっていない当の本人は、キョトンとして幸せそうに身を委ねる。

「また、何かありましたらご相談ください」

「はい、ありがとうございます。ほら、果穂も」

「お兄さん、ありがとう!」

「ん……その子を、大事にしてあげてね」

語りかけたのは、果穂か相棒のいたずらっ子か。返ってきたのは、満面の笑みとファントムのきらめきだった。

手続きを済ませ、仲良く手をつないで店をでる親子を見て、汐は眩しそうに目を細めていた。

「お疲れさまでした、神崎様」

「深月さんこそ、今日はありがとう。時間は大丈夫?」

「えぇ、今から戻れば問題ありません」

午後の会議まで、あと一時間はある。逆に、時間を持て余すくらいだ。

「それにしても彼女、神崎様が認めるだなんて相当な才能ですね。将来が楽しみです」

「決めるのは、あの子自身だけどね」

果穂を追うように二人で視線を向けると、タイミングよくドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは!」

「はい、こんにちは。お待ちしてました」

今日も変わらず、ゆうた少年は元気がいい。駆け寄るゆうたに、汐は丁寧に梱包された石がいくつも入った木箱を差し出した。

「これが、今日入荷した石たちです」

「わぁ!きれい!」

昨日のことなんて忘れたかのように、ゆうたはすっかり新しい石たちに夢中になっている。

「きめた、ぼくこれがいい!」

選ぶのに時間はかからなかった。橙がかった石が、炎のように小さく煌めいている。

「サンストーンだね……うん、君に合ってるみたい」

「やったぁ!」

相棒を抱いて小さく跳ねるゆうたは、見ているこちらが思わず顔をほころばせる程幸せに満ちていた。

同じ石に心惹かれた少年少女。

石詠として歩み始めた少女に、少年が右腕として寄り添うことになるのは、まだまだ先の話だ。



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