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1.ファントムクォーツのイタズラ(前編)

——人にはそれぞれ、運命の石があるという——

荒削りな原石か、丁寧に磨き抜かれた逸品か。

出会ってから磨き、加工するのもまた一興だろう。

一目見た瞬間、心臓が大きく鼓動する。

触れた瞬間、走りたくなるほどに全身に力が巡る。

石の力を借り受けて魔術を扱うこの国、珠盟国(しゅめいこく)では誰もが自分だけの相棒となる石を探し求めている。そんな石との出会いを導くのが”石詠(いしよみ)”と呼ばれる呪い師達だ。

石の力を自在に操ることができる、石に愛されたほんの一握りの選ばれし者達。

彼らはその人に合った石を選び、より力を引き出せるようにチューニングを行う。石の種類も大きさも関係ない。爪の先程の大きさの水晶だって、主人と相性と使い方次第では空を軽々と飛んでどこへでもいけるだろう。それゆえに、石詠の仕事はその人の人生を左右するといっても過言ではない。

珠盟国の中心街を避けるように伸びた細い裏道を進んだ場所に、石詠の一人が営むお店があった。原石からアクセサリーまで揃うと評判の“石ノ小路”。噂は国中を巡り、客足は途絶えることがない。客に紛れるように行儀よく列に並び、倉町深月(くらまちみづき)は石ノ小路の扉をくぐった。

「いらっしゃいませ」

この店の店主であり石詠を務める神崎汐(かんざきしお)は深月に気づいて少しだけ居住まいを正した。珠盟国の魔術省魔術管理課、鉱石係。小柄な深月には不似合いな厳つい肩書きだが、要は政府直属のお役人だ。

「失礼します、神崎様。先日お渡しした書類をいただきに参りました」

不法な魔術の行使がないか目を光らせ、報告を受ければ即刻調査に赴くという深月の仕事柄、石詠という存在は避けては通れない。石ノ小路の担当として、深月はこうして度々この店を訪れている。

「あぁ、少し待ってて。次の相談が終わったら取ってくる」

「どうぞお構いなく」

所狭しと石が並んだ店内は、いくら眺めていても飽きることはない。むしろご褒美のような時間だ。剣山のような水晶のクラスターに、几帳面な形の結晶をもつ蛍石。輝く大粒のルビーのネックレスに、小さくても目を引くサファイアのリング。次のコーナーで、深月は必ず足を止める。店内の光を受けて、細い線が浮かんでは消えていく。深月の胸元に揺れている相棒と同じムーンストーンだ。幼いころ、無性に惹かれた小さな黒いムーンストーン。自分と同じ“ミヅキ”と名付け、今も大事に身に着けている。そのせいか、同じムーンストーンはついつい見入ってしまうのだ。

カウンターでは、やつれた顔の青年がすがるように身を乗り出して汐に向き合っていた。

「すみません、石詠様。先日この石を買ってからずっと吐き気や頭痛がするんです……どうか、見ていただけませんか」

「ふむ……拝見します」

恐る恐る差し出された木箱から、汐は優しい手つきで厳重な包みをほどいていった。ようやく顔を出したのは、柔らかい緑色の結晶。蛍石だろうか。ほんのりとグラデーションになっており、見ていて不思議と心地のいい石だ。とても青年が恐れているような悪いものには見えない。

「僕、山登りが趣味で……この間、山小屋で石を売っている店を見つけたんです。そしたら怪しい店主が、これを出してきて」

「あぁ、あそこの」

汐は少し苦い顔をして、そっと蛍石を撫でた。山小屋の石詠は偏屈で手がかかると、担当している同僚がぼやいているのを聞いたことがある。怪しいという青年の評価も、間違いではないのだろう。

「怪しいとは思いつつ、気に入ったので買ったんですが……まさか、呪いか何か?」

「いえ、そういうわけでは。あの人もあぁ見えて正式な石詠ですので」

青年の不安をあっさりと切り捨てながら、汐は後ろの戸棚に手を伸ばした。特に壊れやすいい石や管理に気を遣う石はここに仕舞われている。

「おそらく、典型的な石酔いでしょう」

「石酔い……?」

「新しい石を手にしたときに、石のエネルギーに体が慣れていなくて体調を崩すことがあるんです。貴方とその石の相性はいいようなのですぐに馴染むと思いますよ」

汐はそう言って戸棚から数珠状のブレスレットを取り出した。透明でキラキラと光る、シンプルな水晶のブレスレットだ。

「手を出していただけますか」

「は、はい……」

手に蛍石を乗せられ、青年の顔に緊張が走る。汐はブレスレットを青年の手にかけ、包み込むように握った。祈るように、ゆっくりと目を閉じる。次第に数珠が光を帯び、呼応するように蛍石も光を灯した。青年の顔に、少しだけ精気が戻る。

