1-2 検証! 『うしろの風子』の正体を探れ(3)
「話が進まないから……、もういいか?」
「え? あ、うん」
だいぶ付き合ってやったからもういいだろう。
なかなか手の込んだ演出だ。
稲光も雨音もけっこう本物っぽい。
ハルダの後ろにあるピカリと光るフラッシュ照明と超高級なスピーカーシステムが、さっきからフル稼働で一生懸命にハルダのお供をしてくれている。
僕は無言でパチリと部屋の照明を点けた。
もう、いい加減にしてほしい。
『うわー、光平、せっかくハルダくんがノッてたのに、かわいそう』
「いいんだ。早くしないと日が暮れる」
『あはは』
そんな感じで僕のスマートフォンをハルダに預けて、しばらくいろいろと確認をしてもらった。
Linux機と接続して様々なコマンドで状態を確認したり、FM無線の機械で電波の状況を確認してもらったりしたけど、結論は『まったく普通のスマートフォン』ということだった。
ただ、いろいろとやっているうちに、風子が映っている画面を別のカメラで撮ったり、その画面のスクリーンショットを撮ったりしても、ノイズだらけになってちゃんと写らないことが分かった。
音声も同じだ。
スマートフォンのスピーカーから聞こえる風子の声を別のレコーダーで録っても、ザーッと雑音だけになってちゃんと録音されない。
とうとう最後は頭を抱えて「もう少し別の検証方法を考えねば……」と、なんとも弱弱しい文言を漏らしたハルダ。
そうやって上を向いて考え込んでいたハルダだが、しばらくしてなにやらひらめいたらしく、なんともウザイしたり顔で僕を見下ろした。
「永岡よ。これはVRだとは考えられないだろうか」
「VR?」
VRはいわゆる『ヴァーチャル・リアリティー』のことだ。
日本語では『仮想現実』とか、『人工現実感』なんて訳される。
ユーザーに立体的な仮想空間の中を歩いているように錯覚させたり、カメラで撮影している風景にコンピューターグラフィックスを重ねて、あたかも現実にそれがそこにあるかのように見せたりする技術。
「うむ。つまり、委員長はそのスマホの中の仮想空間に作り出されたヒロインなのだ」
『ひっ、ひっ、ヒロイン? あたしがっ?』
イヤホンに響いた、風子の嬉々とした声。
僕は小さく溜息をついて、スマートフォンの中の風子に苦い顔をした。
「風子、VRの話、まったく分かってないだろ」
『あはは。ごめん。理系脳ゼロのあたしにはハルダくんの言葉はぜんぶ難解』
「要はな? 画面に映っている風子は、僕の後ろに居るんじゃなくて、スマホ中のプログラムによって仮想的に画面上に作り出されているんだって話」
『ああー、なるほどぉ』
「分かってないだろ」
『分かってないかも、あはは』
「ほんと、キミたち仲良すぎではないか?」
白衣を脱いだハルダはそれから一度キッチンへ下りて、僕らのために紅茶を淹れてきてくれた。
寺の息子のくせに、かなり洋風な生活をしている様子。
我が家なんか、紅茶とかペットボトルでも買ってこない限りまず飲むことはないのに。
というわけで、今日確かめようとしたあれやこれやは、思っていたよりもかなり難しい話だということが分かった。
ただ、ハルダの言ったとおり、誰かの手によって僕のスマートフォンのシステムの中に『うしろの風子』を映し出すプログラムが仕込まれたというのは、そんなに現実離れしていない。
画面に映っていても、スクリーンショットで撮れないようにすることは技術的には可能だ。
しかし、別のカメラで撮影できなかったり、音声が録音できなかったりというのは、どうやっても説明がつかない。
ま、この辺の検証はまた後日ということにしよう。
『光平? もうおなか減ったんじゃない?』
「そうだな。ハルダ、そろそろお暇するな? 続きはまた次回」
「うぬぬ。役に立てなくてすまん」
いまにも切腹しそうなハルダを見て、画面の中の風子も苦笑いだ。
ちょっとだけハルダを慰めるように、ポンと肩を叩く。
「ありがとうな。一生懸命やってくれて風子も喜んでるみたいだしさ。また今度だな」
「そうか。すまなかったな、委員長」
『ほんとありがとね。なんにでも一生懸命そうな人だなーってハラダくんのこと見てたけど、やっぱりそうだったね』
「むぅ、ハラダではな」
「じゃあな。また明日」
『じゃあねー』
「せめて最後まで言わせてくれまいか」
そうか。
けっこうクラスのみんなからはカタブツでとっつきにくいように思われているハルダなのに、風子はハルダを『一生懸命そうな人』と見ていたんだ。
それを知って、なんとなく桜台風子という女の子がどんな子か分かったような気がした。
ずっといけ好かないヤツだと思っていた彼女。
まぁ、いまになってみればそれなりに愛嬌があって、考えていたほど単純でもなくて。
少しだけ、ほんの少しだけ、いっしょにクラス委員になったあの春に、もっとコイツといまみたいに話しておけばよかったかなーなんて、そんなふうに思った。
外に出ると、空はもう吸い込まれそうなほどの星空。
ひんやりとした空気が、一気に制服シャツの襟から入り込む。
「今日はありがとう。お寺、次はちゃんとお参りするよ。『りゅうめいじ』だっけ」
「ばかもの! 『りゅうめいじ』ではない! 『りゅうみょうじ』である!」
『あはは、怒られたねー』
風子の笑顔。
これはこれで、まぁ『有り』の日常だと思った。
『病院の風子』の意識が回復すれば、もっといろんなことが分かるはずだ。
単なるプログラムなのかもしれないけど、この『うしろの風子』をどうにかして助けてやりたい。
そんな僕らしくもないことを思いながら僕はちょっとだけ満たされた気分になって、いつもより軽く感じる自転車のペダルを楽し気に漕ぎ出したんだ。