「はい。これでしばらくすれば馴染んでくるはずですよ。できるだけ蛍石を身近に置いてくださいね」

「あ、ありがとうございます……!」

信じられないといった様子で、青年はしばらく光の収まった蛍石を眺めていた。

深月には、石詠になれる程の力はない。それでも、蛍石は青年が差し出した時よりも活き活きとして見えた。

「さて、深月さんお待たせ」

青年を見送り、汐は気だるげに小さく伸びをした。女性に間違われることもある整った顔立ちに、肩に届きそうなサラサラの美しい髪。ちょっとした仕草一つで様になるのだからうらやましい。

「書類取ってくるから、座って待ってて」

「かしこまりました」

店内にはカウンター前の他にも、客が一息つけるようにちょっとしたテーブルと椅子が置かれたスペースがある。邪魔にならないように、深月は端のほうの席に腰を下ろした。

「ねぇねぇ、このアクアマリンのピアス可愛くない?」

「ホントだ、アヤに似合いそう!」

石は何も魔術のためだけにあるのではない。身に着けた人を飾り立て、日常を彩るのも大切な役割だ。年相応にはしゃぐ高校生らしい少女たちを微笑ましく思いながら、深月は仕事用の手帳を開いた。あっちも可愛い、こっちもいい。楽しそうな声をBGMに、黙々とペンを走らせる。

「相変わらず、仕事熱心だね」

店の奥から戻った汐は、呆れたように笑って書類を差し出した。

「それが私ですから。確認させていただきますね」

とはいえ、汐の仕事に抜けがあったことなどほとんどない。分厚い書類の確認作業も、すぐに終了した。

「はい、問題ありません。おつかれさまでした」

書類を揃えて鞄に仕舞うと、汐は明らかに安堵した表情で肩を下ろした。

「そんなに緊張なさらなくても。神崎様の仕事はいつも丁寧ですし」

「だって、深月さん厳しいから」

「あら、それ私本人の前で言います?」

彼が石詠になってからの長い付き合いで、実の弟のように可愛がっているつもりなのだけれど。身を乗り出してやると、汐はあからさまに視線と話題を逸らした。

「お客様の相談もひと段落したし、休憩にしようかな。深月さんも、コーヒーでも飲む?」

「……頂きます」

書類を受け取れば、今日の仕事はほとんど終わっている。少し休憩をとっても罰は当たらないだろう。鞄を置いて、きつく縛っていた髪をほどいた。

「お、“オフモード”だ」

「今日の仕事はほとんど終わったもの。汐ちゃんの仕事はいつも完璧で助かるわ」

気合を入れるために着けていた伊達メガネも外してしまおう。テーブルに肘をついて、差し出されたマグカップを受け取った。ここからはお役人ではなく、ただの倉町深月だ。

「さっきのもすごかったわ。私でも石が輝くのが分かったもの」

「あれはあの人と石の相性が良かっただけ。オレは大したことしてないよ」

汐は事も無げにそう言うが、誰にでもできることではない。

「流石は紅水晶の石詠様ね」

石詠たるもの、当然相棒となる石を持つ。戸棚の上に置かれた両開きの扉がついている木箱に大切に仕舞われた紅水晶の“花雪姫”が汐の相棒だ。

「まぁ、一応オレの本分だしね」

紅水晶、ローズクォーツは淡いピンクが特徴で“愛の石”言われている。恋愛はもちろん友愛、親愛、敬愛、自己愛。汐は石詠の中でも人々のそういった感情に干渉する魔術に長けている。

人と石のチューニングは彼の得意分野で、彼にチューニングしてもらった石は手に吸い付くようによく馴染むと専らの評判だ。コーヒーに1つだけ砂糖を入れて堪能していると、店のドアに吊るされたベルが元気よく響いた。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは!ぼく、ゆうた!」

「こ、こんにちは」

飛び込んできた元気一杯の少年に、愛想のあまり得意ではない汐もぎこちなく応える。

「すみません、騒がしくて。今日は、この子の石を選んで頂きたいのですが」

少年の母親らしい女性は、前のめりに進もうとする我が子の肩をなんとか捕まえながら汐に向き合った。

「かしこまりました。では、まずは息子さんが気になる石を探しましょうか」

石詠が石を選ぶこともあるが、本人がこれだと思えるものに勝るものはない。汐に促され、ゆうた少年は澄んだ目に石たちをキラキラと反射させながらじっくりと店内を見回した。

「気になる石があったら僕に教えてね。落としたりしたら危ないから」

「うんっ!わかった!」

自分がミヅキと出会った頃より少し幼いだろうか。今はペンダントだけれど、出会った頃小さなルースだった相棒を思い出す。仕事柄、何度も人と石の出会いに立ち会ってきた。いつだって見ているこちらまで心が躍るものだ。この子にも、あの時の心震える出会いがありますように。

「うーん……!ぼく、あれがいい!」

しばらく唸った後、ゆうたは棚の隅に置かれていた水晶のクラスターを指さした。

「……これ?」

「うん!ぼくそれがいい!」

「そっか。それじゃぁ、君とこの石の相性を見てみるね」

石をトレイに移して、汐は親子をカウンターへと案内した。椅子に飛び乗ったゆうたの足が今か今かと忙しなく揺れている。

「ファントムクォーツのクラスターですね」

水晶が一度成長を止め、再び成長を始めると跡が残ることがある。間に入る物質によってその色も変わる面白い現象だ。選ばれた水晶も、剣先に緑色の線が見て取れた。

「ふぁんとむくぉーつ?」

「うん、ファントムクォーツっていうのはね……」

相棒となるかもしれないのだから、子供相手といえど説明の手は抜けない。汐がなんとか噛み砕きながら説明していると、再び店のドアのベルが鳴った。

「あ、いらっしゃいませ」

来店したのは、こちらも親子連れだ。利発そうな少女が、緊張した様子で母親の後ろからこちらを覗いていた。

「お兄さん今お話し中みたいだから、終わるまで待ってましょうね」

「う、うん……」

ゆうたのようにキョロキョロと店内を見回すのではなく、ゆっくりと一周。そして、少女の

視線はごく自然にカウンターに立つ汐の手元へと向けられた。まるで、台本でもあったかのように。

「あっ、そ、それっ……わたしの!」

少女は、今日一番の大きな声を上げた。

「え、ちょっと果穂、どうしたの?」

「だって、あれ……わたしのだもん……」

段々と声が小さくなっていく一方、小さな手は健気にカウンター上のファントムクォーツを指している。

「どういうこと?これは、今息子が選んだ物なんですけど……」

「うん、ぼくこれがいい!」

ゆうた少年が愛おしそうに水晶を持ち上げると、果穂と呼ばれた少女は悲しげに顔を伏せてしまった。

「すみません、いきなり……ね、果穂。違うのにしましょう?奇麗なの一杯あるわよ」

「でも……でもっ、あれがいいんだもん……っ」

聞いているこちらが心苦しくなる程に、声がしぼんでいく。

「皆さん、落ち着いてください」

ヒョイ、と水晶を回収し、汐は双方に優しく声をかけた。張りつめていた空気が一瞬にして溶けたように感じたのは、汐の魔術だろう。彼の前では、普通の人間は嫌悪や嫉妬なんて汚い感情を持つことすらできなくなってしまう。

「この石は、2人ともと相性が良いようです」

「え?そんなことがあり得るんですか?」

「えぇ、ごく稀に」

石との出会いは一期一会。1度に2人も相性のいい人間と出くわすなんて、滅多にあることではない。

「というわけで、今日のところは一度引いて、時間を置いて考えてみてはいかがでしょうか。実は明日も石の入荷があるんです。もしかしたら、その中にもっとパートナーとなる石が居るかもしれませんよ」

「明日、ですか。ゆうた、どうする?」

「んー?ようわかんないけど、ぼくはあしたでもいいよ!」

「果穂も、明日もう一度来てみる?」

「……うん」

「ではまた明日、お待ちしております」

2組の親子を見送るように、ファントムクォーツが美しく光を反射していた。

「珍しいこともあるのね、2組同時なんて」

「いや、あれは……」

汐は手元の火種をしげしげと見つめて考え込んだ後、深月に向き直った。

「深月さん、明日の午後時間ある?」

「明日?そうね……あまり長居はできないけれど、それでもよければ」

明日は遠出する予定もないし、急いて片づけなければいけない仕事もない。魔術省から近いここなら、顔を出すくらいはできるだろう。

「そう。じゃぁ、気が向いたら寄ってよ。オレの予想通りなら多分 ——」





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